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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
27/61

魔女の血。

 


 ◇



「よぉしッ! 今日もやるか!」

「おう」



 レイド二日目。一晩休んでそれなりに英気を養った。食事も終えたし、今日もまたドラゴン狩りだ。


 俺達は、またドラゴンの群れの本隊で暴れることにした。結局それが一番効率がいいから。

 昨日の戦闘ではどれくらい減ったのだろうか? まだまだ時間はかかるだろうな。



「シリウスちゃんがこんなに大きいなんて、本当に驚きです」



 エルシェーベトはシリウスの足を撫でた。背が小さいから首には手が届かないようだ。



「デカけりゃデカいほど威厳があっていいじゃねぇか」

「だとしても、少々大きすぎると思いますが……」

「ガルゥ?」



 鋭い瞳を丸く開き首をかしげたシリウスは、おそらく他の冒険者に避けられていることを知らない。


 失踪事件は新聞に載っていて、白銀の狼も有名だ。シリウスが件の狼に違いないと思う人間は多いはず。……事実だしな。

 それに、事件は結局解決していない。村人はどこに消えたのか、犯人は誰なのか、世間は何も分かっていない。アネモネ達はどこへ消えたのかも不明だし、仮にアイツらを捕まえたところで犯人だという証拠はないからな。刑に処すことができるかどうか。


 ……もしかして俺達が犯人だと思われているんじゃないか? 他の冒険者が寄ってこないのは、有名人のイグニスやデカすぎる狼のシリウスが居るせいだと思っていたが、俺やアーサーが失踪事件に関わっているのだと思われているなら……そうか、どうりで避けられるわけだ。


 要らん誤解を生んでいる可能性があるな。どちらにせよ、妙にトラブルを生んでいるから変わらないか。


 それにしても……。



「シリウスちゃん、かっこいいよ」

「アォオンッ!」



 このデカい図体の奴に『ちゃん』はないよな……。本人達がいいならいいんだが。



「現地ではそれぞれ好きに殺るってことでいいか? ひたすら銃をぶっ放すのが楽なンだよ」

「あぁ。俺も考えるのは苦手なんだ。暴れるくらいがちょうどいい。昨日の手も通じないだろうしな」



 ドラゴンの鳴き声は近い。物陰から様子を窺うと、群れの本隊はすぐそこに居た。昨日よりもざわめいている気がする。



「昨日から狩りまくってるからな。アイツらも気が気じゃないンだろ」

「気を引き締めていかないと、ですね!」



 やる気満々のエルシェーベトに頷き、刀を抜いた。気付かれていないうちに仕留めたい。

 同様に銃を構えるイグニス、大剣に手をかけ魔法を備えるアーサー。エルシェーベトはフードを直し、その実力を遺憾無く発揮する姿勢だ。


 誰から行く? なんて呑気に顔を見合わせた。



 俺が暴れンのもな……お前が行くか?

 いえ、私は結構です。貴方はいかがです?

 わ、私が先陣を切るのは無理です!



