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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
四、獅子身中の虫。
39/61

正体不明の実験者。

 


「……まぁいいでしょう。それよりお客様がお見えですよ」



 アーサーが廊下から連れてきたのは見覚えのある男性だ。丁寧にお辞儀をした彼は……えぇと、そう、確実に会っているんだが……。

 ちらりとイグニスの方を見ると、彼は扉の方を確認して少しだけ驚いたように言った。



「ハロルド先生じゃねぇか」

「ハロルド……先生? ……あぁ、そうか、学者の」



 レイドの三日目だか四日目だかに調査隊としてやってきた学者。それがハロルド氏だった。あまり話したわけでもないし、すっかり記憶が薄れていたな……申し訳ない。



「お久しぶりです、ギルバート卿。体調はいかがですか」

「問題ありません」



 彼も俺のことを卿なんて呼ぶのか。もう騎士ではないといちいち訂正するのも面倒になってしまった。

 ハロルド氏はわずかに微笑み頷いた。



「それは良かった。実は今日は皆様にお話しなければならないことがありまして」

「話……?」



 一体何の……いや、そんなの一つしかないな。そもそも俺が彼と関わったのはヴィーヴルの件しかないのだから。

 落ち着いて話をしようということで、ハロルド氏には椅子に座ってもらい、アーサーやイグニスも交えて話を進めることとなった。



「ギルバート卿は、ヴィーヴルが何らかの外的要因で変化していたことはご存知ですか?」

「はい、新聞で読んだ程度ですが。能力が格段に進化していたとか、何とか」

「そうです。その『能力』には色々なものが含まれており、遺骸解剖の結果、ヴィーヴルは()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが分かりました」

「……どういうことだ?」



 真っ先に反応したのはイグニスだ。それもそうだろう。俺達にヴィーヴルについて教えてくれたのは他でもないイグニスで、立場上ドラゴンには詳しい。


 ヴィーヴルを初めて目にしたとき、イグニスはこう説明していた。

 『ヴィーヴルは、繁殖しないように雄は殺された。雌だけならば繁殖できないから放置され、女王は生き延びていた』と。その言い分は大いに納得できる。スライムなんかは分裂して増えていくが、別個体を産み落とす繁殖は雌雄が揃わなければ不可能。それが全世界共通の一般的な認識だからな。



「単体で産む? ンな話聞いたことねぇよ。いくら上位種でも一匹で繁殖なンざ出来るわけねぇだろ?」



 意味が分からないと言いたげに首を傾げたイグニス。俺は黙って話を聞いていたが、分からないのは同じだった。何せ学問をしっかり学んだわけじゃない。裕福な家庭でもなかったし、今までの人生の半分以上は騎士団に関わっている。


 学校に通っていたこともあるアーサーならば何か分かるのではないかと思い視線を投げたが、考え事をしている様子でこれと言った反応はなかった。


 ハロルド氏は数枚の書類を取り出し、それぞれに配った。その書類にはヴィーヴルの調査結果が細々と書かれているようだった。小難しくて頭が痛くなりそうだな。



「ヴィーヴルは恐らく、女王自身と同一の個体を産み落としていたと考えられます。方法が違うだけでスライムの分裂と似たようなものですね。しかし後天的に単独での繁殖機能を得たため、能力が体に馴染むことはなかった。だから産まれた個体は()()()()()()()()()()()()()()()。ヴィーヴルを産もうとしていたが上手くいかず、違うものが産まれていたことです」

「確かにヴィーヴルは女王しか見ていないな……。他に居たのはワイバーンくらいです」



 俺の言葉に「えぇ、そうでしょうとも」と頷いたハロルド氏。現場に居なかったのにどうしてそう言い切れるんだ? 学者さんは本当にみんなそういうもんなのか? 不思議に思って聞こうとすれば、俺が口を開く前にアーサーが閃いたように顔を上げた。



「女王が産んでいたのはワイバーン……」

「──その通りです」

「はァッ!? どう考えてもおかしいだろ。ヴィーヴルとワイバーンは、系統は一緒でも種類は全くの別物だぜ。いくら近しいからって産めるかよ」



 イグニスは笑いながら言った。荒唐無稽だと嘲るように……あるいは認められないと抗うように。

 しかしハロルド氏に無言のまま険しい表情を返されて、それだけで彼は笑うのをやめた。固く強ばった面持ちのイグニスが嫌そうに書類に目を通し、そして重たく息をつくまでに大した時間はかからなかった。



 ──やたら難しい専門用語が多い書類には、こう書かれている。


 『ヴィーヴルの体は外部から人為的に改造された痕跡が認められる。それは魔力の増幅、身体的成長のみに限らず、単為生殖を可能にするものである』


 『元々のヴィーヴルは子を産むことは不可能であったが、何者かに作られたと思われる正体不明の臓器が体内に詰め込まれており、それにより産卵が可能になっていた。産卵と言えど単身である以上はヴィーヴル自身と同じ個体が複製される。しかし本来あるはずのない臓器は適応度が低くヴィーヴルを産むことは難しかったため、自らの氷の力を強く受け継いだワイバーンが産まれたと推測される。

