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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
一、賽は投げられた。
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こうして旅は始まった。

 



 精霊に導かれ、暗い道を進んで行った。時々分かれ道についたが、導きに従い迷うことなく歩き続ける。時折後ろを振り返るが、何かが追いかけてくる気配や音は全くなかった。



「アーサー卿。聞きたいことが山ほどあるんだが」

「何なりと」



 彼は頷いてこちらを見た。気になることはたくさんあった。最初から最後まで全て聞きたいくらいに。


 さて、何から聞こうか。少し悩んで、けれどあまり悩まないで、一つ疑問を投げかける。



「俺を助けに来てくれた、経緯を教えてくれ」



 俺が牢に居たのは、約四日間。投獄の当日から今日まで。今は恐らく夜頃だろうと思う。その間に何がどうなってアーサー卿とアベル王子殿下がやってきたのか、俺には検討もつかない。全く予想ができないわけではないが。



「そうですね……。私が、ギルバート卿が投獄されたことを知ったのは昨日のことです。それまでは、ただ不審に思うだけでした。誰もがそうでしたよ。いつまでも貴方が戻って来ないのはおかしい、職務を放棄するはずがない、と」

「あぁ……」



 俺は、周りから言われるほどには、仕事一筋で生きている人間だ。夜中に遊び歩けるほど交友関係はないし、そもそも人付き合いは苦手だ。嫌われたいわけじゃないが好かれようとも思わない。それ故に交友関係がないのだが……ただ、国や人々を護ることができるのなら、それで構わなかった。


 だからこそ同僚には不審に思われたのだろう。『アイツに限って夜遊びなんぞするか』と言った具合だろうか。俺だって、仕事のために生きている自覚はもちろんある。


 ただ、騎士団長には連絡が行っていたそうだ。まぁそれも一昨日、投獄翌日の夜のことらしいが。



「私は騎士団長から話を聞いて、アベル王子の元へ謁見しに行きました。ギルバート卿は、本当はアベル王子へ呼び出されて王城へ行ったのでしょう? それならアベル王子にも何かしらの考えがあるはずですから」



 確かにその通りだ。騎士としては情けないことだが、俺もアベル王子が助けに来てくれないかと淡い期待をしていた。実際、彼は助けに来てくださった。


 だが簡単に謁見などできるはずがない。書類もなく王族に謁見できるのは、せいぜい勇者か魔王くらいだ。俺達が同じ空間に立つことすらおこがましいと感じるほどの地位を持つ者でも、事前の連絡無しに謁見はできない。それなのに、ただの王国騎士にそんな権限があるわけはなかった。



「どうやって……」

「あぁ、えぇと、すみません。謁見というか、部屋に押しかけた、と言いますか……」



 笑いながら言うアーサー卿だが、どこが笑いポイントなのか俺には理解できなかった。


 押しかけた? どうやって? 王城に入れないのに、どう部屋に押しかけるというのだ?



「分かりやすく、説明してくれ」



 頭を押さえ、アーサー卿に返した。彼は笑顔のまま嬉々として答える。若干早口気味に。



「はい。王城って意外と警備が薄くて、出入り口や通路は警戒されていても、部屋の中や窓の外を警備はしないですよね。というかする必要がない。だからそれを逆手にとって、深夜、アベル殿下の部屋の窓まで登って──」

「待て、()()()? あの壁を? 見つかったらお前だって牢屋行きじゃないか!」



 背筋が凍る、とはこのことだ。俺はこの暖かい時期に不気味な寒さを感じた。


 アベル王子の部屋は、王城の遥か高い場所に位置している。ドラゴンに乗ればあっという間に着く場所だが、壁を登るとなると相当の体力と腕力が必要だ。そもそも無茶すぎて、誰もやろうとは思わない。



「そうですね。でもバレませんでしたよ」



 彼は何の戸惑いもなく言ってのけた。おかしいぞ、コイツ。何でそんな大胆なことができるんだ。勇気があるとかそんなレベルじゃない。


 俺の知るアーサー・ウォルフは、確かに怖いもの知らずなところはあったかもしれない。並のモンスターにはひるまず立ち向かうし、多少の怪我も気にする様子はない。どこか感覚が麻痺しているような不思議な一面はあったが、だからと言って、王城に不法侵入する奴だとは思っていなかった。


 いや……その蛮勇のおかげで俺は助かったのか。良かった、良かったのだ。



「悪い、そんなことはどうでもいい、続きを……えぇと、何だ。それで、アベル王子と話をしたのか?」

「えぇ。かなり驚いておられたので、時間はかかりましたが」



 そりゃあそうだろう、窓から誰かが来るなんて思うはずがない。及び腰にもなるはずだ。



「元々殿下もギルバート卿を助けたいというご意志だったようです。呼び出したのもそのためだと。しかし不運にもカイン王子に投獄され、手出しできない状況となった。カイン王子が首斬りを望んでいるのは誰もが知っていることでした。だから一刻も早く助けなければならず、我々は二人で地下牢に乗り込むことにしたのです」