 そんな譲り合いの末、三人の視線は俺に向く。シリウスが隣で首を傾げた。

 なるほど、誰も行かないのか。ここで遠慮することもないのにな。



「じゃあ、ありがたく」



 何度か頷き、改めて構えを取った。



「──“明鏡止水・送り提灯”」



 刀に無数の小さな火が灯る。ふわふわと揺れる火は何だか可愛らしい。刀をそっと振ると、火は刀から離れドラゴン達の隙間へ飛んでいった。ゆっくりと、穏やかに。


 夜ならばたぶん、美しい光景だ。灯火が蛍のように淡い光を放ち、それが視界いっぱいに広がる。海の上で“送り提灯”が浮かべば一層幻想的な壮観となるはずだ。

 ……砂が舞って、ドラゴンがバタバタと忙しなく動いていなければ、なお良い。



「綺麗……!」



 エルシェーベトが、思わずと言った様子で呟いた。こちらも誇らしく笑いを返したが、美しいだとか綺麗だとか、そんなことを言うのは不思議な話だ。



「──、皮肉なもんだよな」



 鞘に刀を納めた。刀が完全に元の場所へ鎮まると、灯火は様相を変える。

 小さく丸かった形は鋭く尖る。爆発の連鎖が起こるように、次々と灯火はなくなり──その一つ一つが、ドラゴンを殺す数多の斬撃となった。


 火の粉を散らす。竜の血を散らす。

 焼け焦げた傷と共に、竜は地に落ちる。


 ──ここは、戦場だ。



「あれは生命を奪う。綺麗だなんて似合わない」



 多いと言うほどではないが、地面はドラゴンの死骸で埋めつくされた。翼、首、胴、足。あらゆる部位を切り刻まれ、これでは生きてはいられないだろう。


 そのための剣技だ。



「それでも、やっぱり綺麗です」

「そう、か」



 ありがとうと返せば、彼女は笑顔で頷いた。



「よぉし、俺もやるかッ!」



 イグニスのやる気に満ちた一声で、それぞれ得物を振るい、ドラゴン退治に乗り出した。



 心做しか、昨日よりもドラゴンが手強くなった気がする。よく冷気を吐き、辺りを凍らせていく。そのままにしておくと滑って転びそうになるから、頃合いを見て火魔法で溶かしていかなければならない。


 昨日はこうではなかった。少し戦いづらい。


 氷を吐くはずのないワイバーンの、有り得ない能力が高まっている。果たしてこれをワイバーンだと言っていいのか? 大量発生したことと言い、早いとこ原因を見つけないとヤバいぞ。『数を減らしてから』なんて悠長なことを言っていたらすぐに真冬の寒さに変わるんじゃないのか。



「イライラさせンなよッ!」



 小気味よい破裂音と共に、魔力の弾丸が放たれた。それはドラゴンの頭や心臓を貫く。百発百中、確実に。



「ちょっと失礼しますねっ!」



 エルシェーベトのそんな声が聞こえたかと思えば、突如地面が揺れ始めた。命があるかのように蠢き、とても立っていられない。慌てて安全な所へ退避した。



「“アグロス”!」



 隆起した地面は鋭くなり、上空に逃げるドラゴンを容赦なく貫いた。いくつもの槍が放たれ、逃がしはしないと牙を剥く。いや、牙を剥くのはイグニスだったな。エルシェーベトは──



「飛んで逃げるなんて卑怯だわ」



 緩やかに嗤う。


 意外だ。どちらかと言うとおどおどして、虫も殺せないような顔をしているっていうのに。



「魔女みてぇな顔しやがる」

「おい、無神経だぞ」



 ドラゴンを斬り伏せ、イグニスを睨む。


 冗談でも魔女だなんて言うもんじゃない。古くから魔女は忌み嫌われるものだ。魔術師とはまた違う、闇の魔法に長けた者。人間、エルフ、獣人……種族は問わないが、魔女と呼ばれる者は存在する。


 呪いや毒の魔法を使う者は、別に魔女に限った話じゃない。その類の魔法を使っただけで罰せられることもない。

 だが魔女は存在しているだけで迫害される。生きることが罪、とでも言うかのように。魔女狩りが盛んだったのは何百年も前だと言うが、今でも差別はなくならない。



「無神経っつったって、目も髪も魔女の()()じゃねぇか」



 紫に輝く瞳、桃色の髪の毛。これは、魔女の遺伝子を継ぐことを示す大きな特徴だった。



「だから隠してるんだろう」



 “魔女”と一言で表しても、その血が流れる者は少なくない。だから当然、目と髪の色は紫と桃に限らない。ごく普通の黒髪、ごく普通の茶色の瞳。そんなありふれた色を持つ魔女の末裔だって居るはずだ。


 ただ、紫の瞳と桃色の髪は特別有名な魔女のもの。


 その魔女は魔王に与する者だった。闇の魔法を使わせれば右に出るものはおらず、その実力は目を見張るものがある。魔王の配下でありながら、魔女の長でもあったのだ。強者が多く居る魔王軍の中で地位を確固たるものとしていたという。こういうのを聞くと、魔王軍は男尊女卑が少ないのだな、と呑気なことを考えてしまう。


