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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
一、賽は投げられた。
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脱獄の手引き。

 



 この地下牢に入れられてどれくらい時間が経っただろうか。日が昇ることも沈むこともないから分からない。もしかしたら日付を跨いだかもしれないし、まだまだ夕刻くらいかもしれない。ステラ嬢はどうやら眠っているようで、さきほど一度話しかけたが返事はなかった。……いや、まさか華麗なる無視とは、さすがにそれはないだろう……。



 今までの時間で、いくつか脱獄のプランを考えてみた。大前提として、俺は別に投獄されるような犯罪者ではない。しかし牢に入れられてしまったから、まかり間違って処刑される前に脱獄する。つまり結果的に犯罪者になるという矛盾が生じるわけだが……それはそれとして。



 まず第一のプランは、鉄格子を力尽くで壊して逃げる。これは現実的じゃない。鉄格子を簡単に壊せるほど馬鹿力じゃないし、見回りのパラディンにバレないはずもない。得意の火魔法を使おうにも、手錠には魔力の活性化を抑える魔法が施されていて、小さな火花一つも生み出すことはできない。残念だが俺のような微々たる魔力じゃ太刀打ちできる代物じゃなかった。


 第二に、抜け穴を掘る。ここは大した明かりもないから暗いし、備え付けの薄汚れたベッドなどを使えば穴は隠せるだろう。だが穴を掘って抜け出すのがいつになるのか? どうせその前には首が飛んでる。


 第三に、やっぱり力尽くで抜け出す。これは鉄格子の中からパラディンを襲撃して、装備を奪い、平然と地下牢を出るというもの。パラディンは牢の鍵を持っているはずだし、顔が兜で隠れているから中身は誰か分からない。一番怪しまれない抜け出し方だ。……成功すれば。


 冷静に考えてみろ。パラディンは、武器はないし魔法も使えないこの状況で勝てる相手じゃない。せいぜい手足の一本や二本が犠牲になって終わる。



 第四に。──これは、ほとんど望みのないことだが。助けを待つ、という選択肢がある。俺は元々アベル王子に呼ばれて城に来ていたのだ。それなのに牢に入れられたとなれば、アベル王子が何かしら手を打ってくださる可能性は万に一つくらいあるかもしれない。



「……難しいな」



 カイン王子の王位継承順位は堂々たる一位だ。もちろん、王の遺言によってアベル王子が次期国王となることも有り得るのだが……少なくとも今現在、カイン王子の立場は揺るぎない。


 王族の内部事情はよく分からない。しかしアベル王子はカイン王子に逆らうことはできない、なんて噂を聞いたことがある。俺を捕らえるときもカイン王子は有無を言わさない態度だった。あれは確かに自分の方が上だと言う自負があったのだろう。


 だとしたら、アベル王子が俺をここから出してくださるはずはない。カイン王子が「何があっても牢から出すな」と命じたのだから、手出しはできないはずだ。

 ──やはり誰かに頼るのでは駄目だ。自分自身でどうにかしなければ。



「……はぁ」



 とは言え、簡単にいい案が思いつくはずもなかった。幼い時から剣一筋だったものだから、あまり頭がいいわけではないのだ。歴史や人名などを覚えるのは得意なのだが。


 ……あぁ、そうか。もしかしたら、無理して出る必要はないのではないか? どうせ、向こうから出してくれるんだから。

 当然、俺は処刑されると決まったわけではない。しかしその時が来たら、牢から出されて処刑場に連れていかれるはずだ。外に出る機会がある以上、これが一番現実的ではある。そして、そこでぶち当たる壁がやはりパラディンであるというのもまた事実だった。



 ……いいや、考えるのはやめよう。ここで悶々と考えていても恐らく俺には最適解は思いつかない。脱獄する手立てが思いつくくらいなら、最初からこんな厄介事を起こしたりするものか。

