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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
一、賽は投げられた。
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冒険者ギルド。

 


 ◇



 日が沈んでいる間、俺達は森の中を進み続けた。今の俺はとても体力があるとは言えないが、幸いにもこの森はモンスターが少ない。それに加え、出くわしても簡単に斬り伏せられるものばかり。今の状態でもどんどん進んでいける。


 他国には神の住まう神聖な森もあるそうだが、ここはただの木の群生地で、恐れるほどのことはなかった。



「それで? 俺を連れ出したアーサーくんには、今後の計画はお有りなのか?」

「さてどうでしょう。ギルバートさんは?」



 試すように上から目線で聞かれた。まさに読んで字の如くアーサーは俺より背が高いから、自然と見下ろす形になるのは仕方ない。


 こっちが聞いてるんだろ、と思いながら邪魔な木の枝を払う。何で俺が試されてるんだろうか。そりゃお前よりは知識はないだろうけど……まぁいい。



「もちろん俺には考えがある」

「それは?」



 指名手配となるなら、オルディネ王国に居続けるのは危険が多すぎる。魔王の居場所なんて心当たりもないし、情報収集も含めて他国に逃げるのがいいだろう。


 その際に必要となるのが身分証だ。大きな街に出入りするときや国を越える時なども必要となり、それがなければ通ることはできない。


 まぁ国を越えると言えど、陸路であればどこからでも抜けられるから、本当に必要になるのは島国に行く時くらいだ。大きな街の関門でも必要だが厳重なのは首都ぐらいだし、テレポート機関の使用時も必要とは言え、あれを使えるのは金持ちだけだしな……。俺の出身はこの国の辺境なのだが、とても小さな村だったからテレポート機関はもちろん、そもそも関門すらなかった。


 ともあれ、身分証はあった方が確実にいい。そのためには。



「冒険者ギルドに入る。あそこなら簡単に身分証を作れるからな」



 アーサーは納得したように頷いた。



 冒険者ギルド。牢の中でステラ嬢が言っていたものだ。彼女はそこで偽装身分証を作ったそうだが、それが出来るのは、冒険者ギルドに加入し身分証を作るに当たって、何の確認もしないかららしい。


 名前も生年月日も種族も、身分証に記載する内容は全て冒険者自身の自己申告。ギルド側がそれをわざわざ調べることもなく、嘘だろうと本当だろうと申請したことがまかり通るのだ。


 もし犯罪者が逃げ延びるために、もし駆け落ちをする恋人同士が周囲に気付かれないために、もし亡国の王子がどうにかして生きていくために、偽りの身分証が欲しいとしたら。冒険者ギルドであれば、なんのデメリットもなく請け負ってくれる。



「冒険者ギルドなら旅の資金も稼げますね」

「あぁ、ちょうどいいだろう。アーサーはどうだか知らないが、俺は無一文なんでな」

「私もそれほどないですよ。給料日前ですから」

「まぁタイミングが悪かったな」

「えぇ、本当に。せめてもう少し後でしたら金銭的にも余裕だったのですが」



 やがて森を抜け、舗装された街道に出た。森の中は暗かったのでよく分からなかったが、もう日が昇ろうとしている。元から汚かった服が泥でさらに汚れてしまった。日に当てられるとそれがよく分かって、なんだか複雑な気分だった。依頼をこなして金を手に入れたら新しく服を手に入れ、この服とは別れを告げるべきか。俺はもう騎士ではないのだから。



「この先に町があります。ギルドの拠点もあるはずですから、そこで登録しましょう。パーティの名前はどうしますか?」

「パーティの名前? そんなのも必要なのか?」

「あれ、私の記憶違いでしょうか」



 知るか。


 俺達は草原が広がる道を進んだ。道端には犬や羊が寝転んでいる。よくもまぁこんなに無防備に放し飼いにできるな。羊なんか格好の餌だぞ。ドラゴンに喰われたらどうするつもりだ。


 やがて町に着いた。夜明けすぐの町は静かで、当然誰も歩いていない。だがギルドはいつでも開いている。その証拠に……あぁ、ほら。ギルドの前にだけ明かりが灯って、看板が立てられている。扉を開けると中には冒険者と思われる人間達が数グループ居て、賑わっていた。賑わっているというよりも……強いて言えば、酒場も兼業しているこの店は、どうも雰囲気が悪い。