 そんな魔女は、経緯はどうあれ勇者を手にかけた。魔王を打ち倒した勇者を殺した。

 ……人々にとっては、魔王よりも恐ろしい。


 今、魔王は居るのかどうかも怪しい存在だ。勇者が召喚されたものの、魔王復活の兆しはいまだにない。ほとんどの人間は魔王の噂なんて忘れているだろう。


 それに対し魔女は確かに存在している。

 ひょっとしたら勇者を殺した恐ろしい魔女は居ないかもしれない。だが、そうだとしても他の魔女のあらゆる逸話が存在する。


 世界を支配するのは魔王ではなく魔女かもしれない。勇者すら蹴落として、全てを闇で包むかもしれない。迫害された過去を理由に結託して。

 そう考えると、居るかも分からない魔王より魔女を恐れるのは道理だ。



 勇者を殺した魔女は色々な名前で呼ばれているが、一番有名なのは──《博愛の魔女》。全てを愛し、愛故に、平等に死を与える。何故愛しているのにわざわざ殺すのかって? 確か……愛したものの最期をその目で見届けたいから、だったかな。それとも愛したものを誰にも盗られたくないから?



「……可哀想だ。エルシェーベトに罪はないのに」



 ともかく、はた迷惑な魔女と同じ容姿を持つなら、エルシェーベトがフードを外さないのも当然だ。

 その目とその髪を持つ彼女がどれほど大変な思いをしてきたのかは……想像に難くない。



「どうでしょうか。血には抗えないものですよ」

「……アーサーは人を疑いすぎじゃないか?」

「そういうギルバートさんは信じすぎだと思います」



 そんなことな……いや、あるか……。シリウスがいい例だ。だけど仕方ないと思わないか? 見捨てるわけにもいかなかったんだ。

 頭ごなしに否定して、否定し続けて、失ったこともある。一度は受け入れるべきだ。裏切られたら刀を振るえばいいんだから。



「まー、《博愛の魔女》の容姿が本当に()()なのか怪しいけどな」



 アーサーの冷ややかな視線を無視していたら、イグニスがエルシェーベトの方を見ながら呟いた。俺は首を傾げ、アーサーが俺の気持ちを代弁するかのように「何故ですか?」と問いかけた。



「《博愛の魔女》が居たのは何年前だと思う?」

「三代目勇者の時代だから……ざっと千年前か」

「あぁ、そうだ。千年もありゃ、尾ひれがついて大袈裟な伝承になるには十分すぎるだろ? 肖像画が残ってるわけでもねぇンだ、事実と違ってもおかしくはねぇよ」



 確かに、そう言われるとそんな風に思えてくる。我ながら単純だ。

 とは言え、尾ひれがついていようといなかろうと、今現在まで伝わっている《博愛の魔女》の姿はエルシェーベトと重なるものがある。本当はどんな姿だったのかなんて確認のしようがないし、ここで話すだけ無駄なことだ。



「みなさん何してるんです!? 私ばっかり戦ってるじゃないですかぁ!」

「悪ぃ、嬢ちゃん!」

「今やるから怒るな」



 地団駄を踏むエルシェーベト。子供っぽいな、と思いながら、近くに居たドラゴンに斬りかかった。


 彼女の容姿についてとやかく言うことはない。今回限りの関係かもしれないし、これからも関わりが続くかもしれないが、首を突っ込むことじゃないし他人の事情なんてどうでもいい。

 ましてや大して仲良くもないのに他人の過去にずけずけ踏み込むなんて有り得ない。



「何を話してたんですか?」

「別に大したことじゃない」



 こそこそと近付いてきたエルシェーベトに、小さく返す。返答は気に入らなかったようだが、何かに気付いたようにはっとした。



「男同士の秘密ですね!?」

「え……あ……まぁ、そういうことだな」

「やっぱり!」



 ……勘違いしてるみたいだが……いいか。何故か楽しそうだし。



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