一触即発の邂逅。
しばらく木陰で涼んでいたら、ガサガサと草を掻き分ける音がして振り返った。緑の中を歩く赤い髪はよく目立つ。近づいてくる男は、マントを引っ掛けては頭を木の枝にぶつけ「この辺りは妙に木がちいせぇな」と鬱陶しげに呟いた。
「よぉ二人さん、随分遅いじゃねぇか。逢瀬の時間は終わりだぜ」
「逢瀬ぇ!? ち、ちがいますっ!」
イグニスは慌てふためくエルを見て笑い、俺に顎で後ろを指し「腹減ったんだ。早く戻ろうぜ」と言った。俺は頷く。腹は確かに減ってきた。二人とも喋らない空間で、腹が鳴ってしまったらどうしようかと思っていたくらいだ。
エルも調子が戻ってきたようだし、そろそろいいだろう。立ち上がって軽く土を払った。
「アーサーと嬢ちゃん……あぁ、リッキィの方な。あの二人はもう食ってるよ。アーサーが作ってくれたみてぇでな、ただのシチューなのにすげぇ美味そうなンだ」
「アイツは何でもできるんだよ。前も言ったか? できないことはそうそうないって。……エル、大丈夫か?」
「はいっ」
いつの間にか立ち止まっていたエルを振り返る。まだ本調子ではないのだろう。しかしいつまでも地べたに座らせるのもな……それなら戻って、椅子に座るなり水を飲むなりした方がいいはずだ。
「……遅かったのは、何かあったのか?」
心配そうなイグニス。俺が目を覚ましたときでさえこんな顔はしていなかったのに。珍しいものを見た。
「いや、大したことじゃない。日差しが強くて眩んだだけだ」
「ふぅん……そうかい。まぁそういうこともあらァな、無理すンなよ」
なんだ、そんなことか。大したことじゃないな。……なんて言いたげな顔。会話も途切れて静寂に包まれた頃、リッキィとアーサーの仲良さげな声が聞こえてきた。
「これも食べますか?」「わーい! ベーコンおいしい!」「それは良かったです」「我もベーコン好きだぞ」「シリウスはもう食べたでしょう? あとはギルバートさんから貰ってください」…………俺だってベーコンは好きだが?
文句を言おうと広場へ足を伸ばした──そこで、イグニスが後ろから小さく言葉を投げかけてきた。
「ギルバート」
歩きながら、わずかに振り返る。
「嫌な……良くねぇ予感がする。気を付けろよ」
「あ? ……あぁ、……?」
曖昧に頷いて返事をした。
テーブルに辿り着くと、既に俺達の分の食事も用意されていた。温かいシチュー、パン、カリカリのベーコン。シチューがあるならベーコンはなくてもいいんじゃないか? そんなメニューだ。
「おいおいシリウス。俺のベーコン食べたのか?」
「ぅ……ご主人……アォォン……」
「誤魔化すなよ」
恐らく俺のであろうその席にはシリウスが行儀悪く足をかけ、皿をぺろぺろと舐めていた。口周りが脂っこく汚れている。耳をぺたんと伏せて申し訳なさそうにしているが、あまり反省はしていないだろう。俺が大して怒っていないと分かっているのかもしれない。
「ギルバート様、私のベーコン食べますか?」
「いや……どうしてもベーコンが食べたいってわけじゃないんだ。……ふっ、ハハッ……!」
至極真面目な顔をしてベーコンを差し出すエルに、耐えきれなくて笑ってしまった。それを見てイグニスが「じゃあ俺のベーコン食うか?」なんて言うから、誰のだろうと変わらねぇよ、とまた笑ってしまう。みんな俺のこと何だと思ってるんだ?
「それはお前らの分だろう。俺はいいから食え」
若干まだ固い人参を頬張り、とろみのあるシチューで流し込む。歯ごたえが残ってるのもいいよな。……いや、うーん、どうだろう。
まぁそんなこんなで食事は団欒。それなりに量のあったシチューは空っぽ。甘い木の実はデザート代わりに腹に消えた。これでまた頑張れるというもの。そもそもそんなに疲れちゃいなかったが。
飯を終えて少し腹を落ち着かせすぐに出発した。リッキィはシリウスの上に乗せてやり、眠くなったら好きに寝かせる。落ちないようにこちらが気を付けて見張ればまぁ大丈夫だ。
正直俺も少し眠いが、まさか大の大人が昼寝するわけにもいかない。ましてや昼寝なんてしたら夜は眠れなくなるからな。欠伸を噛み殺して辺りを見回したが、とりあえず危険はなさそうだ。イグニスとアーサーの話ではこの辺に出るモンスターはそれほど脅威はないようだし、盗賊が出てもこのメンツならどうとでもなるだろう。
ゴツイ鎧をつけたタッパのデカいイグニスが居るだけで魔除けになっている気がする。しかもシリウスは俺の身長を越える大きさだからな……。威圧感はとんでもない。
ややしばらく歩いて腹ごなしは済んだ頃。がさり、と草むらが揺れた。動物? いや違う、人間だ。周囲を囲む人間達……ざっと八人ほど。遠目に見るばかりで近付いてはこないが、俺達が歩く速度に合わせて着いて来ている。魔除けが効いてないとはな。
「何者でしょうか。先ほどの男と関係が……?」
「どうだかな」
さっきの男は仲間が居るとは言ってなかった。町で見かけたときも一人だったし……いや、偵察だった可能性もあるか。そうでなければここらを通る人間を襲う盗賊団か……さて、何だろうな。
「……あの……!」
エルが一歩後ろに離れて立ち止まり、意を決したように口を開く。
「私、ちょっと用事があるので……みなさん、先に行っててほしいんです」
「用事? ……嬢ちゃんな」
「いいから先に行っててください!」
なるほどな。一人で何とかしようって魂胆か。
それなら、と俺は息を吸い込んだ。
「──何者だ! 用があるなら出てこい、鬱陶しい!」
「えっ、ギルバート様っ……!?」
「そんな大声出したらリッキィが起きてしまいますよ、ギルバートさん」
「……悪い」
俺の馬鹿デカい声に、周囲の連中は少し困惑したような声が聞こえた。どうするだとか何だとか。しかしどうせバレているならと、堂々と草むらや木の影から姿を現した。一、二、三……九人。惜しいな。
九人は俺達を囲んで逃げ場を無くす。目の前の道を塞ぐのは偉そうに腕組みをする……少年? 伸びた茶髪を雑に結んだ、見た目はリッキィと同じくらいに見える赤い目の少年だ。彼はくいっと顎を上げ、ご丁寧にも名乗り始めた。
「俺達はレイダース。俺はリーダーのガトー・ノーブルだ」
「襲撃者? 安直だな。しかも高貴……ガトー・ノーブル……」
「イグニス、静かに」
言いたいことは大いに理解できるがそれを言ってはおしまいだ。名が体を表すのは……生き物においては殊更少ない。何せ名前が決まった時点ではどんな人生を歩むか分からないのだから。そうだろ?