 アーサー卿は「上手くいくかは五分五分でしたが、ひとまず良かったです」と笑う。まだ地上に出られていないから、成功とも言いきれないが、あのまま牢の中に居たら何もできなかった。本当に感謝しかない。


 だが疑問はまだまだある。アベル王子なら、牢の鍵を持ち出すこともできるだろうし、アーサー卿の馬鹿力とアベル王子の魔法などでパラディンを動けなくするのも可能だろう。


 それはいいのだ。納得はできるから。だがそもそも、何故アーサー卿が助けに来たのか。それが気になる。


 親しみがあったのは確かだ。お互いにそれぞれの知人や同期が居たが、それでもかなり話す方だった。懐かれている、かも、しれない。しかし、そんな理由で助けるだろうか。自分の立場を省みず、血の繋がりもないただの知人を、助けるだろうか。



「アーサー卿は、何故、俺を助けに来たんだ。俺達に、それほどの絆があったか」



 彼は驚いたように瞬きをした。それから、悩んだ素振りを見せて「そうですね」と頷く。



「確かに大した絆はないかもしれません。けれど、私は貴方に相談があった。それを話さずに、みすみす貴方を殺させるわけにはいかなかったんです」

「相談?」



 首をかしげたところで、先導していた精霊が振り返った。彼女は喋らない代わりに全身を使って何かを知らせている。──言いたいことは、分かった。


 目の前には、上に登る小さな坂のようなものがあり、うっすらと光が差していた。その辺りを探って、隙間から見える外を覗くと、どうやらここは森の中らしい。王城の地下から続いていた道は、街の外にある森にまで繋がっていたということだ。


 出入り口は生い茂る草で隠されていて、一人分ほどの隙間しかない。泥だらけになりながら這い出てみると、木の根や草で、そこに穴があるとは分からないほど巧妙に隠されている。



「ここまでありがとう、ニーナ。君はもう、殿下の元へ帰るといい。あまり契約者から離れるのは良くない」



 ずいぶん仲良しなんだな、と思った。殿下と契約した精霊を呼び捨てだなんて、恐れ多くてできることじゃない。


 二人を見つめていたら、彼女がこちらを向いて、ふわふわと近寄ってくる。



「……どうなさいましたか?」



 手の平を出すよう指示され、それに従うと、彼女は自分の髪の毛を一本抜き、俺の手に乗せた。するとその髪の毛は、溶けるようになくなってしまった。



「これは、契約……? しかし、貴方の契約者は、アベル王子殿下では……」



 彼女は首を振る。



「アベル殿下の話では、それは契約ではなく、誓約だそうです」



 言葉を発さない彼女に変わって、アーサー卿が言う。



 誓約、か。書物で読んだことはある。


 誓約は精霊にとって、契約同様に大切なものだが、契約のようにお互いに結ぶものではない。精霊から一方的に与えられるものだと。つまり、今、俺は、何かを誓っていただいた、ということか。


 俺には彼女の言葉が分からないから、それを知る術はないが、良いことには違いないのだろう。



「ありがとうございます、ニーナ様」



 俺がそう返すと、彼女は少しムッとして、嫌々というように首を大きく振る。……何が駄目なんだ?


 助けを求めるようにアーサー卿を見る。すると彼は少し笑って答えた。



「彼女は呼び捨てをご所望なのです。敬語も許してはいただけないようですよ」

「……そう、なのか。それじゃあ……ニーナ。ありがとう」



 満足そうに頷き、彼女は城の方へと飛んで行った。魔力の問題なのか、霧のように透明になって消えたニーナを見送り、俺達は、とりあえず街から離れるように森を歩く。



「……話の続きをしよう。相談が、なんだって?」



 俺がそう聞くと、アーサー卿は立ち止まった。そして背中の方から、一振りの刀を取り出す。恐らく彼の得物と共に携われていたのだろう。──それは、俺の刀。唯一と言える宝物。投獄の際に奪われていたが、持ち出してくれたのか。



