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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
一、賽は投げられた。
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勇者召喚。

 


 腹を満たしたら次は騎士団の朝礼へ向かう。今日の話題はもっぱら召喚の儀式について。そりゃあそうだ。これ以上の話題などない。


 オルディネ王国騎士団、その頂点に立つ男──イージス・コード騎士団長が、綺麗に整列した俺達に向かって大きく声を張り上げた。怒鳴るというほど大きい声でもないのに彼の声はよく通る。



「今日は勇者召喚の儀式の日だ。諸君らも承知の通り、護衛と言う任務は怠慢が許されない。《神の逆鱗》の再来を黙認すれば、この国の全てを失うことになるのだ。──邪魔する者は排除しろ。歯向かう者は斬り伏せろ。我々は平生のように我々の役目を全うするだけだ。オルディネ王国騎士団の誇りにかけて!」



 イージス騎士団長が剣を掲げて吼える。大気がビリビリ震え、彼の騎士としての狂気を幾度となく見てきた俺達でさえ、鳥肌が立つほどの気迫を感じた。驚愕とも恐怖とも歓喜とも違う感覚に包まれながら、俺達は各々の得物を頭上に掲げた。



 ◇



 俺達は、儀式を行うウロボロス神殿へ続く山道を歩いていた。召喚のためには欠かせない魔術師達を守るように、騎士達が武器を携えて進む。緩やかな山道は馬車でいいが、途中からはそうもいかない。傾斜がキツい道は馬車は難しい。そうなれば自らの足で歩かなければならないのだ。儀式の前から体力を消耗してしまうことになるが、ウロボロス神殿の建つ場所がそういう所だから致し方ない。

 ……正直、他の神殿は駄目なのかと思ってしまうが、駄目らしい。



「毎年思いますが、本当に、テレポートできないのは大変ですよね」



 アーサー卿が、額に汗をかきながら呟いた。



「あぁ。我々でも堪えるのだから、術師の方々には、かなり厳しいだろうな」



 恥ずかしい話だが、この山を登るのは本当に厳しい。いつも凶悪なモンスターと戦ったりしている割に体力がないことを思い知らされる。いっそ普段の移動も徒歩にしたほうがいいだろうか……。



「しかし、こうして勇者召喚の儀式に携われるというのは、誇らしいことだからな」

「えぇ、そうですね。音を上げることなんて出来ません」



 神殿は山の頂上付近にある。神が民を見守れるように高台に作られたらしく、オルディネでは大体どの神殿もそうだ。そしてどこの地域にも賊というものが居る。山奥の神殿で儀式を行うときはモンスターの脅威が真っ先に思い浮かぶかもしれないが、その賊がまた厄介なのだ。魔術師の持つ杖や騎士の装備は売ればそれなりの金になるから、この時期を狙って山賊が襲撃することは少なくない。俺の経験では三回ほどか。

 そんなあらゆる災難から儀式を守るのが我々、オルディネ王国騎士団だ。


 騎士は何も王都にだけ居るわけではなく、オルディネ王国の都市々々に拠点を構えそれぞれの仕事をしている。しかしこの時ばかりはその半数近くが王都に集まり、儀式の護衛に就くのだ。もしも儀式が途中で終わってしまったら、儀式を行う魔術師、神父、シスターなどが見るも無惨な姿になるだろう。



「《神の逆鱗》を目の前で見るのは勘弁したいですから」

「あの、すみません……」



 やや前方に居る騎士が、わずかに振り返りながら口を開いた。アーサー卿が「何かありましたか?」と聞くと、騎士はやや言いづらそうに続ける。



「神の逆鱗とは……そんなに酷い出来事だったんですか?」



 彼は首をかしげながら言った。嘘だろ、あれほど悲惨な歴史を知らないなんて。あれは俺達の中では常識中の常識──いや、彼は確か、今年初めて護衛に就く人間だ。それなら知らないのも無理はない。俺だってこの任務に就く前はそれほど詳しくなかった。



「かなり凄惨な出来事だったそうだ。文献によるとな」

「そうなんですか……お恥ずかしながら、私はあまり読み書きが得意ではなくて。騎士になれたのも運が良かっただけで……。宜しければ、お教えくださいませんか」



 アーサー卿に目配せした俺は、彼が頷いたのを見て、説明をすることにした。自分達の役割がいかに大事かを確認するのはちょうどいい。



「《神の逆鱗》……八十年ほど前、儀式を行なっていた魔術師達が全員亡くなった厄災のことなのは分かるな?」

「はい。モンスターが神殿の中にまで侵入してきたんですよね?」

「そうだ。だがモンスターに襲われたから当時の人々が亡くなってしまった訳じゃない。モンスターの乱入は発端でしかないんだ」



 そもそも神殿で儀式をする理由は二つある。まず一つは魔力が足りないから。

 神殿には恐ろしいほどの魔力が溢れている。人間もそれぞれで扱える魔力の量は違うが、あの神殿に居る神だけで、オルディネ王国民全員を足しても余りあるほどの魔力を有するだろうと言われている。