「騎士サマがギルドに何の用だぁ?」



 入り口の一番近くに居たガラの悪そうな奴が話しかけてきた。顔は傷だらけ、ガタイは俺よりいい。腕っぷしだけを誇りに持ってそうで、単純そうな、そんな男。



「お約束、というものですかね」



 呆れたような、面倒くさそうな顔をしたアーサー。何のことだか分からないが、面倒なのは同意する。



「生憎、俺は騎士じゃない」

「あぁ? じゃあこの服は何だってんだ? 仮装してお菓子ちょうだいって言うのか?」

「ははっ! 面白いことを言うんだな」



 軽く笑ってそう返すと、男は俺の胸ぐらを掴んで睨みをきかせた。酔っているらしく、とても酒くさい。変なやつに絡まれてばかりだ。



「……トリック・オア・トリート」

「菓子なんぞ持ってるように見えるか?」

「なるほど、何もないわけか。じゃあイタズラだなッ」

「は──」



 一瞬馬鹿にしたような笑いを浮かべた男。俺は胸ぐらにある腕を掴み返して渾身の力を込めた。足下から割れる音がしたが気にしない。思い切り背負い投げしてやると、大きな図体は宙を舞い、床板に叩きつけられた。バキバキと嫌な音を響かせ、木の板が壊れていく。男の体の半分以上が床に埋まっていた。



「先に絡んできたのはそっちだぞ。……聞こえてないか」



 男は打ちどころが悪かったのか気を失ってしまったらしく、何の反応もない。ついイラッとして手を出してしまったせいで、ほとんどの客の視線を浴びている気がする。……が、気にせずにギルドのカウンターへ向かった。



「騒いで悪かった。新規登録をしたいんだが」



 カウンターに座る女性は、眼鏡をかけた大人しそうな人物だった。しかし先ほどの騒ぎを気にした様子もなく、むしろ興味なさげに平然としている。まぁ、ギルドの受付係なんてやるくらいなら、いちいち怯えてもいられないのだろう。



「構いませんよ。あの人が返り討ちに遭うのはいつものことです。酒を呑んだ彼の記憶力はニワトリ以下ですから、投げ飛ばされたことも覚えていないでしょうね。──そんなことより()()はどうしてくれますか」



 女性が指差す方を見た。投げ飛ばした男は既に引っ張り出されたようで、穴だけが虚しく残っている。



「……もちろん修理代は払いますよ」



 依頼をこなして金が入ったら。




 ◇




 冒険者ギルドは国家に属する組織ではない。同盟、というのも少し違うと思うのだが、一つの国家に属しているわけではないから、全ての国に通じているのだ。


 だからどこの国へ行っても、大きな街にも小さな村にも、規模は違えど冒険者ギルドの拠点がある。そんなギルドの活動を支えるのは他でもない金。とにかく金だ。

 詳しい仕組みは部外者の俺には分からないが、貴族からの資金援助があったり、決して安くはない依頼料などで賄われているという。慈善事業じゃないからな、それも仕方あるまい。


 この組織はあらゆる国と同じくらいの、もしくはそれ以上に古い歴史があり、国ではないが国に匹敵する権力を持つ。総力は、もしかしたらギルドの方が上かもしれない。だがそれは冒険者が全員集まったときの話で、全世界に散らばっている個々のギルドでは、決して国に太刀打ちできない。かと言って国からギルドへ何か仕掛ければ、容赦なく反撃を食らうだろう。


 ギルドと国の小さないざこざは全世界の戦争に発展しかねない。お互いに牽制しあって、ひとまず世界は戦火に包まれずに済んでいる。



 対立する関係ではない。だが協力もしていない。元々国に尽くしていた身としては、冒険者ギルドに入るのは気が引けるのだが、ギルドほど都合の良い組織もないのが事実だった。



「──身分証を得られるから、とギルドにやってくる方は多く、そういう方に限って『これで安心できる』とか『守ってもらえる』なんてことを仰るのですが、当冒険者ギルドで行うのは依頼の斡旋だけです。身の保証は一切致しません」



 渡された書類に記述している間、受付係はそんなことを言った。



「当ギルドから無償で身分証を差し上げるにあたって、その対価は、『自分の身は自分で守っていただく』ということです。犯罪者を率先して突き出すことはしませんが、かばったりもしない。ご理解いただけますか?」



 当然と言えば当然だな。曲がりなりにも冒険者なら戦えて然るべきだし、ギルド側にしてみれば、例え死んでも代わりはいくらでも居るのだろう。身分証が貰えるだけ有り難い。


 俺は頷いて、書き終えた書類を差し出す。アーサーも同様に彼女に渡して、彼女の言葉を待った。



「ギルバート様に、アーサー様ですね。では、身分証をお作りいたします」



 受付嬢は小さく薄いプレートをどこからか取り出し、俺達の目の前に置いた。光の加減によって金色にも見えるが、輝きは鈍く、持った感じは重くない。何も書かれていないが……これが身分証となるのか?



