表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
四、獅子身中の虫。
44/61

狙う者、狙われる者。

 


 ◇



 さて、時は変わって翌日、午前十時だ。パン屋の前ではイグニスが紙袋を片手に立っていた。ゴツイ鎧を身につけ大盾を持ったデカイ男がパン屋の前を陣取っていたら、まぁそれはそれは客足が遠のくというもの。

 似たような筋肉質の男は気にした様子もなく横を通り過ぎパン屋に入っていくが、若い子供連れの女性は悩みながらもパンを諦めたようだ。



「イグニス」

「おう、ギルバート。飯は食ったか。食ってねぇならここのパンでも買ってけよ」



 美味いぞと言いながら店内を指差す。

 パンはまぁ、今は別にいい。気分ではない。



「シリウスはどうだ?」

「飯は食わせてきた。余計なものを与えるな」



 昼飯が食えなくなったら困るだろう。シリウスも悲しそうな顔をするんじゃない。



「というか、そんなに買ってどうするんだ? 持って歩くには邪魔だろう」

「そりゃ問題ねぇ。インベントリがあるからな」



 軽く掲げた小さな肩がけのデイパック。旅をするには簡素な作りで、すぐに壊れそうなほどちゃちなものに見えた。



「イン……? なんだそれ」

「知らねぇのかよ!」


 イグニスはパンの入った紙袋をデイパックの口に近づけた。とても入りそうにないその紙袋は一瞬のうちに消え、手元から無くなった。まるでデイパックの中に吸い込まれるように。



「すごいだろ? これがあれば荷物なんかいくらでも持てる。まぁ物のサイズも容量も限度はあるけどな、俺一人で旅をする分には便利でちょうど良いンだ」



 高そうだな、なんて変な感想が出た。だって俺はこんなの見たことない。知り合いの間でも話題に上がったこともない。こんな便利すぎるほどの代物、相当に珍しく価値があるに違いない。

 俺たちのような庶民では買えないような価値が。あるいは、金額をつけることもできないほどの価値が。



「あー、実を言うとこれは盗んだモンだ。倉庫に眠ってたのをくすねてきたから値段は知らねぇ。まぁ、ちと高かったかもな」

「ハハッ! 金は払えよ」



 …………どこの倉庫から盗んできたんだ? いや、追求すると面倒くさそうだ、やめよう。


 それからイグニスが語るパンの話を聞いていた。しかし聞く限りでは、推している割には別にパンが好きなわけではないようだ。何なんだコイツ。クソどうでもいい。

 そうしているうちにアーサーがやってきて、エルとリッキィもやってきた。全員揃ってようやく出発だ!



 ◇



 ……と、意気揚々と町を出て約二時間弱。俺達にとっては平坦で緩やかな道が続いた。だだっ広い草原と簡素ながら舗装された道に、ところどころ小さな林が点在している。モンスターも少ないし、歩くには平和すぎるほどの道のりだ。しかし……やはり、と言うべきか。



「つかれた! もう歩けない!」

「じゃあ抱っこしようか?」

「やだ!」

「何だ、抱っこは嫌か? それならおんぶは?」

「やだーッ!」



 リッキィは駄々をこねる。ここから一歩も進むつもりはないと言いたげに棒立ちになっている。

 二時間だ。六歳かそこらの子供に歩かせるなんてハナから無茶だった。こうなるのも目に見えていた、分かっていた。だから休憩はかなりの回数を挟んだし、本人が望むのなら抱っこだってした。


 だが、それが嫌となると困る。


 馬車を手に入れようにも今からでは難しい。シリウスが引くと言って聞かないし、もし本当にそうするなら()車では設計が合わずシリウスのために作ってもらうしかないだろう。となると余計無理だ。


 どうも何も思いつかない。困ったなぁ、なんてぼんやり考えていたら、小さな姿だったシリウスが「うぉんっ」と一鳴きした。



「我が背中に乗せてやろう。どうだ、リッキィ」

「ふわふわ!」



 ふわりと大きな姿になったシリウスはその巨体を地面に伏せて「さぁ乗れ!」と言った。お前がいいならいいんだが……。

 シリウスの上にリッキィを乗せてやると、少女は目線の高さと毛の温もりにはしゃいでいた。落ちないようにしてくれよ、本当に。



「……シリウスはしばらくリッキィを乗せて歩いてくれ。エルも疲れるようなら遠慮しないで乗るといい」

「はい。ありがとうございます! でも大丈夫です、何かあったらすぐ動けるようにしておかなきゃ……」



 エルはわずかに微笑んだ。俺はみんなに「先に行っててくれるか?」と言って少し道を戻った。ちょっとした寄り道だ、大したことではない。



「ギルバートさん。もうすぐ昼食の時間ですから早く戻ってきてくださいね」

「分かってるよ」



 手をひらひらさせてアーサーに返事をし、すぐ近くの林に入っていく。日差しが遮られた陰の世界は涼しくて気持ちがいい。木々の隙間から覗く光たちは眩く輝き、ずいぶんとまぁ綺麗な風景を生み出していた。


 俺は目当てのものに真っ直ぐ向かっていく。その人物は静かに前だけを見て隠れるようにしゃがみこんでいた。



「──そこで何を見ている?」

「なっ、何でここにっ!?」



 背後から話しかければ、男は酷く驚いた様子で立ち上がり後ずさった。コイツは見たことがある。……あぁ、そうだ、あの時待ち合わせのパン屋に入っていった男か。アンタこそ何でここに居る?



