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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
33/61

反撃の刻。

 



「出し惜しみはするな! 全力で炙れ!」



 ワイバーンの各個撃破をしつつ、盾による防御を怠らない。そんなイグニスの指示に従って冒険者は得物を振るい、炎を出し続けた。


 ヴィーヴルの体力はとんでもない。切り傷も火傷も、出血だって少なくはない。そこらのモンスターなら、これほどの怪我をすれば抵抗なんてできなくなるはずだ。しかしヴィーヴルは、女王たる貫禄を見せ続ける。


 ──正確には、見せ続けていた、だ。



「グゥゥッ……!」



 低い呻き声。人間のように喋るヴィーヴルも、このときばかりは獣のそれを発した。輝く瞳が細められ、頭は徐々に下を向く。人間を切り裂こうと振り回されていた腕はすっかり大人しくなっている。


 それと同時に、辺りを取り巻く環境が一変した。

 吹雪は鳴りを潜め、凍える寒さは緩和されていく。まだまだ寒い方だが、先ほどまでの極寒に比べれば暖かいものだ。なにせ、雪が溶け始めているのだから。



「晴れましたね……!」

「あぁ、さっきまでの吹雪が嘘みたいだ」



 変わらないのはワイバーンの喧しさだけ。こころなしか、女王の急変に戸惑っているようにも見えるけれど。



「いいねぇ」



 イグニスは嬉しそうに呟く。その表情は、楽しさの中にも、どこか険しさがあるように見えた。


 何にせよ、ヴィーヴルの弱体化により吹雪は収まった。これでやっと舞台が整ったわけだ。

 しかしこんなのは準備段階でしかない。本番はまだ、これからなのだから。



「──さぁ、第二フェーズだ」



 俺の出番はここから、と言える。魔力が少ないせいで火炙りでは持続力に難がある俺は、その後の段階がメインとなっていた。



「弓兵部隊に告ぐ! 目標中央、射撃用意!」



 イグニスが銃を天高く掲げ、声を張り上げる。

 同時に、銃口から赤い光が放たれた。攻撃ではなく合図としての銃弾。照明弾というものに近い。



「──()てッ!」



 周囲から風を切る音が聞こえた。どこか背中がそわっとするその音の一拍後、空中には大量の矢が放たれていた。数え切れないほどの矢の全てが、ただ一つの標的を鋭く狙う。



「──グォオオオオッ!」



 鼓膜に響く咆哮。ヴィーヴルは氷の息を吐き出し、辺りに衝撃波を生んだ。空気が揺らいだせいで矢の軌道はずれていき、地面に力なく落ちていく。ヴィーヴルに当たったものはほんの数本で、それらも上手く傷をつけることは出来なかった。


 だが。



「──それだけだと思うか? なァ、女王様よォ」



 承知の上だ、とイグニスは嗤う。わずかに上を見やれば──新たな矢が、宙を舞っていた。

 炎を纏う。雷で形を成す。まるで刃物のように尖り、先ほどの比ではない強度を持つ。そんな矢の数々は、女王を守る肉の盾となったワイバーンと同時に、ヴィーヴルの硬い鱗を穿った。


 ヴィーヴルは苦しげに吼え、肉を焼き傷口を内部から刺激する矢に、わずかに目を見開いた。



「な、に……ッ?」

「案外脆い鱗だな」



 イグニスはそう呟きながら口角を上げ、邪魔だと言わんばかりに落ちたワイバーンに銃弾を放つ。じたばたと足掻くワイバーンに火柱が上がり、一瞬で肉を溶かしていった。


 一度目に放たれた矢はただの見せかけだ。意識を向けさせることができれば良いだけのハリボテ。だから強化魔法も属性付与もされていない。

 本命は二撃目。弓兵部隊は木の上に身を隠し、吹雪が晴れる瞬間を待っていた。合図のあるそのときまで、その一撃に全てを賭け、ずっと待機していた。


 弓兵部隊の彼らは決して弱くない。しかし上位種であるヴィーヴルほどのドラゴンであれば、防がれる可能性は十分あった。音、空気の振動、魔力の気配……矢の軌道を察知する手段はいくらでもあるからだ。


 そのため、少しでも二撃目を悟られないよう、魔術師による隠匿系の魔法も付与されていた。完全に見えなくするのは無理だが、それでもああして気配を悟られずに渾身の一撃を与えることはできた。


 二度も同じ手が通じるとは誰も思っていない。だからこそ、あの一撃を外すわけにはいかなかったのだ。



「大した策はねぇが、最終目標さえどうにかなりゃいいンだ。各々頼むぜ!」



 あまりにも雑な指示だ。イグニスは指揮官を何だと思ってる。



「作戦がないのは事実だが」



 元々はワイバーンの大群を小規模に縮めていくだけのレイドだった。原因究明、及び解決が必要だったとは言え、どれだけの冒険者がヴィーヴルの存在を予見できただろうか。時間制限もあるって言うのに、策を練る方が難しい。


