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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
四、獅子身中の虫。
40/61

盗み聞きはおやめください。

 



「ところで……ずっと気になってるんだが」



 扉の方を見やれば、アーサーとイグニスは少しだけ笑う。そして部屋の外に聞こえないように小さな声で話し始めた。



「ギルバートもアーサーも気付いてたか」

「あれはさすがに気付くでしょう……あまりにも気配が消せていないですから」

「むしろ、あれで隠れているつもりなのか?」



 ハロルド氏は急にひそひそと顔を突き合わせて話す俺達を不審げに見ている。彼は分からないのだろう。閉め切った扉の向こうに居る存在が。


 俺達にしてみれば扉や壁くらいの隔たりは障害にならない。気配ってのはじっとしていても感じられるもんで、本人は隠れているつもりでも案外バレバレだったりするのだ。そもそも気配や殺気を消すのは難しい。特殊な訓練をした暗殺者ぐらいしかできないんじゃないだろうか。



「申し訳ありません、ハロルドさん。話の続きはもう少しだけ待っていただけますか?」

「大丈夫ですよ、用は大体済みましたから。それより何の話をされているんです? 外には何かあるんですか?」

「あぁ、それは……」



 扉を開ければその先に見えるのは小さな背中。足音を立てずそっと歩く姿は、ただ歩いているというよりかは逃げているように見える。外套を羽織ってフードをしっかり被っていても誰かは分かっているんだぞ。



「──どこへ行くんだ、エルシェーベト?」

「どっ……こも行きませんよ!? 別に! ちょっと近くを通りかかっただけで! えへへ!」



 エルは車輪が軋んで動きづらい馬車のように、ぎしぎしと振り返った。わずかに見えるその表情はあからさまに動揺しており、分かりやすい下手な言い訳を並べている。診療所の中にまで入っておいて『通りかかっただけ』はないだろうよ。



「彼女もレイドに参加していましたね。エルシェーベト・ローレンさん……でしたか。まさかずっと聞いて……?」

「まぁ、そういうことだな。盗み聞きは良くないぜ、嬢ちゃん」



 もう少し早く指摘するべきだっただろうか。俺達には報告書の複製まで見せてくれたが、他の人間への口外は許されていない可能性もある。



「ごめんなさい! ギルバート様がお元気そうなら何よりと思ったんですが、つい会話が気になって……」



 両手を忙しなく擦り合わせたりしながら、彼女は今にも泣きそうな顔で身を縮めた。見舞いに来てくれた……のだろうか? それはありがたいことだが、まぁそれとこれとは話が別である。



「ハロルドさん、さっきの話は聞かれても問題ありませんか? 必要であれば、こちらの不手際ですから対処いたしますが」

「ギルバートが言うと途端に犯罪が起きそうな言い方だな」

「うるさいぞ」



 イグニスの冗談に苦笑いを浮かべたハロルド氏は「そうですね……まぁ、特には……」と言葉を切った。考えを巡らすように少しだけ唸ったものの、やはり何も問題はないと首を振る。


 それならいい。問題があったらむしろ俺の方が気まずくなってしまう。エルの存在に気付いていながら放置していたのはこちらだからな。



「では私はこれで失礼します。皆様、どうぞご自愛ください」



 ハロルド氏はそう言って診療所を去った。彼はどこだかの街で教鞭を執っているらしく、本当に先生だったようだ。俺達がその街に寄ることがあればまた会うこともあるかもしれない。


 エルは相変わらず居た堪れないと言った顔をしていて、少し責めすぎたなと後悔した。ちょっとしたジョークのつもりだったが、あまり面白くなかったか……。俺にそういうのは向いてないな。



「気にすることはない。対処だ何だなんて冗談だ。……それより、エルはずっとこの町に居たのか? 知らなかったな」

「はい、まぁ、ずっと居たことには居たんですけど……ギルドの依頼を受けて外に出てることが多かったので。本当はギルバート様にお見舞いの品をお持ちしたかったんですが……すみません、気の利くものが思いつかなくて」



 エルは手を何度か握るような仕草をして、指をくるくる宙に回らせて、そうして軽やかに指を鳴らす。その手には紫色の花が握られていた。三枚ほどの花びらの中央に、慎ましいながらも更に白い花が咲いているような……なんだか不思議な花だ。何と言う花なんだろうか?



「すごいな……どこから出したんだ?」

「ちょっとしたマジックです!」



 どうぞ、と差し出された花を受け取る。匂いはあまりしない。しかしとても綺麗な花だ。



「これはブーゲンビリアですね」

「はい、アーサーさんのおっしゃる通りです。お見舞いと言ってはつまらないものですが……私が好きな花なんです」

「ありがとう。気持ちが嬉しい」



 後で飾っておこう。近いうちにこの街を出るとは言えこの美しさを損なうのは勿体ない。


 この花はとても華やかに見えるが、実は紫色の花は花ではないそうだ。じゃあ何なのかと言うと葉、らしい。紫色の葉っていうのは聞いたことがない。緑であるという先入観が強くて記憶に残ってないのかもしれない。

 本当の花は中心の白い小さな筒状のものだが、初めて見る者は花と葉を間違えてしまうそうだ。



「しかし……嬢ちゃん、この花のためにこの街に居たのか?」



 イグニスの疑問に、俺もアーサーも「確かに」と頷いた。

 するとエルは少し暗い表情になって視線をぐるぐる回し、「あー……」とか「えぇっと……」とかそんな言葉にならない声を出していた。



「何かあったのか? 話してみろ」



 俺が使わせてもらっている病室に招きながら問えば、エルは覚悟を決めたように顔を上げた。



「実は! お願いが、あるんです……!」




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