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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
36/61

寂しがり屋はどちらの方か。

 


「イグニスが監視役?」

「……何だよ、その目は。俺には監視が務まらねぇと思ってンのかよ?」

「いや、そういうわけじゃ……」



 だって、イグニスはそういう性格じゃないだろう。誰かに縛られたり、誰かの命令に従うようには思えない。孤高にして自由──天上天下唯我独尊。彼に命令できるのは彼自身だけ。そういう人間だ。少なくとも、俺の感じる限りは。



「──まぁ、俺は上下関係やら主従関係やらが嫌いでね。教会だって信用しちゃいねぇ。あんな胡散くせぇ組織、そうはねぇぞ」

「それは……ははっ、教会の人間が聞いたら殺されますよ!」



 笑いを堪えきれない、と言った様子で肩を震わせるアーサー。宗教にのめり込む信者ってのは怖いからなぁ……何をしでかすか分かったもんじゃない。それこそ殺されそうだな……。


 イグニスも軽く笑いながら、「だってそうじゃねぇか!」と続ける。



「いつだって信じられるのは自分だけだ。なぁ?」



 ……やっぱり、我が道をゆく男なんだな。



 上層部はきっと、未確認・未登録の新しいアーティファクトな上、詳しい使い方が分からないし調べることもできない代物だから、非常事態に備えて監視役は強い奴がいい、と考えたのだろう。アーティファクト及び宿主の俺が暴走して被害が出れば、国としての管理責任を問われることになる。

 冒険者は元々国の戦力としてカウントはされていないから、帝国の騎士を寄越して人員に穴を開けることもないしな。


 だからって最高ランクの《黎明》であり、ヴィーヴルに「化け物」と言わしめた《牙を剥く要塞》のイグニスを監視役にするなんて、ギルドも贅沢な使い方をするものだ。


 結局はその判断が誤っていた、ということになるが。



「報告も連絡もしねぇよ。だが、国が絡んでる以上はさすがに無視することもできねぇンだ。アンタらには悪いが、旅に同行させてもらう」

「それは構わない。むしろ、イグニスほど強い奴の戦いをこれからも見れるなんて運がいいくらいだ」



 俺はこれからもっと強くならなければならない。どれほどの強敵が来ようと、打ち倒せるほどでなければならない。

 そうなるためには、強い奴から技術を盗む他にない。今までと同じじゃダメだ。足りないことを補って、できることを堅く確実なものにしていかないと。


 銃と刀とじゃ戦い方もまるで違うが、だからこそ学べることもあるだろう。

 本当に……イグニスの同行は全く予想していなかった。なんて、なんて運がいい!



「どうせ一緒に旅をするなら、その強さの秘訣を教えてくれよ。俺はもっと強くなりたい。ならなきゃいけない!」

「おう、強さの秘訣か。それはな──」



 身を乗り出して答えようとしたイグニスを、斜め下から町医者のご老人が押しのけた。



「ちょっと君達、彼は病み上がりなんですからね、長話はやめてくださいね。ギルバートくんも何日かは安静に過ごすんですよ、分かりましたね」

「は……はい、承知しました」

「じゃあシリウスくん、護衛は頼んだからね」

「アォンッ」



 ご老人は二人を連れ、少し怒った様子で部屋を出ていった。シリウスにはやけに甘い態度だったな。



「護衛、か」



 おいでと手招きをすれば、小さな歩幅でこちらにやって来る。頭を軽く撫でてやると耳がぺたりと伏せられて、もっと撫でろと言わんばかりに頭を押し付けてくる。時々鼻がくぅくぅ鳴るのが可愛らしい。