「気配がバレバレだったぞ。分かりやすいにも程がある」

「ハッ、あの魔女に気付かれさえしなければ近付くチャンスもあるさ。お前らもあの女が目的で連れ回してんだろうよ?」

「……彼女が何だって?」



 魔女に興味はない。エルシェーベト自身が容姿を気にしていようと、魔女を理由に姿を隠そうと、そんなこと俺にはどうだっていい。

 問題は目の前の男が、エルシェーベトを狙って二時間も街から付け回していることだ。


 ずっと気になっていた。何者かがひっそりとついてきていることが。気付いているのはリッキィ以外の全員で、エルシェーベト本人も恐らく分かっている。だからこそシリウスに乗ることを拒否したのだろうし、なんでもない顔で微笑んだのだろう。本来の強さをあまり発揮しようとしない、事なかれ主義の彼女らしい判断だ。


 何も聞かされないことには慣れている。その分こっちは好きにさせてもらおうじゃないか。



「答えろよ、彼女の何が目的だ」



 襟首を掴んで木に押し付ける。尋問は担当じゃなかったからイマイチ作法が分からないな。

 男は両手を上げながら「おぉ、怖い」とおどけたように言う。ちょっとやそっとじゃ怯えないくらいには戦い慣れているようだ。



「何が、だって? 逆にお前は何が目的なんだ? ()()()()()以外に何の価値がある?」

「魔女の遺産……?」

「……知らないのか? ハッ……ハハッ! 馬鹿な奴だ! あの女にどれほど価値があるのか、マジで知らないで連れてるってのか!?」



 ひとしきり笑った男は、はぁと生暖かい息を吐いて笑った。俺のしかめっ面を気にする様子はない。



「俺は親切だからな、教えてやるよ。その代わり……そうだな、あの女を捕まえるのに協力しろ。俺一人じゃあ返り討ちに遭いそうだ」

「……いいから話せ」



 男はやれやれと言った様子で余裕そうに首を振り、急かすなよ、と言った。



「なに、難しいことはねぇさ。世の中には好事家がたくさん居る。それは魔女に対しても同じだ。あの桃色の髪、紫の目、それはかの有名な《博愛の魔女》サマの遺産として、そういう好事家共がコレクションしたがるんだよ」



 確かに彼女の髪と目は伝承として伝わる《博愛の魔女》そのものだ。残された肖像画を見る限り、決してエルと魔女が似ている訳ではない。しかしコレクターにとって見た目が似ているかどうかは問題ではないのだろう。重要なのは……魔女の遺産と呼べる色そのもの。


 だから、その好事家共は彼女自身にすら興味はないはずだ。



「増してや、生け捕りできりゃ使い道も増えるってもんだ」

「……奴隷オークションにでもかければ、悪趣味な野郎が寄って集って金を積み上げるだろうな」

「そういうことだ、理解が早くて助かるね」



 男は軽く笑って、「まぁ死んだら死んだでいいけどな」と呟いた。

 思わず体がぴくりと反応し、自分でも驚くほど低く唸るような声が出た。



「なんだと?」



 男の服を握る手が妙に震え、痺れるほど強く握ってしまっていることに気付いた。こんなに力を入れる必要なんかないのに。



「綺麗に保存する技術はあるし、お偉いさんは生死なんざ問わん」



 ……極端な話、そうか。そういうものか。手に入ればいっそ壊れていても構わないと?

 いや、そんなことはどうでもいい。それ以上胸くそ悪い言葉を並べるのはやめろ。



「分かった、もういい」



 俺は男を離した。もう近くに寄ることも勘弁だ。

 男は俺の声など聞こえていないかのように独り言を呟いていた。思考にふけって、こちらのことは本当に気にしていない。



「だがお前が居たら生け捕りも楽そうだ。死体よりかは高く売れ──」

「もういい!」



 反射的に男の顎を殴っていた。考える間もなく、倒れ込んだ男を何発かぶん殴ってしまった。片手で納まる回数の殴打だったが、奴の顔面は血にまみれ驚きが張り付いている。


 そいつの襟をまた掴んで、上半身を地面から浮き上がらせた。こうする方が殴りやすい。



「てめぇッ……協力するんじゃ……」

「俺は『いいから話せ』としか言ってないが?」



 恨むのなら『協力する』という言質をとれなかった自分を恨むんだな。早くした方がいいぞ。その時間もなくなりつつあるだろうから。



「……参考になったよ」



 最後に一発叩き込む。重力場に従い横になった男は、声にならない声を絞り出し白目を剥いていた。

 俺の声に反応したのかわずかに指先が動いたが、そのままぴたりと止まる。返事は当然ない。必要もない。



「罪状は増やすもんじゃないんだがな……」



 人を傷つけたり殺したりすることに、戸惑いや躊躇いはない。騎士だなんだと言っても高潔であり続けるのは不可能だ。既に俺の手は黒く汚れている。そういう立場に身を置いていたから、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。

 だがそれはかつての話。しがらみのない今、責任は全て自分が取らなければならない。つまりこうして犯す罪は総じて俺の足枷となる。暴力沙汰も起こすべきではない。

 ……もう少し、身の振り方は考えないといけないよなぁ。


 俺は首を振って道を引き返した。とにかくみんなに追いつかなくてはならない。リッキィの歩幅を考慮しなくて良くなった今、恐らく進むスピードは早まっている。さっさと戻らないとな。


 エルの事情も何となく察しがついた。大方、同じ場所に住み続けると彼女を狙う輩がひっきりなしに来るから、冒険者として旅をしながら生活している……と言ったところだろう。

 彼女自身が金になるというなら誘拐して売りさばこうとする奴はいくらでも現れるし、定住なんかできるはずもない。噂が広まるのはとにかく早いからな。


 エル本人を問いただすのは……いや、やめておこう。他人の事情にずけずけと踏み入るのはあまり好きじゃない。しかし──



「警戒するくらいは、いいだろう」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