時を戻す呪い。
「──それはどういう意味だ?」
「どうもこうもねぇ。アンタは本当は四十……五十歳くらいだな? それが今はガキのように小さくなってやがる」
どうしてだ? と相変わらずの厳しい目付きで、口元だけに笑みを浮かべながら問う。しかし……そもそも、そう思った理由は何だ?
ノーブルは子供だ。子供が盗賊団を率いているのは妙ではある。リーダーって言うのは実力・経験・カリスマ性(そして腹立たしいが、年功序列)などの要素を鑑みて、大抵は年老いた人間になりがちだからノーブルがリーダーってのは妙ではあるが、絶対にないとは言えない。
口調も何となく大人びているし、同じくらいの年頃よりやたら落ち着いているし、鋭く睨まれてもぴくりともしない。
そんな不思議な面はあるが、だからと言って本当は大人であると疑うことはない。あまりにも非現実的だ。魔法だって何でもできるわけではないのだから。
「貴方には関係ない! 彼が何歳かなんてどうだっていいじゃない!」
「関係ない、ね。そういうこと言われると怪しいって思っちまうんだよなぁ! 『何言ってンだ、馬鹿じゃねぇのか』……それくらい言った方が良い。強く否定するほど怪しいモンだ」
レイダースの面々は押し黙った。やがて坊主頭の……女性が口を開いた。高齢と呼ぶにはまだ早いが、中年と呼ぶにはもう遅い。そんな微妙な年頃に見える。
「──確かに彼は、元々は四十八歳です」
「オリガ!」
ノーブルが坊主頭の女性を止める。だがオリガと呼ばれたその人は軽く首を振って「いいでしょ」と制した。少しだけ低い、とても穏やかな落ち着く声だ。彼はややしばらく悩み、大きな溜め息と共に「……分かったよ」と頷いた。
ノーブルの返答に満足そうなオリガは、ゆっくりイグニスに向き直る。
「改めて、私はオリガ。ドラグーンの貴方はこの名前に聞き覚えがあるはずです」
「……あぁ」
「やはり、そうでしょうとも。私もずいぶんと変わってしまいましたが」
俺はエルやアーサーを顔を見合せた。まさか。
「──久しぶりですね、イグニス。もう天に召されたのかと思いましたよ」
「え……!?」
「知り合いだったのか」
俺達はもちろん、レイダースの若い人間も驚きの声をあげていた。落ち着き払っているのはノーブルとオリガ、そしてイグニスだけだ。
俺の問いに頷いたイグニスは、目の前に立つオリガと機嫌が悪そうにそっぽを向くノーブルとを見ながら答えた。
「何となく……出くわした時からそんな感じがしてた。確証はなかったがな」
「とは言え、最後に会ったのは二十年は昔のことです。イグニスもまだまだ子供で……私達も若かった。その頃はまだ、スラムには私とガトーしか居ませんでした」
「……ちょっと待ってください! もしかして、コイツが《スラムの暴れん坊》!?」
バンダナの男が酷く驚いた様子でイグニスを指差す。オリガが頷くのと同時くらいに「変な名前……」と小さく呟いたエルの声が聞こえてきた。確かに暴れん坊はちょっとどうかと思う。
「本当に!? シャンティ・タウンの奴らをボコボコにしたっていうあの《暴れん坊》!? あたしあの話大好き!」
「俺はあれだな、マリアに来た夜警からデリンジャー奪った話!」
「何言ってるの? 大猿を仕留めた話が一番よ」
「いやいや、それよりさ──」
「……盛り上がってるな。イグニス、アンタ何したんだ?」
「アイツらが話してることには大体覚えがある。……オリガ、何か喋っただろ。ガトーは喋りそうにないからな」
若い衆はまるで好きな物語について語るように、いやまさしくその通りに、目を輝かせてそれぞれが大きく声を上げ喧嘩のような言い合いをしていた。あれがいい、これがいい、それよりこっちがいい、あれもまたいい……まだまだ終わりそうにない。
オリガはそれを見やって、次にイグニスの迷惑そうな顔を見て笑った。
「昔話をしただけです。スラムには娯楽なんてないのですから、少しは夢がないとね」
「おかげでアイツらはめきめき育ったが、『本物に会いたい』なんて面倒なことを言うようになった。それは今達成されたわけだが」
久しぶりだな、とイグニスの腹を殴ったノーブル。痛くも痒くもないと言いたげな余裕そうな顔で「あぁ」と返すイグニスは、どこか嬉しそうだった。
軽いじゃれ合いのような殴り合いを繰り返していた二人だったが、突然ノーブルがこちらを指差してきたのでわずかに驚いた。
「で? あのあんちゃん達は?」
「俺の仲間だ。リーダーはコイツ。ギルバートだ」
「は? リーダーじゃ……」
「おう、ギルバートか。リーダー同士よろしく」
自分よりもずいぶん背の低い少年に手を差し出され、咄嗟に握手に応じた。こちらのメンバーにはリーダーなど居ないというのに、適当なことを勝手に決められてしまった。俺はどちらかと言うと下で使われてる方が性に合ってるし、誰かを従えるとかは好きではない。人を使うというのは得意じゃない。
