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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
37/61

喋る狼は置いといて。

 


 ◇



「──そうか、血の盟約を交わしてる、ってンなら……ギルバートが《女王の血肉》を取り込んで身体的変化が起きたから、それがシリウスに影響を与えた、って解釈もできるな」



 イグニスは納得したように頷いた。

 当のシリウスは結局小型化して、俺の隣に行儀よく座っている。おかげで俺はきちんと食事が摂れているし、暑苦しさに悩むこともない。シリウスには申し訳ないが。



「我はご主人と運命を共にするのだ」

「口調が意外と不遜なんですよね……」



 アーサーは呆れたように笑った。笑うしかない、というような顔だ。


 確かに今までの態度を見ていると、ワガママな子どものように見えていた。それが喋り始めるとどうだ。ふてぶてしいと言うか、傲慢な感じがする。自分のことを我と言うやつはなかなか居ない。



「意思疎通が全くできねぇよりは良いンじゃねぇか?」

「それはそうなんだが……」

「……ご主人、我が話すのは嫌か? 喋らない方が好きか?」



 子犬のような丸い瞳でこちらを見つめる。無下にすることはできず、頭を撫でて誤魔化すだけだった。そりゃあもちろん嫌ってことはないんだが……何と言うか、急に喋り始めた戸惑いが大きすぎて、現実だと受けとめきれない。


 こればっかりは慣れるしかないだろう。どうにか自分を納得させて、ずっと気になっていたことを話すことにした。



「……ご主人、なんて呼ばなくていいんだぞ」



 俺は血の盟約を主従関係として結んだわけではない。これまでシリウスに命令のような指示をしていたのは確かだが、それは一方的に告げることしかなかったからだ。言い訳だと言われれば、それまでだが。

 あくまでも俺はシリウスと対等で居たい。お互いを助けたり、協力できたらいいよな。大切なパートナーなんだから。こうして会話ができる今、その擦り合わせが可能なはずだ。



「お前は俺のペットでも召使いでもないんだ。主人、っていうのは……なんか変だ」

「でも、ご主人はご主人だ。他になんて呼んだらいい?」

「名前で呼べばいいだろ」



 そう言うと、シリウスは渋るような微妙な顔をして、「ヴゥ……」と小さく唸った。……いや、いいんだ。無理強いはしないから、好きに呼んだらいい。

 野菜サラダに入っているレタスを、ドレッシングがかかっていないところを見繕って鼻先に突きつける。シリウスは半ば反射的にシャキシャキ頬張って、肉を寄越せと足で強請る。少しばかり行儀が悪いが、まぁいいだろう。特別にこの厚切りベーコンをやる。



「ところでよ。これからどうするンだ、お前らは」

「どう、と言ってもな……」



 イグニスの疑問は至極当然のことだ。

 旅の目的はこの三か月の間に聞いている事だろうと思うが、俺達は明確な目標があるわけではない。毎度毎度行き当たりばったりに依頼を受けて、それが何となく上手くいっているだけだ。


 手がかりは魔術師のローズル・ラノスくらいで、他にこれと言った情報はない。そもそもラノスについて分かってることもほとんどない。全ては未だ闇の中だ。



「現時点では次の目標はないな」

「そうですね。それにギルバートさんは三か月のブランクもありますし、無理な戦いはしない方がいいと思います」

「それは……いや、ごもっともなんだが……」



 俺にもプライドってもんはある。そんなことはない、とアーサーに言い返したくなったが、彼の言うことは紛れもない事実だった。


 剣術だとか筋力だとか、そういうのは日々の鍛錬が大切だ。三か月間も寝たきりだったなら、多少なりとも筋肉が落ちているだろうな。

 なんだか体がだるい感じもするし、様子を見て体を慣らしていかないと怪我にも繋がりかねない。



「……そう言えば、勇者はどうしてるんだ? それにもよって、これからの行動は変わってくるだろ」



 三か月も経ったなら、何かしら功績をあげていてもおかしくない。『勇者は聖騎士やシスター、冒険者上がりの数名と共に旅を始めた』と最近……いや、正確には三か月前に新聞で読んだ。聖騎士の実力は確かだから、仮に勇者が聖騎士から剣術を教えられていたら今の俺では勝てないだろう。


 勇者というのはいつの時代も、戦闘に関するセンスは他の追随を許さないほどらしいから。あくまでも伝承の話だが。



「新聞にもこれといった記事は載っていませんね」

「まだオルディネに居るンじゃねぇか? ミナーヴァはどの街にも監視網が張られてるし、厄介な新聞社も居るからな……勇者ぐらいの有名人なら、ミナーヴァに入国しただけでもスクープになるだろうよ」



 つまり、新聞に載ってない以上ミナーヴァには来ていない……ということだろうか。かと言って、ずっとオルディネに居るはずもあるまい。


 地図上ではオルディネ王国を西に進むと小国がいくつも連なっており、反対に東へ進むと圧倒的大国であるミナーヴァ帝国がある。

 俺達は『白銀の狼の捕獲依頼』があったからミナーヴァ帝国の方へ向かい、そのまま国外逃亡を謀ったわけだが……勇者達は小国の方へ向かった可能性が無きにしも非ず、と言ったところか。だってそうしたら、ミナーヴァよりもよほど歓迎されるだろう。


