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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
29/61

柘榴石の眼を持つ竜。

 


 イグニスと、攻撃の手順は昨日と同じでいいか、と適当に打ち合わせをした。いかなるときも慎重であれと学んだはずだったが、どうにもそうしている気がしない。


 こう簡単に物事を進めていてはそう遠くない頃に死にそうな気がするのだが、素早さが売りの俺としてはこれくらい思い切ってるのが性に合う。


 ずっと張ってくれていた“タラスク”の防壁が消えたのを合図に、俺達はそれぞれ武器を奮った。



「“鎌鼬”!」

「“喰い尽くせ、ジャバウォック”!」



 技を放つ。斬撃と爆発は吹雪を裂いた。あれほど激しかった強風も嘘のようになくなった。その間、晴れた空が垣間見えたものの、すぐに荒れ狂う雪によって塞がれてしまう。


 ぐらりと地面が揺れた。唸り声と共に紅いまたたきが辺りに広がる。幾分かマシになった吹雪に耐え、影の方を見ると──



「──ドラゴン?」

「面倒くせぇ奴が居るなぁ」



 イグニスは、忌々しげに呟く。


 影は、見た目はワイバーンとよく似ていた。姿形はほとんど同じだが、ワイバーンの二倍か三倍ほどの体躯を持ち、筋肉質な腕が生えている。鱗は透き通るように美しく、まるで水晶を纏っているようだった。


 取り巻きのドラゴンも俺達をようやく認識したようで、喧しい声を発しながらバサバサと飛び回る。よく見れば取り巻きも似たような鱗をしている。群れのドラゴンとは違う。



 ゆっくりと瞬きした巨大なドラゴンは、片目はわずかに輝く赤銅(しゃくどう)色だ。綺麗に見えると言えばそう見える。


 だが、もう片方の目は何だ? 真っ赤に煌めき、恐ろしいほどその存在を主張する、目。



 いや、あれは目なのか? 当然のように眼窩に馴染んでいるが、目玉には見えない。モンスターと人間は異なった瞳をしていることを踏まえても、あれを目玉と言うのは無理があるだろう。ルビーのような煌めきを放つ、無機質なそれに生命力などないように見え……



「──人間が何の用だ」



 ……口を、開いた?



「うそ、しゃべっ……」

「──シリウス!」


「アォォオォンッ!」



 響く遠吠え。その影響で、取り巻きのドラゴンは威嚇をやめた。こちらを見向きもせず、何事もないかのように悠々と飛んでいる。


 しかし、当然だが──ルビーの目を持つドラゴンには意味が無かったようだ。

 その紅玉眼の竜はテリトリーに入り込んだ俺達へ敵意を露わにし、翼を広げて大きく牙を剥く。



「走れ!」



 言い放った一声で駆け出す。



「──────!」



 刹那、ドラゴンは首を揺らしながら咆哮した。同時にイグニスの竜神術によって“盾”が張られる。無意識の防衛本能によって展開されたのだろう、詠唱はなかった。

 猛々しい咆哮は大気が割れるように轟き、盾を砕いて、俺達の耳から脳まで掻き混ぜる。



「ぐぅっ……!」

「ぁああ……ッ!」



 頭の中が揺れる。今自分がきちんと走れているのか、向かっている方向は正しいのか。全身を蝕む吹雪の冷たさすら認識できない。


 感覚は……そうだ、シリウスとの初対面に似ている。崖の上でシリウスに遠吠えをされたときの、意識にもやがかかるような感覚。


 そのまともではない俺達に、ワイバーン達が襲いかかる()()()()()。……させるわけ、ないだろう。



「“百花繚乱”ッ……!」



 意識が掻き混ぜられても刀は抜ける。これはもはや在って無いようなもの。瞬きや呼吸に対し一々意識を向けたりはしないのと同じことだ。



「”狂骨(キョウコツ)“ッ!」



 舞うように体を回転させ、その勢いのまま刀を振る。一つの大きな斬撃は、いくつも交差する斬撃を引き連れワイバーンを両断した。背骨と肋骨をなぞるように、バラバラにした。