 とは言えヴィーヴルは、ミナーヴァ帝国では古くから伝わる竜種のようで、その伝承を頼りに今回のレイドの作戦は組まれている。

 たかが伝承、されど伝承。かつてはヴィーヴルもそれなりに数が居たようだし、馬鹿にはできないだろう。信用に値すると、学者の太鼓判を押されている。



「まずはその尻尾を斬り落とす!」



 太い尾はヴィーヴルの手足よりも自由に動き回る。かなりの負傷のくせに、長く強硬な尻尾だけは暴れ回り、冒険者を蹴散らす。


 こちらの戦力はわずかだ。それをどんどん減らされていく。随時、ヒーラーによる怪我人の回復は行われているが、次第にそれも追いつかなくなるだろう。

 そうなる前に相手の武器は減らしておくべきだ。



「“アグロス”!」

「“ヒュドル”、“ロック”!」



 エルが地面を変形させ、可能な限り尻尾を固定する。ぐるぐると蛇のように、あるいは植物の蔦のように巻き付くと、血液が止まりそうなほどキツく締め付ける。

 それでも動きを完全に止められるほど、女王はやわでは無い。そこでアーサーの水魔法を凍らせることで、土中の水分と相まってよりいっそう頑丈さを増した。



「“ヴァルム”ッ!」



 一言唱えれば、刀は炎を纏い熱く滾る。大きく振りかぶって狙うのは根元だ。中途半端な長さに斬るくらいなら、ばっさり一思いに斬ってしまう方がいい。


 動かない的へ刀を振り下ろす。硬い鱗を、太い骨を断ち、鮮血を噴き出しながら尾は斬れた。思ったよりもあっさりと、驚くほど美しい断面で。


 その斬れ味は、こちらが拍子抜けするくらいだった。



「なっ……!? マジかよ、ギルバート!」

「俺も驚いてる!」



 尾は力なく地面に落ちた。地響きのような低い音が鳴り、どれほど重いのかがよく分かった。


 追い討ちだ、と言うように弓が飛ぶ。翼を貫き、女王の体力を削ぐ。氷を纏いどこか青々しく輝いていた体躯は、もはや出血で艶やかな魅力などなくなっていた。



「ワイバーンよ! 邪魔な人間を始末しろ!」



 ヴィーヴルが苛立ったように叫ぶ。ワイバーンは倒しても倒しても現れ続けていたが、それでも対応できる程度だった。だから始末と言ってもな、なんて甘い考えが頭をよぎったが、女王に呼応するような鳴き声が何度も響いたところで変化があった。


 はっと見上げれば、空を覆い尽くすほどのワイバーン。恐らく、群れの本隊のほとんどがそのまま飛んできたのだろう。陽の光を遮って、辺りを暗く沈ませる。



「人間など食らってしまえ」



 女王は氷の息を吐き、配下に命を下す。ワイバーンはまた一声吼え、冒険者達に向かって突進してきた。


 急転直下。このまま衝突すれば無事では済まない。もちろん、それはお互いに。



「危ないなっ!」



 慌てて避けても、避けた先にまたワイバーンが落ちてくる。地面に叩きつけられて潰れる個体もあれば、上手く地面スレスレを飛び人間に襲いかかる個体も居る。食われる前に殺し、食われてからも只では済まさない。この場に居る全員が満身創痍だった。


 それでも斬っても斬ってもきりがなく、いつまでも目まぐるしく刀を振った。終わらない。これはまずい。



「悪い。ちっと無理すっから、しばらく銃が使えなくなる。せいぜい撃てて一発だ。だから、アイツの首は任せるぜ」

「は?」



 何がだ、どういうことだ。そんな俺の疑問など答える気はさらさらないらしいイグニスは、盾を地面に突き刺し銃を天に向かって構えた。



「“竜神術・アルトアイゼン六式”──“オーバーロード”」



 大量の煙が出て、異様なほどの熱気が辺りに広がる。彼の持つ銃は軋むような妙な音を立てて大きく震え、イグニスの手から逃れようとしているように見えた。

 その銃を撫で、彼は「我慢してくれよ」と小さく呟き、やがて詠唱を唱え始める。



「“灼熱に溺れろ。その身を焦がせ。骨の融解を経て、獄炎の果てで踊り狂え、ククルカン”」



 頭の中が真っ白になるほどの強烈な爆発音が響く。目の前は閃光で何も見えず、ただ白の中を赤が眩しく走るのだけが分かった。やがてその光は二度目の爆発音と共に上空全体を覆い、息が出来なくなりそうな重圧がのしかかる。


 一体どこから発生したのかと言うほどの暴風が辺りの木を薙ぎ倒して行く音が聞こえる。ずいぶん派手なことをやってくれているようだが、何がどうなってるんだ?



「ゲホッ……ゴホッゴホッ……!」

「ゴホッ……ゲホッ……なんなん、ですかっ……!」



 煙が晴れ、熱も落ち着いてきた。ようやく状況確認が出来る──と周囲を見回せば、あれほど群がっていたワイバーンはほとんどが燃え滓となり、地面に散らばっていた。



「貴様……人間のくせに、化け物か……?」



 ヴィーヴルの震えた声が小さく響く。その問いに、イグニスは「化け物だって? 失礼だな」と笑う。そして軽く振り返って俺達の方を向いた。



「悪いな、いつまでもでしゃばって。安心しろよ、俺の出番はもうここまでだぜ」



 黒い煙を吐き出し続ける銃を肩に乗せ、盾を持ち上げた。平然としているようにも、どこか顔色が悪いようにも見え……いや、多分全くもって正常だろう、イグニスは。


 彼が《牙を剥く要塞》という有名な黎明冒険者だとは聞いていたし、その片鱗を何度か見てはいた。しかし、それでも、これは桁違いすぎる。あまりにも強い。むしろ彼一人でヴィーヴルを始末出来るのではないか? 俺達は必要だったのか……?



「勘違いすンなよ、ギルバート。お前らが居なけりゃ俺だってこんな無茶してねぇ。最後はお前がやるンだぜ」



 会ったばかりの、それほど強いとは言えない俺に対する……妙に厚い信頼は何だろうか。どうしてこれほど信じられて後を託されているのだろうか。


 ……いや、余計なことは考えまい。



「分かった」



 この刀に誓って、必ずヴィーヴルを討ち倒そう。




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