 軍事国家のミナーヴァは「勇者が居なくとも戦える」くらい言いそうだ。実際、ミナーヴァ帝国のドラグーンやら騎士やらが集まれば勇者一行にも劣らない戦力になるだろう。

 小国の方は大国に蹂躙されないよう連合を組んでいるが、連合の国土面積を全て合わせてやっとミナーヴァ帝国と並ぶ程度。十か十五ほどの国はそれぞれ、大国に踏み潰されないか日々恐れていると言う。


 連合にとっては勇者という強い存在が訪れてくれたら、それだけでミナーヴァに対する抑止力になるはずだ。



 まぁ勇者からすれば最終的な敵は魔王ただ一人であり、国同士のいざこざなんて知ったこっちゃないだろうが……俺が勇者だったら、そういう事情を含めて小国の方に向かうだろうな。連合の後ろ盾があると何かと動きやすいかもしれない。



「……そもそも何で勇者の話になるンだ? どっから勇者が出てきた?」

「あぁ、イグニスさんには何も話していませんでしたね」



 怪訝そうな顔をするイグニスは、どうやらまだ俺達の旅の目的を聞いていないようだった。三か月も時間があったならとっくに話していてもおかしくないのに。

 そう思った俺に対するアーサーの「勝手に話すとお怒りになるかと思いまして」という発言には……確かに、と頷くしかない。



「まぁ……勇者の件は旅の目的に繋がるんだ。簡潔に結論だけ言うと、目標は魔王を倒すこと、だな」

「ハッ! 何だそれ!」



 馬鹿にするような口調とは裏腹に、イグニスはそれはもう大輪の花が咲くような……いや間違えた、でけぇ男相手にそんな可憐な表現するもんじゃないな。強いて言えば……そう、凶暴な野獣が獲物を目の前に舌なめずりをするみたいな、そんな笑顔になって大口を開ける。



「随分とまァ楽しそうな事してやがるなァ!」

「そう言うと思いました……」



 呆れ顔のアーサーを横目に、詳しく話せと促すイグニスに事の次第をざっくりと話した。オルディネ王国騎士だったこと、勇者召喚の末の一騎打ち、投獄に続く脱獄……シリウスとの出会いも、簡潔にだが話してみせた。それを聞いた彼は「成程なァ」と頷く。



「苦労してンな」

「まぁ……カイン王子が()()()でなければ、今も王国騎士だっただろうな」



 勇者の『勝負をしないか』という発言は以ての外だが、カイン王子はそれなりに大人なのだから、あぁいう無責任な発言は注意して然るべきだろうに。さすがにあの勝負を容認するとは思わなかったな……。



「カイン・ラディアント・オルディネか。そいつの噂は聞いたことあるぜ。ミドルネームに初代勇者サマの名前貰っといて、悪魔にでも取り憑かれてンじゃねぇのか、ハハッ」



 彼は冗談めかして言うが、俺はアーサーと顔を見合わせた。



「……あながち間違ってないかもな」

「そうですね……」



 勇者が居て魔王が居るなら、悪魔だって居るだろうし……ただ気が触れた、ってわけじゃあなさそうだ。


 もう俺の知ったことではないが、オルディネ王国はアベル第二王子が次期国王でほぼ確定だろうな。少なくとも、よほどの事情がなければあの状態のカイン第一王子を王にすることはできない。俺が現国王なら絶対にカイン王子は選ばない。王位継承権なんぞ知ったことか。



「まぁとにかく、俺達は勇者を出し抜こうってわけだ。そんなこと考える奴なんかそうそう居ないだろうがな……」

「目標は無茶で無謀なくらいが丁度いいんですよ」


 うーん、そういうものか……真面目な顔で言われると妙に納得してしまうな……。



「今ンとこ手がかりがねぇってンなら、とりあえず首都に行ってみろよ。せっかくミナーヴァに来たンならあの街は見ねぇと損だぜ」

「さぞかし発展していることだろうな。確かに見てみたい」



 俺はオルディネからほとんど出たことがないし、ミナーヴァの首都に来る機会なんて皆無だ。魔法道具の生産が盛んなミナーヴァ帝国の首都は、果たしてどれほど栄えているのだろう? きっとオルディネとは比べ物にならないんだろうな。



「発展してる、ってだけじゃあねえさ。お前らが欲しがってる情報……上手く行けば手に入るはずだ」



 どういうことだ? と首を傾げる俺をよそに、アーサーは小さく「まさか……」と呟く。俺だけが事態を分かっていないらしい。……あぁ、いや、シリウスも分かってないな。つまらなそうに欠伸をしている。



()()()()()があるンだよ。この世で知らない情報はない、ありとあらゆる知識を所有する諜報機関──《バベルの図書館》がな」




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