「嬢ちゃんのことは悪かった。本当にすまない。大切な仲間なんだろうに」
ノーブルは俺やエルに対し頭を下げた。あまりにも綺麗な姿勢で見習いたいほどだった。
「私は慣れているから、どうってことはありません。みなさんも戦ってくれたし……」
「当然だ。誰が来ようと守る。エルも、シリウスも。仲間だからな」
ふたりとも、俺が守らねばならないほど弱くはない。ましてや守護することにおいてはイグニスの方が得意だろうから、俺の出る幕はないかもしれないが。
べろっ、と大きな舌が顔を舐める。それはそれは嬉しそうな表情のシリウスが、まるで甘えるように顔を擦り付けて来て鬱陶しい。もちろん悪い気はしないけれど。お返しに首元をわしゃわしゃと撫でてやる。
ヒュウ、と茶化すような口笛は無視を決め込んだ。
「その子もですか? 可愛らしい子、ですが……」
「あぁ、この子も守る」
リッキィは一時預かり状態に過ぎないが、他人の子供に怪我をさせるわけにはいかないからな。安全に送り届けなければ。幸い、こんな俺でも懐いてくれているようだから大変助かる。いざと言うときはこうして抱き上げて無理にでも連れて行けば、ある程度の安全は確保できるからな。
ただ問題なのは、俺がリッキィを連れていると誘拐だと思われかねないことか……。
「イグニスも昔は、遊び疲れてよく眠っていましたね。可愛かったですよ」
「ンな前のこと覚えてねぇよ! ……それより、ガトーのことだ。何だってガトーはガキになっちまったンだ? 俺が知ってるのは汚ぇ格好をした髭ヅラの野郎だぜ」
「汚ぇのは仕方ねぇだろ、スラムに住んでたんだぞ!」
髭ヅラも余計だ! と笑いながら怒るノーブル。しかし真面目な顔に戻り、腕を組んで「あー、何から話すか……」と言葉を詰まらせた。
「それは俺達も聞いて構わないのか?」
オリガと悩んでいるガトーに対して聞くと、「イグニスの仲間なら」と大きく頷いていた。ガトーは悩んでも仕方ねぇと言った様子で、あっけらかんと答えた。
「簡単に言うと、女に呪われた」
「は?」
俺達はずいぶんとアホ面だったと思う。イグニスもアーサーも、俺もエルも。
「時を巻き戻す呪い……確かに存在はしますが、ただの人間に扱えるものではないのでは?」
「そうだ。その女は……わざわざ悪魔を召喚してまで俺に呪いをかけてきたんだ。自分の血を触媒にしたせいでソイツはもう死んだよ。本当は存在が消えるくらい時間を巻き戻す予定だったらしいがな、血だけじゃなく命をくれてやっても足りなかったみてぇだ」
悪魔……召喚……呪い? それはまた大仰と言うか、何と言うか。それほどまでに恨まれるとは、一体ノーブルは何をしたんだろうか。
「何が原因で恨まれてたンだよ」
「それは俺が知りてぇよ。その日は変わった様子も特にはなかった。なぁ?」
同意を求められたオリガは、軽く頷いて他にも付け足した。
「彼女はミーシャと言いました。ミーシャは……月並みな言葉ですがとても良い子でした。スラムに住んでいる若い子にしては天真爛漫で、毎日元気そうでしたよ。そもそもあの子はガトーのことを慕っていたし、その日もいつもと変わらない笑顔で山で捕まえた熊を引きずっていた。だからこそ、どうして呪いをかけるに至ったのかは本当に検討がつかないのです」
「強い女性だったんだな……」
熊を引きずっていたことが気になってしまって全ての会話の内容が飛んだ。それで? 何だって? あぁ、えぇと、そうか、とにかくそのミーシャって女性がガトーを呪った理由は分からないんだな。なるほど。
本人のことを何も知らない俺が、あれこれ想像を膨らませても意味はない。だが一つだけ分かることがある。
「そもそも、時間を巻き戻す呪いは効率が悪いんじゃないか?」
存在が消えるってことは、結果だけ言えば殺すこととそう変わらない。自分が死んでまで呪いをかけるくらいならナイフで刺し殺した方がよっぽど簡単じゃないか。どうしてわざわざ悪魔を召喚したんだ?
「あぁ、それも悩みの一つだ。本人は死んでるから何も聞けねぇしな……」
「それでガトー達は、盗賊団として旅をしながら元に戻る方法を探してンだな?」
「いや、違う」
「は?」
じゃあ何だ、何が違う? イグニスは焦ったように質問を投げかける。ガトーは「どうもこうもあるかよ」と笑った。
「普通に、スラムに居るのが嫌になっただけだ。元に戻る方法なんかあると思うかよ? 誰に聞きゃ分かる? 探すだけ無駄だ」
「馬鹿な貴族から金品を奪い取るのは気持ちがいいですよ。皆さんもいかがです?」
この中で誰よりもまともそうなオリガがそんな野蛮なことを言うなんて。平和主義者に見える人間から「いかがです?」なんて聞かれても困る。
「ずいぶんとまぁ、呑気なこったな……」
自由きままなイグニスには言われたくないだろうよ。