 人生、なるようになるものだ。もしも殺されたのならそれも運命だと受け入れる他にない。


 それから何もせずにじっと座っていた。いつの間にか眠気に襲われ、うつらうつらと、うたた寝をしていた時もあった。しかし監視のパラディンが通路を歩く度に、その音によって目を覚ます。

 硬い床の上に座っていたから全身が痛い。立ち上がって軽く柔軟をして、ギシギシとうるさい簡易ベッドに横たわった。床よりはマシ程度だ。


 やがてパラディンが食事を持ってきた。思っていたよりは綺麗な食器だし、綺麗な食事だった。正直、ひび割れた食器や残飯のような食事を思い浮かべていたから、少しほっとする。

 王都に居る今でこそ豪勢な食事をすることもあるが、母と村で暮らしていたときは、大体こんなもんだった。良い状況ではないのに、なんとなく懐かしさを感じてしまった。


 しかも獄中の飯にしては想像より美味い。よく『臭い飯を食わす』などと言うからかなり悪いイメージがあったが、こんなもんなのか? 俺の偏見だったのか?



「夜勤なんて久しぶりだから、眠いな」

「確かに。地下牢だと昼か夜かも分からないけどな」



 そんな会話が聞こえ、今は夜なのだと知る。牢に入れられたのは朝方だったから……それなりに時間は経っているらしい。


 寝なければと思えば思うほど、こんな状況に対する緊張感で神経が張り詰めた。パラディンの足音、揺れる剣、誰かが身じろぎをした衣擦れ、軋むベッドのぎりぎりとした音や、すぅすぅという穏やかな寝息まで、目を閉じるとあらゆる音が入り込んでくる。


 眠れない。眠れるはずがない。これほどうるさい夜に、安息などないのだから。



 ◇



 次の日も、そのまた次の日も、俺は牢獄の中に居た。最初は面白がって小馬鹿にしてきたパラディンも居たが、既にこの時には見向きもしないようだった。


 あんなに理不尽で、突然な投獄だったのに、俺には関心を示すものは誰も居ないようだ。外での出来事は何も分からないが、先日呼び出したアベル王子さえ一度も面会には来ていない。もちろんそう簡単に面会ができるわけないということは分かる。とは言え、名前すら聞くことは無かった。


 結局、呼び出した内容は何だったのだろう。勇者との一騎打ちが原因なのは分かっているものの、具体的な話は何もしていない。


 そもそもこんな所にぶち込んだカイン王子すら、特に関心を示す様子はなさそうだ。尋問を受けたわけでも、罰をこの身に受けたわけでもなく、ただただ、牢の中で過ごしているだけなのだから。

 この時間に何の意味があるのだろうか。するなら拷問でも何でもするがいい。俺はその程度の痛み如きに屈したりはしないだろう。


 ──それとも、騎士の誇りを汚して、俺を苦しませることが目的なのか。それならば大成功だ。

 折れるほどではない。しかし今まで積み上げてきた大切な何かが、俺の中で崩れ落ちていく程度には、この獄中は覚めない悪夢と化している。



「……俺は、何なんだ?」



 こんな情けない姿では、胸を張って王国騎士とも名乗ることもできない。それじゃあ、騎士でなくなった俺は、──ギルバート・シュヴァリエという男は、果たしてどのような人間になれるのだろうか。

 答えの出ない問いかけをしたとき、足音がした。パラディンは、地下牢と言えどこれほど響く足音ではなかった。だからパラディンではない何かが近付いてきていることになるが──。