「──気をしっかり保て! 殺される前に殺すんだッ!」

「っ……分かってる!」



 みんな、多少は戻ってきただろうか。俺もそれなりには落ち着いてきた。ならば戦うしかない。こんな小型種のドラゴン如きに(おく)れを取るわけにはいかないのだから。



「アーサー! 剣を抜け!」

「御意!」



 障害物がひしめく状況じゃ大剣は使いづらい。当然だ。標的に当たる前に障害物によって軌道を遮られるんだから。狭苦しい場所で大剣を使うなんて言語道断……とまでは言わないが、あえて推奨することはない。


 逆に考えれば、木の群生程度なら刃が阻まれることもなくワイバーンを斬ってしまえる。木を遠慮なくなぎ倒すことになるから、まぁ環境破壊だと言われれば反論はできない。後ほど木材として有効活用していただくとしよう。


 それを無視すれば、得物はデカいから適当でも振り回せば当たるし、アーサーの魔力感知能力があれば命中率の心配もいらない。予備動作が若干大きいから、モンスターと言えど勘のいい奴は避けられるのは難点か。



「エルも魔法でおびき寄せてくれ! あーッ……俺の言いたいこと分かるか!?」

「大丈夫です!」



 彼女はすぐさま魔法で土壁を出現させ、ワイバーンの通る道を限定した。ワイバーンは壁や木を避けて進んでいく。ある程度決まった方向から来ると分かれば、あとはタイミングを合わせて斬り伏せるだけだ。


 言葉の足りない説明でこれほど理解してくれるとは。まさか俺の心が読めるのか?



「いい調子だ、このまま突っ切るぞ!」

「はい!」



 エルシェーベトの誘導はとても優れていた。俺達の視界に入る場所へ出現させ、的確に仕留められるよう計算されているように思う。あまりにも狩りやすすぎるくらいには、優秀だった。


 しかし俺達が移動し続けてる限り、誘導にズレが生じることはある。仕方の無いことだ。実際、予期せぬところから現れ、こちらに突進してくる奴が居た。



「まずいっ……」



 刀を振るのも間に合わない。咄嗟に、防御の姿勢をとった。腕の肉くらい、いくらでも食わせてやる。

 そこへ素早く躍り出たのが、シリウスだった。



「ウォォォンッ!」



 遠吠えを耳にしたワイバーンは口を閉じ、無防備に旋回した。シリウスはその首に噛みつく。恐らく痛みによって遠吠えの洗脳は解かれるが、その時点ではもう正気に戻ったって意味は無い。シリウスの牙は、首の肉を強引に引きちぎった。



「さすがだ、シリウス」

「アォン」



 背後から襲いかかる吹雪は、紅玉を持つドラゴンの怒りを示すように強い。そのせいで雪の積もっている範囲が広がっている。来たときはこの辺りまでは雪なんてなかったはずだ。

 ワイバーンも雪があるとずいぶん元気らしい。いつまでもついてきやがって、面倒だ。


 ワイバーン達にとってこの吹雪は追い風も同然。どこから湧いたのか、斬っても斬っても襲ってくる。特に真後ろからは厄介だ。一番活きがいい。多少の怪我では倒れない。だからこそ。



「ガードも頼むぞ、黎明の《要塞》!」

「分かってらァッ!」



 銃を放ち、盾を振りかざす。取り巻き程度の実力ではイグニスに勝てないらしい。さすが、と言える。


 そうなると、無詠唱とは言え、その《要塞》の盾を粉々にしたあのドラゴンはどれほど強いのだろうか。



 詠唱のない術式は、個人によって多少の差はあれど威力が落ちてしまう。詠唱とは言霊であり、一つ一つにそれなりの意味があって定められているのだ。

 術式が体に染み付いていたとして、短縮するだけなら問題なくても、全て省略してしまってはその効果は期待できない。


 無詠唱で完璧に術式を使えるようになるには、寿命の限界を越えて幾星霜を経たくらいでないと難しいそうだ。要するに実現不可能──どこかの偉い学者がそう言っていた。……学者ってのはどうして経験したこともないことが分かるんだろうな。



