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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
三、地の利は人の和に如かず。
22/61

イグニス・カルロ・アルマート。

 




「──ここはですね、パスタがとっても美味しいんです!」



 エルシェーベト、と名乗った少女は、メニューをパラパラとめくり、ウキウキした様子で言った。パスタが美味いなら、何かパスタを頼むことにしよう。



「じゃあ、カルボナーラと……サンドイッチにしよう」



 案内された店は若い女性が多く、アーサーはともかく俺が来るような場所ではない。心做しか、他の客の視線は好奇の目であるように感じられる。気にしすぎだろうか。


 エルシェーベトはこの街に来てから、この店に通いつめているそうだ。宿から遠くないし、彼女の大好きなナポリタンが最高に美味しいとかで、すっかりハマったらしい。ナポリタンはオルディネ王国ではほとんど見かけない料理だから気になるが、やはりここはカルボナーラでいこう。



「またサンドイッチですか? 本当に好きですね。私はミートソースにします」

「……トマト嫌いなのにか?」

「はい」



 まぁミートソースは生のトマトとは違うし、大丈夫なのか。ケチャップも平気みたいだしな。



 運ばれてきた料理は見るからに美味しそうで腹が鳴った。多分誰にも気付かれてないだろう。

 俺はカルボナーラの真ん中に鎮座している卵を割り、麺に絡めて一口食べた。濃厚なチーズの味が口いっぱいに広がる。……本当に美味い。



「エルシェーベトは、フードを被ったままで邪魔じゃないのか」

「はい。私は、その……大丈夫です!」



 フードを更に深く被り、エルシェーベトはぎこちなく笑った。顔……というよりは姿を見られたくないのだろう。あまり突っ込まない方がいいか。



「サンドイッチ食うか?」

「え、いいんですか? ギルバート様の大切なサンドイッチじゃ……」

「大切ってほどじゃない……というか、その“様”っていうのやめてくれないか」

「じゃあ貰っちゃいますね!」

「無視か」



 複雑な心境でカルボナーラを一口食べ、クリームの美味しさを改めて感じる。パスタもたまには悪くないな。


 肉は食べ応えがあるし魚も独特の柔らかさが食べやすくて美味い。誰に何を言われるわけでもないから、つい好みのものばかり食べてしまうんだよな。

 だがサンドイッチは片手で食える利便性があって、なおかつ野菜を食べてる感じがする。わざわざサラダを食べる気にはならないし、これなら野菜は食べたと言い訳できるような気が……。いやいや、言い訳なんてとんでもない。食ってることに違いはないのだから言い訳ではない。断じて。


 自分を納得させてサンドイッチを頬張った。

 不意に気配を感じてわずかに振り返った。その方向にはエルシェーベトが座っているが、その後ろに様子のおかしい男が立っていた。



「何だ、フードなんか被ってよぉ……」



 小太り、背は低くはない。俺達が店に来たときはこんな奴居なかったから、恐らく来たばかりなんだろう。


 明らかに顔が赤いな。やけに酒臭いし目は据わっているし……どうやらこの男、真っ昼間から泥酔しているらしい。よその店で酒を飲み、その足でこの店に入ったんだろう。



「何だ、お前は。こっちは飯を食ってる最中なんだが」

「おめぇには話しかけてねぇよ、このチビに言ってんだ」

「彼女は俺達の連れだ。見て分かるだろ」

「グルルッ……」



 立ち上がって「あっちに行け」と指し示す。傍らで肉を食っていたシリウスも釣られたように体を起こし、低く唸り始めた。当の本人は何も言わずじっと座っている。表情はフードで見えない。