「最初は、イージス騎士団長にも話したんです。ギルバート卿を救い出したいのだと。けれど立場上、彼はそれを良しとはしなかった。だから、辞表を叩きつけてきました」

「……?」

「経緯はどうあれ、貴方は脱獄犯となり、貴方にこうして同行する私も共犯者ですから、辞表などなくても結果は同じですが……お世話になった騎士団へのけじめです」



 一体何の話だ。思わず眉間にシワを寄せてしまう俺を見て、アーサー卿は申し訳なさそうに笑った。そして鞘を掴み、そっと刀を差し出す。


 俺は受け取ろうと、向き合った状態で鞘を掴んだ。しかし彼は離そうとしない。



「……どうした?」

「相談、というよりは提案です。やるかやらないか、伸るか反るかは貴方次第だ。しかし私には確信がある。貴方が必ず頷くということを、信じている」



 さっきから様子が変だ。目の前に居るのはアーサー卿なのに、別人になったかのような違和感がある。だが、彼の真っ直ぐな、貫くような青い瞳は、確かにアーサー卿に違いなかった。



「なん──」

「魔王を倒して、勇者を見返してやりましょう」

「……は?」



 突然のことに、反応が遅れた。


 魔王を倒すだと? 俺が? 魔王を倒すために勇者が呼ばれたのに、俺がそれを成し遂げようとするなんて、おかしいのではないか?



「勇者の定義とは何でしょうね。彼は確かに勇者だと決められました。けれど、彼が魔王を倒す確証はどこにもないのです。彼はまだ勇者ではない。──勇者になるのは、魔王を倒した者だけだ。それがただの村人であったとしても」



 低く響いた声に、思わずどきりとした。妙だ。言いようのない不思議な感覚に、全身が包まれている。なんだ、この感じは。身体の内から燃えるような、奇妙な……。



「だが、魔王は、アイツが……」

「だからこそです。どうせ、我々には後がない。ただ国から逃げるより、何か一つぐらい目標があってもいいと思いませんか。失敗したとしても別の()()()()が控えていますから」

「ははっ……!」



 悪戯っぽく笑う彼に、思わず笑いが出た。無責任なことを言う。俺が魔王を倒せなくても、どうせショウマ・アクツは魔王を倒すだろう。だから失敗したって世界は救われる。──そんな理屈、あまりにも馬鹿げている。騎士でなくなった途端、秩序というものを失ったかのようだ。面白い。腹が痛むほど笑えてしまう。


 俺は何度も頷いた。耐えきれない乾いた笑いを零しながら、何度も。



「どうですか? つまらない逃亡生活より、幾分かマシでしょう?」

「──いいだろう、その馬鹿らしい話に人生賭けてやるッ!」



 アーサー卿の顔が少し緩んだ。同時に刀を奪い取り、いつものように腰に差す。やはりこれがなくては落ち着かない。

 さて、と一息つき森の奥へと歩き出す。そこまで大きくない森だからすぐ抜けられるだろう。そうしたら小さな町について、旅の備えができるはずだ。


 後ろをついてきた以前とは違い、隣に並んで歩くアーサー卿を見て、俺は一言付け足す。



「──やるなら徹底的にだ。魔王を倒すだけじゃなく、勇者にも勝たないとな」



 今の状況は、結局のところ勇者に仇なす行為をしようとしている。改めて考えるとカイン王子の考えは正しいことになったな。まぁ彼も、魔王を倒した人間に文句を言うことはあるまい。次に会うその時を楽しみにしよう。……いや、やはり会いたくないな、あのお方とは。


 ふと、俺の先程までの感覚の正体を知った。

 きっとこれは、抑えきれないほどの高揚感だ。アーサー卿の様子は確かにおかしかったが、それ以上に、俺がおかしかったのだ。言葉で否定しながらも、心や身体はそうしたくて堪らないと喚いていた。屈辱を味わったままでは居られない。目に物見せてやらないと気が済まない。奥底ではそう考えていた。


 不覚にも、俺は子供のような気持ちを捨てられず、我慢というものができなかったのだ。



「ギルバート卿。私はもう騎士ではありませんので、()は必要ありませんよ」

「それは俺も同じことだ」



 ──かくして、俺とアーサー卿……いや、アーサーは、魔王討伐の旅へ出ることとなった。予定も計画もない旅だが、不安は全くなかった。牢屋に閉じ込められている方がよほど不安だし気が狂う。



「いや待て。結局、何で俺なんだ。別に魔王を倒すのは俺じゃなくてもいいだろ」

「だって、貴方はあの勇者のこと、嫌いでしょう?」

「……あぁ」



 俺は頷いた。勇者にしてみれば悪夢なんて彼自身には関係ないことだから、逆恨みもいいところだ。分かっているが、気持ちの整理は上手い具合にできない。



「私も同じですよ、勇者が嫌いなんです。あんな奴が世界を救うなんて笑い話にもなりません。簡潔に言うなら──これはそういう運命だったんですよ」



 有無を言わさない笑顔で、アーサーはさらりと述べた。

 運命……運命、か。はぐらかされているような気がするが、そういうことにしておこう。どうせ深く追求しても答えてはくれないだろうから。



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