「これは?」

「これはアーティファクトです。先ほど記入していただいた書類もその一種です。書類とプレートの二つが揃い、更に血液が加われば、便利な身分証の出来上がり。すごいでしょう」



 アーティファクト。古代の失われた技術で作られた、現代では作り得ない遺物をそう呼ぶ。途方もない歳月をかけて解析されている物もあるが、ほとんどは組み込まれた魔法の一欠片も解明出来ずにいるらしい。


 今よりも昔の方が発展していたなんて信じられないが、アーティファクト一つ使うだけで国が滅びたという逸話もあるし、文明の利器には違いない。


 古代の遺物をアーティファクトと言うなら、現代の産物は何と言うのか? 残念ながら洒落た言い方はなく、単純に魔法道具と言うのが一般的だ。言葉というのは生まれては廃れていくものだから、いつか魔法道具の洒落た名前も生まれることだろう。



「そういえば、パーティの名前は決めなくていいんですか?」



 アーサーが思い出したように言う。まだその話続いてたのか。



「冒険者様の中には名乗る方々もいらっしゃいますね。強制ではありませんが、決めますか?」

「いや、要らないだろ、それ」



 食い気味に言った俺のことも、心做しかしゅんとしたアーサーのことも、彼女は気にした様子はない。俺達の前に書類を並べ直し、俺の手からプレートを引ったくって、その上に置いた。どうぞと言うように小さなナイフを差し出すと、何かを切るような仕草をした。



「お手数ですが、プレートに血液を垂らしていただけますか」



 言われた通り指先を切って、溢れ出た血をプレートに垂らした。血はプレートに染み込んで消えていき、代わりにあらゆる文字を写し出していく。


 氏名、ギルバート・シュヴァリエ。

 種族、人間。

 出身、オルディネ王国。

 誕生日、八月二十九日。

 属性、中立・善。

 魔法適性、火。


 どうやら書類に書いた内容が反映されているようだ。やはり何の確認もなく、自己申告の通り情報が刻まれていく。



「アーティファクトをこんな簡単に支給していいのか?」



 受付嬢は面倒くさそうな顔をした。ただ登録しにきただけじゃないのか? と言いたげだ。もしくは、この会話を嫌というほど経験してきたのだろう。悪いが仕事をしてくれ。



「話すと長くなりますが、このプレートは、未知の技術を用いてるからアーティファクトと呼ぶだけです。今よりも何十倍と人口が多かった古代では、全員このプレートを持っていたそうです。だから数だけは多くて、珍しくも何ともないんですよ」



 それを聞いたアーサーは、血をプレートに垂らしながら納得したように頷いた。



「なるほど。国も攻撃手段ではない遺物は放っておくから、冒険者ギルドでは当たり前のように使われているんですね」

「そういうことです」



 彼女は何かを書きながら、アーサーに微かに笑みを浮かべる。俺には嫌そうな顔ばかりするくせに。やはり先ほどの騒ぎと床に大穴を空けたのはまずかったか。……いや、そもそもアーサーの美丈夫が原因かもしれない。



「はい、お二人とも登録が完了しました。もし依頼を受領する際は、そちらに貼ってある依頼書をカウンターまでお持ちください」



 彼女が指し示した方には、壁一面に依頼書と思われる紙が大量に貼ってあった。あの中から自由に選んで良いらしい。いくつかの依頼を並行して受けても良いようだから、ひとまずは多くの依頼をこなして資金を稼ぎたいところだ。



「それから、大事なことを一つ。当ギルドは便宜上、冒険者様や依頼にランク付けさせていただいています」



 ランクは、上から順に《黎明》、《東雲》、《常闇》、《月夜》、《夕闇》、《黄昏》、《白日》の七つ。俺とアーサーは登録したばかりだから、一番下の《白日》となっているそうだ。何と言うか……覚えにくそうなランク制だな。


 《常闇》までは自由に依頼を受けられ、それを完了すればランクアップできるそうだが、上のランクになればなるほど困難な依頼になるから、様子を見た方がいいと言う。確かにこんなところで死んじゃいられない。できるだけ慎重であるべきだ。


 《東雲》から上は制限が設けられ、一つ下のランク……《東雲》であれば《常闇》の、《黎明》であれば《東雲》の依頼をいくつか受け、ギルドから認められたときだけ、それぞれのランクの依頼を受領できる。

 それでも、その壁はかなり高いという。《東雲》の依頼に向かった冒険者がそのまま死んだということは、数え切れないほどあるそうだ。



「壁なんか知ったことか」

「そうですね。私達はそんなことで立ち止まっていられない」



 例え《黎明》に上り詰めるほどの実力者だったとしても……魔王を倒すには不十分な力量だろう。一冒険者が倒せる程度のものなら、わざわざ異世界から勇者を召喚して戦わせる必要などない。


 受付嬢は俺達を見て、少しだけ笑った。



「──無事に夜明けを迎えることができますよう、心から祈っています」





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