「……この三か月、そばに居てくれたのか」

「アゥ」



 えっへん、などという言葉が似合う表情だ。褒めろと言っているかのように誇らしげに胸を張っている。体は小さくとも態度は大きい。それがシリウスのいいところでもある。



「お前は優しいな」



 首元を撫でてやって、そっと目を閉じた。どうせやることもない。ずっと眠っていたが、また寝てしまおう……。


 シリウスは俺の懐に潜り込み、鼻をふんふん鳴らして満足気な様子だ。一緒に寝るつもりなんだろう。こんなにふさふさの毛皮で暑くないだろうか。



 静かな部屋で時間だけが過ぎていく。既にシリウスは寝息を立てていて、俺は頭の中でぐるぐると考え事が巡っていた。


 ──目が覚めるまで、夢を見ていた。やけに現実味のある夢で、一つの思い出を取り戻したみたいだった。

 その時に感じた風も、知らない空模様も、嫌な血生臭さも、鮮明に覚えている。いや、この感覚は()()()()()という言葉の方がしっくり来るな。



「ネモフィラ……か」



 片目をなくし、その空間をガーネットで埋めたドラゴン。間違いなく、俺達が打ち倒したヴィーヴルと同じ個体だ。


 不思議な記憶の中でそのヴィーヴルは、大切な友だった。昔から見知った仲で、数少ない心を許せる存在だった──のだと、思う。確信がない。

 当たり前だよな。俺は、どんなヴィーヴルとも話したことはないんだから。ドラゴンの死体を前に憂いたこともなければ、あんな宝石を与えたこともない。


 ましてや魔族だ何だなんて……。俺はオルディネ王国の田舎の出身で、代々騎士を受勲する父と農家から嫁いだ母に育てられた、特別な才もない人間。


 齢二十四にしては様々な死線をくぐり抜け、語りきれないほどの経験をしてきたような気はするが、異種族の友人などは居ない。

 ──居ないはずだ。ドラゴンの友など。



「あ……?」



 視界がぼやけて、頬に涙が垂れる。どうして泣いてるんだ。記憶にないのに、何を泣くことがある。


 分からない。あれは何の記憶なんだ。分からない。分からない! 全然分からないのに……この手でネモフィラを殺してしまったことが、酷く俺の心を蝕んでいく。


 ……吐きそうだ。

 俺の知らない俺が、心のどこかに居座っている。気持ち悪い。諦めてくれよ、彼女のことは。ネモフィラは俺の友ではない。仮に、そうだったとしても……。



「もう、ネモフィラは居ないんだ……」

「──我はご主人のそばに居てやるからな」



 小さな、囁き声のようなものが聞こえた。


 誰だ、と思って辺りを見回しても誰も居ない。俺と、シリウスしか居ない。



「ご主人? 大丈夫か?」



 いつの間にか起き上がり、心配そうに首をかしげるシリウスのその口から、確かに声が聞こえる。見た目にそぐわない少し低い男の声だ。



「シリウス……お前、喋ってるよな……?」

「ご主人、我の言うことが分かるのか!?」



 ぱぁっと顔が明るくなり、尻尾が大きく振られる。



「あぁ……はっきり分かる」



 さっきまではただの鳴き声で、何て言っているかほとんど分からなかった。今じゃ人間と変わらずに言葉を話し、驚くほど簡単に意思疎通が出来るじゃないか。

 こんなこと、あるのか……?



「やったぞ! やっとご主人に通じた!」



 喜んだように跳ね回り、そのままの勢いで顔を舐めに来る。やめろよ、なんて声も出ず、されるがままに受け入れるしかなかった。


 シリウスは嬉しそうに笑った。



「我のご主人を思う力がもたらした奇跡かもしれんな!」

「奇跡ってお前……ははっ、いや、そうかもしれないな」



 ……何だか、よく分からないことばかり起こる。ネモフィラのガーネットは俺の体を宿主にしてしまうし、知りたくもない記憶は押し付けられるし、シリウスはいきなり喋り始める。


 混乱しすぎて驚く余力もないよ。もしかしたらこれも夢かもしれない。



「ご主人、泣いてたな。大丈夫か? 傷が痛むのか?」

「いや……大丈夫だ」

「じゃあ、寂しいのか? 心配するなよ、我がそばに居てやる!」



 元の大きさに戻ったシリウスは、その体躯で俺を包むように丸くなった。妙に安心感がある。



「ちょっと……暑い、な」

「我慢しろ!」



 締め付けが若干強くなった。ふさふさの尻尾が顔に当てられ、くすぐったくてくしゃみが出そうだ。

 喋り始めると妙に押しが強くなったな……何となくアーサーに似てないか?



 はぁ、と溜め息をついて、しばらくその状態を我慢した。寝ようにも寝られないし、何だか腹が減ったし、どうしたもんか。

 仕方ない、と俺は声を張り上げた。



「おーい、アーサー! イグニスでもいい、誰か来てくれないか!」



 大声を出すと、軽やかなノックが部屋に響いた。何か気を使ったのか、扉越しに落ち着いたアーサーの声が聞こえてくる。



「お呼びですか、ギルバートさん」

「悪いんだが、腹が減ったんだ。何か適当にくれないか?」

「分かりました。ドクターに聞いて、何か用意致しますね」



 本当に悪いな、と返すと、アーサーは静かに去っていった。ややしばらくして、何かを持ってきてくれたアーサー(と冷やかしのイグニス)は、扉を開けてそれはもう驚いていた。というか、怒っていた。



「シリウス! 何をしているんです! ギルバートさんに迷惑をかけるなとあれほど……!」

「ご主人は寂しがってる。我は離れないぞ」

「「喋った!」」



 アーサーは心から驚いたように、イグニスは笑いながら大声をあげた。何がそんなに面白いんだ、というくらい笑っていた。



「さっき喋り始めたんだ。俺もよく分かってない」

「その状況もどうしたンだよ! 仲良いな!」

「我らは血の盟約を交わしたのだぞ。家族も同然だ。故に離れんぞ」



 いや、本当にこの状況は何なんだ。


 それから離れる離れないの論争になり、俺が飯にありつくのはもう少し先になった。……やっぱり喋り始めると押しが強くなってるよな。




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