 遠くでガンッ! と、何かを殴るような鈍い音がした。かと思えば、低く呻くような声と、金属が硬いものに当たったような高い音がする。



「ぐぅっ!」

「な、何をっ……!?」



 突然のことに辺りは騒然とするかと思ったが、苦しげな声はすぐに止み、足音だけが響いた。


 コツンコツン、コツン。そんな軽い音を最後に、誰かの歩みは止まる。目を開けると、俺の牢の目の前には、白いローブを羽織った誰かが立っていた。一人じゃない、二人居る。



「お目覚めですか」

「その声は……」



 聞き覚えがある。毎日のように、嫌でも聞いていた。それが当然だと思っていた声。



「おはようございます。ギルバート卿」



 フードを取った人物は、金髪をさらりと揺らして青い瞳を瞬く。



「アーサー卿、何故──」

「疑問に答える時間はない。貴公らは今すぐここから逃げてもらわねばならないから」



 アーサー卿ではないもう一人は牢獄の鍵を開けながら鋭く言うが、フードを被ったまま顔を見せない。檻を開け放ち、彼は速やかに俺の手錠をも外した。



「本当はもっと早く解放できれば良かったんだけれど……」

「いえ……感謝、いたします」



 彼は小さく頷き走り出す。追いかけようとは思ったのだが、ふとステラ嬢のことが気になってしまった。最初に一度話してから会話をしたのはほんの数回。それは彼女のことを知るには少なすぎて、情も湧くほどではなかったのだが。


 ここから出なければならないと言った彼女に何も無しでは居られないのでは、と思った。



「良かったですね、出られて」

「ステラ嬢、貴方は……」

「騒ぎが起きれば逃げ出すチャンスもありましょう。私は意外と、したたかなんです」



 悪戯っぽく笑った彼女。その手にかけられているはずの錠は既に外れていた。自由になった手を示すように掲げる姿に安堵した。何者なのかと不審にも思ったが。



「ギルバート卿、行きましょう」

「……あぁ」



 言外に、彼女を救う時間はないのだと言われた気がした。既に姿の見えなくなった男を、アーサー卿と共に追いかけると、いくつもの牢を通り過ぎ、何度か角を曲がったところで行き止まりに辿り着いた。



「パラディンは、この通路を知らない」



 彼が「開け」と呟くと、目の前の壁は砂のように消え、ぽっかりと空間を生み出した。隠し通路だ。



「ここを進めば外に出る。壁を塞げばパラディンに気付かれることはきっと無いだろうから、貴公らはそのまま逃げてくれ。──そのときは二人とも指名手配の逃亡者となるけど、大丈夫かな」

「承知の上です。本当に、感謝致します」



 アーサー卿は戸惑いもなく頷くが、俺は何がなんだか理解できない。とにかく助けてくれたことは分かる。だが理由だとか経緯だとか、その辺が全く説明もなく──いや、それを説明される時間も理解させてくれる時間もないのだったか。



「ニーナ、彼らの案内を頼むよ」



 彼のフードの中からふわりと現れたのは、小さな人間……に見えた。赤やオレンジのような燃ゆるような色の髪の毛に、細くしなやかな身体と、彼女の両手を広げた分よりも大きいであろう、半透明の羽根。本物は初めて見たが──精霊だ。


 自然の精霊はよほど魔力に溢れた場所でなければ実体化できないと聞いたことがある。だが契約者が居る精霊は、契約者の魔力で実体化が可能だそうだ。ここは魔力なんて無いに等しいから、つまり、このフードの男は、このニーナという精霊と契約した精霊使いということになる。



 そうか。第一王子はアルケミスト、第二王子は精霊使い。牢の鍵を持っていたり、地下牢の隠し通路を知っていたり、部外者にはなし得ないことをやってのける、彼は──アベル王子殿下。その人しかいない。



「いつの日か、必ずやこの御恩に報いましょう。……オルディネの秩序と栄光が、永遠(とわ)に続かんことを」

「──武運を!」



 最後に少しだけ、顔が見えた。輝くような瞳が緩く細められ、歯が見えるほど口を開け笑顔を見せる。貴方もそんな顔で笑ったりするのか。初めて見たな。

 それに、言い慣れない口上の返事にしては恐れ多いお言葉を頂いた。これで捕まったら顔向けできない。


 牢獄とこの土臭い通路を繋ぐ空間はまた壁により塞がれたので、先へ進むしかなくなった。

 暗くてとても進めそうになかったが、ちょうどアーサー卿が雷魔法で灯りをつけた。見える限りは一本道らしい。ひとまず足早に進もうと足を踏み出した。




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