「もうすぐ雪がなくなる! ドラゴンも減ってきた、もう少しだ!」



 寒さが薄れ、吹雪の強さも弱まってきた。ワイバーン共の元気もなくなっている。冷気がなければ弱いものだ。


 残りの一体を斬り伏せ、背後を振り返る。もう追って来てはいない。極寒から逃れ、やっと一息ついた。



「はあっ……ひぃっ……し、死ぬかと思った……!」

「確かに、な……はぁっ……」

「思ったより、無茶でしたねっ……」



 エルシェーベトは汚れるのも気にする様子はなく、地面に力なく伏せていた。かなりの距離をずっと走り続けたんだから当然だ。


 かく言う俺も、足の力が抜けそうだ。鍛錬はそれなりに積んでいるし、体力には自信があるんだが……もっと鍛えた方がいいだろうか。



「はぁっ……あのドラゴン、かなり手強そうだな……」

「はい……ワイバーンの異変に関係しているのは確実でしょうね……」

「俺達、大手柄じゃねぇかっ? はぁっ……追加報酬とかねぇかなぁ……」



 そう上手くはいかないだろ、と苦笑いをして、はたと気付く。



 ──あのドラゴンは喋っていたな。ほんの少しだが、女性のような声ではっきりと。


 モンスターは、よほど知能の高い上位種でなければ言葉など話せない。上位種は言葉を話せる以外に戦闘能力が高く、統率力、カリスマ性と言った性質も兼ね備えている。そして何より数が少ない。稀少かつ脅威的な存在だ。だからこそ、上位種足りえる。

 つまりは……人間如きが束になってかかっても、そう簡単に渡り合えるものではないのだ。



「さっさと拠点に戻るぞ。調査隊と情報共有して対策練らねぇとな……」

「あいつは、一体なんなんだ?」



 イグニスは鎧についた氷を払い落とし、銃をしまい込んだ。



「──ヴィーヴル」



 ヴィーヴル、と口の中で繰り返した。聞いた覚えのない名前。ドラゴンの一種だとは分かるけれど、他に知り得る情報はない。

 こういうとき自分の無知さを恥じるものだ。しかしまぁ、竜に関してはイグニスに勝てることもないだろう。


 イグニスは「歩きながら話そう」と言い、歩みを進めながら言葉を繋いだ。



「ヴィーヴルは眼球が宝石なンだ。見ただろ、あの紅い宝石、ガーネットを」

「ルビーかと思いました……」



 エルシェーベトが恥ずかしそうに呟く。俺もだ、と頷いた。


 宝石なんて興味もなければ縁もないから、ダイヤモンドだとかエメラルドだとか、そういう有名なものしか知らない。紅い宝石は全てルビーに見えるし、仮に蒼い宝石なら大体サファイアに見える。違いなど分かるはずがない。


 アメジストだとかアレキ何とかだとか……それに加えてピンクサファイアなんて言われたらもう頭がパンクする。



「俺だってルビーとガーネットの違いは分かンねぇよ! どっちも似たようなモンだろ? だがヴィーヴルの目はガーネットなンだと。宝石の種類なンかどうでもいいのに、散々叩き込まれた」



 何か昔のことを思い出したようで、長い溜め息と共に首を振った。



「面倒くさい、っていうのは? ヴィーヴルに何かあるのか?」

「あぁ……あくまでも伝承だが、ヴィーヴルは雌しか居ない。リヴァイアサンと同じで、繁殖しないように雄は殺されたンだ。逆に言えば、雌だけなら繁殖できないから放っておいてもいい、ってことだろ。だからあいつは知性を身につけて、喋りやがった」

「つまりあのヴィーヴルは、かなりの年月を生きている上位種だと?」

「アーサーの言う通り。ただの予想だけどな」



 それが本当ならどれくらい生きているのだろう。人間の言葉を喋るくらいだから、相当の力を溜め込んでいるのは確かだ。


 そのヴィーヴルってやつが上位種なのは間違いないし、仮に何百年と生きながらえていたとすれば……それこそ人間には太刀打ちできないだろう。《白日》だとか《常闇》だとか《黎明》だとか、そんなギルドのランク分けが意味を成さないくらいには。