「あぁ!? やんのか!?」



 男は俺の方へ一歩踏み出した。言ってることがいかにも小物っぽくて笑ってしまう。だがそっちがやる気なら相手になるとも。

 刀の柄に手をかけると、慌てた様子でアーサーが立ち上がる。



「ダメです、ギルバートさん。落ち着いてください。その程度の男を斬って何になるんです?」

「何だと!?」



 その煽り、アーサーも大概じゃないか。


 しかし、確かに店の中で刀を抜くのは申し訳ない。酔っ払いの男一人のせいで、要らぬ乱闘を起こすのも馬鹿らしい。刀から手を離し、腕を組んだ。ここは冷静に、穏便に……。



「チッ……何とか言えよ、チビ!」

「やめてくださいっ……!」



 男が苛立ったようにエルシェーベトの肩を掴む。フードを深く被り直した彼女に、更に怒りが増したようで、男はとうとうフードを乱暴に掴んだ。



「──おい、何してる」



 男の薄汚い手を捻りあげれば、そいつはすぐに苦悶の表情を浮かべる。威勢がいいだけで、力は弱い。

 気色悪い奴だ。こんな時間から酒に呑まれて酔っ払いやがって。仲間内ならともかく、知らない奴に絡んでくるなど有り得ない。



「いッ……は、離せ!」

「酒の飲み方には気をつけた方がいい」

「分かった、分かったッ!」



 苦しむ男から手を離すと、そいつは俺とアーサー、シリウス、エルシェーベトを順番に見て、すぐに店を出た。


 何でこの店に入ったかな。あれほど似つかわしくない奴は居ないだろうに。


 溜め息をついて、食事を再開するべく席に着いた。エルシェーベトは相変わらずフードを掴んでいて、きゅっと唇を結んだ険しい顔をしていた。



「エルシェーベト、大丈夫か」

「は、はい。平気ですっ、ありがとうございます……!」



 女は弱いから、と見下す男は少なくない。今どき女性の冒険者は当たり前だし、女だから弱いなんてことは全くないのに。エルシェーベトだって本当は、魔法でも使ってしまえば簡単に倒せるはずだ。


 そうしないのは、騒ぎを起こさないためだろうか。……いや、注目を浴びないため……かもしれない。だとすれば俺は余計なことをしただろう。

 周囲をそっと見回す。何人かの客と目が合ったが、ほとんどの人間はあまり気にした様子がない。治安の悪そうな酒場ならともかく、こういう洒落た店でもトラブルは慣れてるものなんだろうか。



「そ、そういえば! この街でイグニスさんを見かけました。彼もレイドに参加するんですよね」

「イグニス?」



 エルシェーベトが明るく声を上げ、話題を変えた。気を使わせてしまったようだ。

 俺も努めて明るく返そうと思ったが、聞き慣れない名前に首を傾げた。



「えぇと、《要塞》です」

「あぁ、あの《牙を剥く要塞》とかいう……」



 単身、ギルド最高ランク《黎明》に登り詰めた実力者。もう彼もこの街に居るのか。どんな人物なのだろうか。少し話してみたいところだ。冒険者界隈ではとても有名なようだし、損は無いだろう。


 他の黎明冒険者も気になる。いつか会う機会があったら、強さの秘訣についてご教授頂きたい。



 ◇



 それから食事を終え、街をぶらついたり、使えそうなものを買ったりして……二日が経った。レイド参加者の集合日だ。

 日が昇りきらないうちに目を覚まし、事前にまとめておいた荷物を念の為確認した。忘れ物も足りない物もない。極論、戦う為の武器さえあれば何とかなる。



「よし、行くか。街の東側のアーチだったな」

「はい」



 静かに部屋を出て下の階へ向かった。宿の受付には誰もいない。呼び出し用のベルだけが置いてある。それなりに早い時間だし、個人経営の慎ましい宿だから仕方ないかもしれないが……それにしたって不用心だ。


 金は昨夜のうちに払った。レイドを終えた後のことは考えていない。ここに戻ってくることは恐らくないだろう。



 指定された東側のアーチに向かうと、既に何名か集まっていた。エルシェーベトが小さく欠伸をするのが見える。



「ギルバートさん、あの方……」

「……あの人はっ……!」



 アーサーが指を差したのは、燃え滾る業火のように紅い髪の大柄な男。他の人間よりも頭ひとつ抜けていて、エルシェーベトと比べると物凄い身長差だ。灰色の鎧、髪色のように濃い紅のマント、傍らに立てかけられた大きな盾。体が違う方を向いていて顔は見えないが、どこを取っても騎士の風貌だ。


 俺達は一旦、建物の隙間に身を隠した。

 騎士という職業はどこにでも、どんな形でも存在する。ここで問題なのは、その髪色だ。



「──イージス騎士団長と同じだ」



 オルディネ王国騎士団。そのトップに立つ《オルディネの守護神》、イージス・コード。彼はまさに、集合場所に居る男と同じ紅色をしていた。

 彼は確かとても髪が長く、いつも一つに括っていたはずだ。仕事に追われているせいで髪を切る時間すら勿体ない、といつも愚痴を零していたのを覚えてる。


 建物の陰から様子を窺う。顔が見えれば確認のしようもあるのに、全くこちらを見ない。



「……俺達を追いかけてきたのか? わざわざ騎士団長が? いや、有り得ない……」

「えぇ。他国に入るならば、彼が自ら来るとは思えません。隠密部隊を使うでしょう」

「だがあの紅髪は、どこでも見られるわけじゃない」

「それは、確かに……」



 金、黒、茶。そういった色は、人間の間ではとても一般的な色だ。さほど珍しくも何ともない。

 一方エルフなどは強い力や特別な力を持つ者が多い。そういう種族は透き通る青や煌めく赤、柔らかな緑など、特徴的な髪色が多い傾向にある。地下牢で会ったステラ嬢も水色というあまり見ない髪色だったから、きっと秘めた力があるのだろう。


