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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
一、賽は投げられた。
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騎士と青年。

 

 ◇



 召喚された青年は、やはり勇者だった。何をもって勇者だというのかは分からない。だが魔力の量は申し分なく、属性は“秩序・善”で、魔法適正が全……つまり、七つある魔法属性のうち、闇属性を除いた六属性が使えるということだ。


 聖属性の魔法は“秩序・善”の人間のみが使えるとされ、反対に“混沌・悪”の人間のみが闇属性を使える。“秩序・善”だから必然的に聖属性の適性があるかと言われるとそうではないから、魔法適性が全属性だというのは珍しい。さすが勇者、といった具合か。


 人物の属性はすなわち性格みたいなもので、何かをきっかけに簡単に変わるものだ。そんなのを調べるのは悪しき慣習だと思うのだが、古くから残っている慣例を無くしたり変えたりするのを嫌がる人間は少なくない。

 そもそも、属性なんか調べてどうするんだ? “秩序・善”だから優遇して、“混沌・悪”だから厳しくしましょうって言うのか? 本当に馬鹿馬鹿しい。



 ……さて。晴れて勇者と認められた彼──ショウマ・アクツ(彼が元居た場所では名字と名前の順が逆で、アクツ・ショウマが正しいそうだ)は、国王直々に話をされたようだった。魔王が復活すること、そのために勇者召喚の儀式をしていたこと、その結果、ショウマ・アクツが現れたこと……。その話をしていた時の様子を俺は知らないが、とにもかくにも彼は勇者として戦ってくれることになった。これが二時間ほど前のこと。



 ──そして現在、ここは王城の大広間。

 王国騎士団から数名、魔術師協会から数名、教会から数名、その他冒険者として活躍している者などそれぞれ実力ある者が選ばれ、勇者の前に立ち並んだ。この中から、勇者自身が共に旅をする者を決めるのだ。

 で、問題は俺が選抜されてしまったこと。隣には俺と同様に半ば強制的に連れて来られたアーサー卿が立っている。つまり俺達は品定めされているような状態なわけで。


 とにかくとても気分が悪かった。この場に立てるだけでも大変な名誉だ。王国騎士を代表しているようなものだから。

 ましてや勇者に同行できるとなれば誉れ高いことなのだろう。しかし俺はどうもそう思えないのだ。それもこれもあの悪夢のせい。ここに居る誰もが共に世界を救いたいと思っているに違いないのに、俺は選ばれないことを心から祈っていた。来たくなかった、早く帰らせてくれ……。


 勇者はパーティ候補をじっと見つめ、やがて俺の前でピタリと止まった。アーサー卿がこちらを見ている。見なくていい。俺だって息が止まりそうなんだ。だから横目でも分かるくらい思い切りこちらを見る必要はない。



「俺、この人がいいです」

「は?」



 つい素っ頓狂な声をあげてしまう。俺より少し背が低い勇者は、軽くこちらを見上げて笑っていた。俺は慌てて言葉を取り繕った。



「いえ、有難いお言葉。ですが、私よりも適任が居るのではないかと思います」

「何でですか? 貴方が一番強そうなのに」

「買い被りというものです」



 思わず眉間にシワを寄せた。俺は目付きは悪いし愛想もないから、彼のような明るそうなタイプには選ばれることはないと思っていたのに。逃げられない、だろうか。



「分かった! じゃあ、俺と勝負しませんか?」

「勝負、ですか。そのようなこと、許可がおりようはずも……」

「──良い」



 俺達の会話に入り込んだのは、オルディネ王国第一王子、カイン・ラディアント・オルディネ。その姿を目にした途端、その場にいた者は全員片膝をついて頭を垂れた。勇者以外は。


 カイン王子殿下は煌びやかな服に身を包み、パラディン──聖騎士とも言うが、王族専属の護衛騎士を連れていた。ゆっくりと歩いているのが、二人分の足音とパラディンの装備が擦れる金属音で分かる。段々と近付いてくる彼の存在に、少し緊張する。

 殿下は決して悪い方ではないが、情緒が不安定なのだ。本来は聡明で冷静な方なのに、いつからそんな風になったのか、何かあったら首が飛ぶ。驚くほど簡単に。



「この者と勇者の一騎打ちを認める。闘技場は確か空いているな。そこを使うと良い。審判はパラディンに任せよう。貴公らは騎士にも勇者にも肩入れしないだろう」

「殿下、よろしいので?」



 とんとん拍子に話を進める殿下に、側近のパラディンが問いかけた。彼は唸るように悩んだ様子で、しかしすぐ「まぁ、この程度は些事だ。気にすることはない」と言う。それから少し笑って、



「それに、この方が面白いだろう?」



 ◇



 王城の敷地内にある、パラディンが主に使う闘技場。どこから話を聞いたのか、観客席には騎士や冒険者が所狭しと集まっていて、がやがやと騒いでいた。ほとんどが勇者を見たい野次馬だったが。


 そんな中で勇者は訓練用の木刀を持ち、何度か素振りをする。対して俺は何も持たないまま、肩慣らし程度に体を動かして、腕組みをした。


 ──俺は剣に慣れている。剣が無くとも多少は戦う術もある。だが勇者は今日この世界に来たばかりの青年だ。力の差は歴然と言えよう。そのハンデとして俺は武器を持たずに戦うことを命じられた。誰でもない、カイン王子殿下に。……ハンデをつけた一騎打ちに何の意味があるんだ?