 イグニスは少し険しい顔で話を続けた。



「ヴィーヴルはワイバーンの上位互換だ。ドラゴンの中での種族的には同系統だが、その二種類の間には圧倒的な実力差がある。まぁ、そこらの村人と軍人とじゃ力量が違うのと似たようなもんだな。……いや、ちと違うか? ヴィーヴルとワイバーンの実力差は努力して埋められるもんじゃねぇからな」



 確かに、ヴィーヴルは見るからに強そうだった。少し羽を切り裂けば弱体化するワイバーンとは明らかに違う。いかにもボスモンスター、というような風格だった。



「それで何が面倒かって言うと──ヴィーヴルはワイバーンを支配下に置いて、命令を下すことができるンだよ」

「支配下……」



 だから辺りにワイバーンが飛んでたのか。



「ヴィーヴルが支配できるのは、あくまでもワイバーンだけ。だがワイバーンに対する支配力は馬鹿にできねぇ。奴らは理屈や魔法じゃなく本能的に従うんだ、()()()にな」



 シリウスの洗脳も支配と言って間違いはないが、ヴィーヴルの支配はベクトルが違うということか。


 シリウスはあらゆる生物に効果がある。程度には差があり、何かの衝撃で洗脳が解けることもある。言うなれば広く浅い効果範囲だ。


 対してヴィーヴルは、ワイバーンにだけ効果がある。恐らくヴィーヴル自身が支配しようと意識するものではなく、ワイバーンも従おうと意識するのではない。お互いにそれが当然であると刻み込まれたもの……と解釈していいのではないか。


 だからワイバーンはヴィーヴルの支配から逃れようとしない。例外はあるかもしれないが、女王に付き従う。



「待て、ワイバーンを支配ということは……」



 先日から相手している、あの大群。何千という気が遠くなる数のワイバーンも、今ではだいぶ減ってはきた。俺達がこうしている間にも他の冒険者は狩り続けているはず。それでもまだまだ通常よりは多いだろう。とても一日や二日で片付けられる規模じゃない。


 もしやとは思うが──



「──群れのドラゴンも全部、支配下にあるだろうな。氷を吐くのもその影響だ。ヴィーヴルは水属性の氷特化型みてぇだからな」



 そんなの、面倒なんてもんじゃない!


 ワイバーン自体は弱くとも、ヴィーヴルの影響で性質が変化してる。ましてや命令に従い動くのならば、仮にヴィーヴルを討伐するとなったら厄介だ。


 あの数を残らず始末するのは難しい。ヴィーヴル討伐と同時進行でワイバーン狩りに向き合うことになるだろう。

 しかし、女王の危機に対し下僕が盾とならないわけがない。護衛なんて真っ当なものではなく、言葉通り肉の壁となって女王を守るだろう。そういう命令を下されたら、もはや守らざるを得ないとも言える。そんなのこちらの負けが決まった消耗戦だ。



 今回のレイドの目的は、ドラゴンの群れが近隣の村を襲わないよう、数を減らすこと。あくまでも身の安全の確保であり、ドラゴンを殺すこと自体ではない。


 だからヴィーヴルの生死に限らず、結果的に群れの規模が小さくなっているなら終わり良ければ何とやらってやつだ。


 とは言え、お偉いさんがどう判断するかは分からないが、あのヴィーヴルは間違いなく討伐対象になる。



「さっきのヴィーヴルのでけぇ声──ありゃあ俺達を()()()()()()しようとするモンだった」

「本来ならワイバーンに対してのみ発揮される支配力が、他種族である我々にも効果を成している、ということですよね」



 アーサーの言葉に、イグニスは深く頷いた。



「それもこれもヴィーヴルが長く生き過ぎてるせいだ。あんなモンほっといたらいつかやべぇことが起きるぞ──」





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