 あくまでも傾向の話ではあるが、特殊な事柄には理由があるものだ。由緒正しい王族だったり、特別な能力を受け継ぐ高貴な一族だったりするのは珍しくない。


 イージス騎士団長がどんな家系だったのかは知らない。しかし、一目見ただけで紅と分かる髪色は、何かしら特別な意味を持つはずだ。……そしてすぐ近くに居る、紅髪の騎士も。



「……待て、顔が見えそうだ」



 男は不意に、姿勢を変えた。体がこちらを向き、伏せられていた視線が上がる。



「あぁ……嘘だろ」



 海のような青い瞳。──これも、イージス騎士団長と同じだ。



「いや、何かおかしい。顔にあんな傷はなかった。それに、髪型が違うせいか、別人のようにも見える……」



 男の顔には、斜めに走る細い傷跡がある。鋭い刃物で切られたような。遠いので見えづらいが……最近できたものではなさそうだ。

 左側をさっと掻き上げただけの無造作な髪型は、イージス騎士団長とは全く違う。髪型を変えたと言われればそれまでだとしても。


 いや待て。あのイージス騎士団長が顔に傷など作るとは思えない。盾を振るう上で彼自身が血を流すこともあったが、それほど油断するだろうか? 



「あの方はイージス騎士団長ではない、と?」

「恐らくな。それに、いつまでもこうしてたって仕方ない。《守護神》じゃないことに賭けよう」



 俺は一度深呼吸をした。そして正面から堂々と集合場所へ向かう。紅髪の男はこちらに気付いたようだが、これといって目立つ動きはない。



「あ! お二人とも、おはようございます!」

「おはよう、エルシェーベト」

「おはようございます」



 男が何かをする前に、エルシェーベトがこちらにやってきた。どことなく顔色が良くない。これからレイドだっていうのに、大丈夫だろうか。



「エルシェーベト。具合はどうだ。何か問題は?」

「いえ、何もないです! 大丈夫ですよ」

「それなら、いいんだが」



 あくまでもイメージだが魔法使いは体力がなさそうだから、山岳はキツいのではないだろうか。儀式を行う神殿に向かうのも本当に大変だった。エルシェーベトには……山越えをできるほどの逞しさはとても見られない。


 周りを見てみると、魔術師と思える人物は何名か居た。剣士ばかり居て太刀打ちできなくても困るので、当然魔術師や回復担当の者が居なくては話にならない。バランスは大切だ。



「なぁ、アンタら」

「ひぇっ……」

「……なんだ」



 ……来た。紅髪の男だ。近くで見ると、やはり大きい。わずかだが見上げるほどに。俺の背だってそう低くはないはずなのに。エルシェーベトの小さな悲鳴はこの大きさのせいだろうか。

 男の声はイージス騎士団長と似ているようだが、なんとなく違う気がする。敵意は感じられない。果たしてどう出る?



「──アンタらもしかして、レイドは初めてか?」

「……何故分かった?」



 予想もしていなかった質問に、声が裏返りそうになった。まさかそんなことを言うとは思うまい。周囲にはレイドが初めてどころか戦闘経験すら少なそうな人間だって居る。それなのに、わざわざそんな質問のためにこちらに来たのか……?


 男は俺の返答に対し、にぃっと口角を上げた。



「分かンだよ。俺は鼻が利くンだ。……こんなことも分かるぜ。お前ら、強いだろ」

「どうだか。これから戦うドラゴン程度なら善戦はするだろうがな」

「オイオイ、ドラゴンを舐めちゃあいけねぇぜ。竜の牙は命を奪うんだからな」



 男はやけに嬉しそうに笑い、時計を確認した。既に六時を過ぎている。俺達の元を離れ皆から見えるような位置に立った男。彼はすぅ、と息を吸い、少しだけ声を張り上げた。



「ここに居る、レイドに参加する冒険者はこっちを向いてくれ」



 それぞれで話していた者達が、一斉に男を見る。姿を確認した冒険者が、ほんの少しざわついた。

 ──あの男がそうなのか。紅い髪だ、間違いない。思っていたより若く見えるな。歳は関係ない、奴は……。


 男が大盾を地面に立てるように置くと、金属の高い音が小さく響いた。ざわつきを止めるには十分だった。



「──俺はイグニス・カルロ・アルマート。冒険者ギルドから今回のレイドの現場指揮を任された、黎明冒険者だ」


「あの方が……!」

「牙を剥く、要塞……!」



 男──イグニス・カルロ・アルマートは、集まった冒険者を見渡す。そして親しみがあるような、はたまた挑発するような笑みを浮かべた。




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