「ギルバート卿、くれぐれも勇者殿の矜恃を傷付けぬよう……」

「無論、心得ています」



 そっと耳打ちをした同僚は、俺のピリピリした空気を感じ取ったのか、足早に立ち去った。

 悪いとは、思う。八つ当たりなのも分かっているんだが。

 しかし、どうしろと言うのだ。もしも勝ったら、これから魔王を倒そうという者の意志を折りかねない。負けたら俺は彼についていかねばならない上に、騎士のプライドに傷が付く。だって素人に負けた騎士になってしまうんだぞ?



「両者、準備はよろしいですか」

「はい」

「俺も大丈夫です!」



 パラディンの声掛けと、続く俺と勇者の返事に、観客席も静かになっていった。……ひとまずやるしかない。



「用意、始めッ!」



 響いた合図。同時に走り出す彼は、なるほど、確かに勇者らしい。青年は幼くも見えるのに、その表情には気迫にも取れる片鱗が見えた。だが遅い。



「はぁっ!」



 振り下ろされた木刀を避け、解決法に思いを巡らせた。その間も彼は絶え間なく木刀を振り回して、俺はずっとかわし続ける。

 この戦いは何も命を賭けた決闘ではない。だからどちらかが降参してしまえば終わること。体力の尽きた彼が笑いながら降参してくれれば平和的解決かもな、なんて思ったりもするのだが、どうだろうか。


 ややしばらく経って勇者は、使い慣れないのであろう木刀に既に汗をかいていた。俺が避ける度に追いかけては木刀を振る。疲れているのであろうことは何となく伺えた。



「降参して、いただけませんか」

「負けないっ! 俺は、勇者だっ!」



 苛立ったように言う彼は、きっと躍起になっているのだろう。俺には分からないが勇者だと言われた自負か何かがあるのかもしれない。


 歴代の勇者は強い。勇者とはそうあるべきだが、あくまで鍛錬と実戦を重ねた末にそうなっただけだ。まともに戦ったことがないであろうショウマ・アクツに、同じような強さはない。



「くそっ……くそっ!」



 ショウマ・アクツはどんどん疲弊していった。ハンデがあったところで彼から木刀を奪うのも押さえつけるのも容易いだろう。ましてや、この状態から引き分けに持ち込むなんて器用なことはできない。俺は諦めて勇者の方へ手の平を向けた。



「──“ヴァルム”」



 たった一言の詠唱。それと共に右手から炎が湧き、彼に襲い掛かる。勇者は突然のことに驚いたように固まったが、すぐに「うわああぁっ!?」と声をあげた。木刀を投げ捨て、炎を振り払うように暴れる。


 ヴァルムは火属性の魔法だ。俺の魔法適性は火属性のみ。使えるのはヴァルムやその応用系だけだし、魔法よりは剣の方が得意だ。しかしずっと火属性と付き合ってきた分、これらの魔法は精錬されていると思う。火傷で済めばいい方だ。



「い、今のは、魔法……?」

「剣が使えなければ魔法しかないでしょう」



 まるで初めて見た、というような顔だった。俺なんかが魔法を使えるわけないと思われていたのか。それとも魔法のない世界で暮らしていたのか。どちらにせよ、面白くない。



「さっさと終わらせましょうか」



 今度は尻餅をついたままの勇者に俺から近付いていく。更に魔法を放つために。もう少し強い方がいいだろうか。今のヴァルムではあまり効果はなかったようだし。俺の魔法は大した威力はないが、食らった彼が降参してくれることを祈るしかない。


 彼を見下ろすように立った。木刀もなく俺を見上げる彼は本当に、ただの青年だ。力なく、自分が何を為せるわけでもなく、打ちひしがれている顔で座り込んで……なんだか情けなくも思えてしまうほどだった。



「もっと、手加減してくれても、いいだろ……!」

「一騎打ちを申し出た者に相応しい言葉ではありませんね。それに、私に慈悲の心はないのです。──“ヴェルヴァルム”」

「う、あ……あああぁっ!!」



 全身が炎に包まれ、彼は絞り出すように苦悶の声をあげ、のたうち回った。それを見た観客席はざわざわしている。騎士や冒険者はこれくらいのことに慣れていても、ショウマ・アクツには厳しいだろ、と言いたげな様子。確かに苛立ちのせいで少しばかり強めの炎を出してしまったなとは思うが、やったことは戻らない。……平和的解決? さぁ、何のことだか。


 勇者の元に審判のパラディンが駆け寄った。裏で待機していたヒーラーもやってくるのが見える。勇者を包んでいた炎はパラディンによって消されていた。火傷はヒーラーに癒してもらえるはずだ。

 さて、勝負はついたな。判定はされていないがこの状況じゃ俺に非難が集まりそうだから、さっさと逃げるか。この際だ、棄権扱いされてもいい。


 一礼をして闘技場を出て、騎士の宿舎に戻ることにした。大したことはしていないのに何だか疲れたな。

 この先、俺はどうなるんだろうか。勇者と一騎打ちなんかして……。



「ギルバート卿!」

「はい?」



 後ろから名前を呼ばれ振り返ると、観客席に見えた騎士達がたくさん居た。面白がっている笑顔だったり、やけに不安げな顔だったり、様々な表情が窺える。



「いいのかよ、あんなことして! 後で誰に何を言われるか分かんねぇぞ!」

「そうですよ! 最近のカイン王子は、理不尽に処刑することなんていくらでもありますし……」

「なんだか、王子は勇者殿のことを気に入っているみたいだもんなぁ」

「もしも首斬られたらどうするんですか!?」



 俺が口を挟む暇もなく、王子の横暴さを恐れる者からの声が大きく重ねられた。どうもこうも、正直、首を斬られることになったらそれまでとしか……俺だって心の中じゃ戦々恐々としているんだ。まぁ、強いていえば。



「──まぁ、勇者もこれで痛い目見たわけだし、しっかり魔王討伐に勤しんでくれるだろ」





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