 ヴィーヴルとして産まれるはずのものがワイバーンになってしまった理由は至極簡単だ。ワイバーンは限りなくヴィーヴルに近い魂を持つ、ただそれだけである』……。



「ワイバーンの大量発生は、ヴィーヴルによる単独での繁殖が原因だと思われます。女王の周りに居た護衛はヴィーヴルが直接産んだワイバーンで、そのワイバーンが子供を産み、さらにそれが子供を産み……そうした連鎖の末に出来上がったのがあの大群でしょう」



 そうか、なるほどな。

 初めはヴィーヴルの血を濃く受け継いでいる。しかし世代を経る毎にワイバーンとしての血が割合を占めていき、ヴィーヴルの強さは少なくなっていった。群れの本隊のワイバーンはいくつもの世代を跨いだ子孫なのだろう。だからヴィーヴルや護衛達と比べて格段に弱かった。


 ハロルド氏は「問題はその次です」と続けた。俺は書類の小さな文字を目で追っていく。



 ……『これから述べることは所感に過ぎない。

 正体不明の臓器は作りが大雑把で、内臓や体の作りについて詳しい者が作ったとは思えない。しかし臓器を取り付けた際の傷跡が無いことや後遺症らしき異変も見受けられない点から、臓器は移植されたものではなく体内に新たに作られたものであり、魔法や錬金術などに精通している者が行なったと考えられる』


 『これらの作業は多大な手間と時間が掛かると予想され、遊び半分で行なったと言うよりは』──



「──『何らかの実験であると考えるのが自然』……だって?」

「はい。それが我々の出した結論です」

「……困ったことになったな、オイ」



 書類を持ってきたハロルド氏も、話を聞いたイグニスも、誰もが苦々しい表情を浮かべていた。


 それも当然だろう。実験だったにしろ遊び気分だったにしろ、ヴィーヴルは明確な意思のもと身体改造を施された。ヴィーヴルの進化は類稀な偶然の産物などではなく、他人に与えられたものだった。



「犯人……仮に実験者と呼ぶことにしましょう。実験者は巧妙に痕跡を消していました。手掛かりは魔力の名残があった程度で、個人を特定できるようなものは何も残っていません」



 じゃあそいつは野放しってことか……。ネモフィラの身体改造が本当に実験だとすれば、もしかすると過去にも似たようなことがあったかもしれないし、そして恐らくこれからも起こるだろう。

 実験の目的が何であれ脅威の種は残っていることになる。



「しかし……ネモフィラはワイバーンを産んだ記憶はないようでした」

「……ネモフィラ?」



 三人は不思議そうにこちらを見ていた。慌てて「ネモフィラは女王の名前だ」と告げれば、ハロルド氏は前のめりになって驚いた。



「何故知っているんですか!? まさか会話を!?」

「えぇ、まぁ、少しだけ……話しました」

「どんなことを話しましたか!?」



 どんなこと……具体的にこうだと言えるような内容はなかった気がする。彼女が死ぬ間際にぽつりぽつりと漏らしただけのことであり、会話として成り立っていたかは怪しい。

 だが確か、彼女は途方もない時を生き、子供を育て、殺され──



「──人間を憎み、魔王軍に居たことがある、と言っていました」

「魔王軍……!」



 アーサーの小さな呟きに頷き、俺は夢のことを思い出していた。あの夢が実際に起きた過去の出来事ならば、彼女と話していた()は魔王軍に所属していたに違いない。ネモフィラが魔王軍に入って何をしていたかは彼女自身からも語られなかったが、俺が思い出せることがあれば手がかりも得られるかもしれないのに。



「……思い出せないな」



 自分ではない自分。記憶にない記憶。全て知らないことなのに思い出しようがない。

 だがそれでも俺の中に存在している確かなものだと、自分でも驚くほどすんなり受け入れている。違和感はなく、もどかしさだけが渦巻いていた。



「ギルバートさん?」

「いや悪い。何でもない」



 話の続きをしよう。



「俺がネモフィラについて知れたのは今話したことくらいです。一体誰が彼女に手を加えたのか、それは何も語られませんでした。あるいは大繁殖のことも何もかも──忘れさせられているのかもしれない」



 ネモフィラの記憶も実験の痕跡と言ってもいい。だから実験者は記憶を消した。……それなら納得はできるが、記憶を消すなんて言うほど簡単にできるようなことでもない。


 ハロルド氏は頷いて、怒りを抑えるように言った。



「それほどの実力者だ。国に掛け合って魔力は追っていますが、特定するのはまず無理でしょう。そこで、ギルバート卿には十分に注意していただきたいのです」

「何故です? 俺に何が……」



 あぁ、そうか。

 心なしか冷たくなる右目に、底知れない力強さを感じた。



「《女王の血肉》──ですか」

「はい。魔術師となればアーティファクトの使い方はいくらでも知っているはずです。それが例え正規の方法ではなくても。そうなれば《女王の血肉》を奪いに来る可能性は高いですから」



 もしもそんなことがあれば俺は目を抉り取られ、最悪殺される。そうはなりたくないもんだ。ただでさえ、何年も変な夢を見て気が滅入るって言うのに。



「俺がついてンだ。盾に誓って護ってやるさ。警戒はしとくに限るけどな」



 イグニスの自信満々な顔に、揺らがねぇなと思いながら「それもそうだな」と返した。






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