小声で話したつもりだったが、少年……ガトー・ノーブルには聞こえていたようで盛大に舌打ちをした。
「名乗るのは流儀じゃねぇんだよ。俺達はスラム出身。礼儀も作法も知らなけりゃ、勉強なんて全くできねぇもんでな。必死に調べて決めたことだ」
「いえ、素晴らしい名前だと思いますよ。それで、貴方達の目的は何です?」
まさか金目当てではあるまい。馬車にも乗ってない俺達がそんなに金を持ってそうに見えるか? イグニスの鎧は細かな装飾もあったりして高そうだが、俺とアーサーは質素な服だしシリウスは何も持ってない。まぁこれだけデカい狼だったらシリウスそのものが高く売られそうだが……少なくとも飼い慣らすのは無理だろう。俺以外にはな。
となると……。
「そこの女を渡してもらおうか!」
「……へぇ、目当ては嬢ちゃんかい」
「この手の盗賊が絡んでくるだろうとは思っていましたが」
やはり。さっき斬り捨てた男とは無関係のようだが、目的は変わらない。エルの髪や目、あるいは足の先から頭の天辺まで全て……すなわち魔女の遺産だ。
イグニスは意外そうに、アーサーはやっぱりかと言うように溜め息をついた。
「ついでに狼もちょうだい? とーっても可愛い子。あたしの所に来てくれたら可愛がってあげられるわ」
ガトーと名乗った少年の隣に立つ、妙に露出の多い女が猫撫で声で囁いた。よく観察しなくても体付きは艶やかしく、豊満な胸とハリのある肌を自覚したうえで武器にしているんだろうな、と察せられた。
生憎だが、そんな容姿だけで騙される俺ではない。騎士時代に仕事一筋だったのは忙しさで女にかまける暇がなかったのではなく、単純に色恋沙汰には興味がなかっただけだからな。……寂しい人生だと思ったか? それは人それぞれ感じ方の違いというものだ。
シリウスはシリウスで興味がないようだった。コイツは狼だし、人間の価値観は当てはまらないだろう。
「グルルッ……」
シリウスは何か言おうと口を開いたが、喋ってはいけないと思い出したのか代わりに軽く唸った。チラチラと白く鋭い歯が見え隠れし、敵対心は剥き出しになっている。
「……というわけだ、俺の愛するパートナーは渡せない。もちろん彼女もな」
「なっ……」
シリウスの首を撫でた俺の言葉に合わせ、イグニスとアーサーは最後尾のエルの壁になるように立つ。流れるようなその動きに少し驚いてしまった。
俺は合図も何もしてないのに、よく分かったな。
エルは一人混乱しているようだった。自分が目当てでやって来た盗賊ならば、自分がどうにかしなければならない……そんな責任感があるのだろう。
「ちょ、ちょっと……みなさん!」
「あぁ、勘違いすンなよ、嬢ちゃん? 俺らは別に嬢ちゃんを守るために立ってンじゃねぇ」
「え?」
「──魔法使いは後ろから攻撃するもの。生身でぶつかり合うのは前衛の仕事なんですよ」
「ハハッ、そういうこったな」
ずっと一人で過ごしていた貴女には分からないかもしれませんが。なんて嫌味なことを言うアーサーだが、柄に手をかけていつでも戦えるように準備している。
俺はシリウスの上でくぅくぅと眠るリッキィを抱き抱える。片手でも案外持てるもんだな。あまり激しく動くと起きてしまうかもしれないが……それまでに全て終わらせよう。
目の前の少年に向き直ると、彼は眉をぴくりと上げた。
「ガトー・ノーブル、だったか。悪いが今回は諦めてくれないか」
少年の目付きが鋭くなる。しかし楽しそうに、それはもう悪い笑顔で低く声を上げた。
「……俺達は盗賊だ。欲しいもんは──力尽くで奪うだけさッ!」