 勇者召喚に使う魔力量は莫大で、当然ながら魔術師だけでは賄いきれない。しかし神殿にあるその力を使えば、軟弱な人間にも大層な儀式を行うことができるわけだ。



 そしてもう一つの理由。それは、人間は異世界に干渉する力を持っていないから。


 突拍子もないことだが、世界はいくつもあるらしい。例えば魔法のない世界。例えば海しかない世界。例えば人間の居ない世界。俺達には想像もできないくらい不思議な世界が数え切れないほどあるらしい。

 勇者召喚の儀式は数多の世界から一人を迎えるためのもの。人間は、魔術師と言えど異世界に干渉できやしない。しかし神ならばそれをやってのける。魔王を倒す勇者を探し出し、選び抜き、連れて来てくれる。


 だからこそ神の力を借りるために、神殿で儀式をするのだ。

 ……らしいんだが、俺にはちょっと理解しがたい話だ。召喚された勇者にも元々の生活があったはずなのに、こちらの都合で連れて来られて……酷いだろ。いや、話が逸れた。



 八十年前。モンスターの乱入で儀式が中断されたことで、儀式に使われるはずだった魔力は行き場を失った。するとどうなったと思う? ……魔力が逆流した上、パイプ役だった魔術師達の身体の中で留まり続けた。逆流した魔力の負荷に耐えきれなかった人々は全身から血が噴き出て、蘇生のしようがなかったと言う。


 神様なんかに会ったことはないが、厄災での魔力の出所を考えるに、存在することに違いは無い。そもそも魔力の逆流なんて普通は起きることじゃないから、神の所業だという他ないのだろう。

 それにしても逆鱗か。オルディネの神はドラゴンじゃないはずだが、一体どこの誰が“神の逆鱗”なんて名付けたんだろうな。



「……神は、確かに力を貸してくれているのかもしれない。だからと言って味方でもないんだ。油断すれば死ぬ」

「ひぇ……」

「儀式を滞りなく終わらせれば大丈夫。そんなに不安になることはありませんよ」



 アーサー卿のフォローも虚しく、今にも倒れそうな新人の蒼白な顔を見て、こちらが不安になったのは言うまでもない。もしかしてまだ戦場に行ったことがないのか? それは……悪いことをしたな……。



 ◇



 険しい山道を越え封印を解いたウロボロス神殿で、儀式の準備は進められた。一番の実力を誇るイージス騎士団長は、副騎士団長と共に神殿の屋根に立ち、いつでも盾となれるよう見張りを怠らない。他にも神殿の外周はもちろん、内部の通路や出入り口には惜しみなく護衛が配置されていた。


 俺は、アーサー卿や同期のアンバー卿という女騎士を含めた、総勢八名で神殿の大広間の護衛に当たっていた。儀式を行う場を直で見られるなんて、俺も出世したものだとつくづく思う。だがどこに居ようと、俺のすることは変わらない。



「ひとまず異常はないようだな……」



 準備段階で異常があっても困ったもんだが。


 オルディネ王国で儀式が開かれるのは、この国が一番平和的で秩序的だから。他の国より群を抜いて凶悪犯罪が少ないのだ。それもこれも古い王とその代の騎士団の尽力あってこそだが、今まで平和を保っている俺達だって誇り高い。


 だからこそオルディネ王国は勇者召喚という大義を背負える。これほど名誉なことはなく、そしてその護衛を任される騎士団も、それは同じこと。先代の誇りを、俺達の誇りを傷つけないためにやらねばならないことは、この平和と秩序を守り続けることしかない。



 魔術師達が小さいながらも複雑に描かれた魔法陣を囲んで膝をつく。彼らはローブを羽織ったり、十字架を掲げたり、杖を持ったりと、それぞれ違った様相であるにもかかわらず、それが当然であるかのような一体感があった。違うからこそ完成されるもの、とでも言ったらいいのか。この光景は何度見ても圧巻だ。



「いよいよですね……」

「あぁ……」



 一人が杖を高く掲げた。儀式開始の合図である。同時に俺達もより一層、厳戒態勢となった。



「──“魔王目覚めんとする混乱の世”」



 詠唱の第一節。それだけで空気がズシッと重くなり、えも言われぬ威圧感が辺りを包んだ。



「“我は希望の星を求めん”──」



「“其の者に豊かな知恵有り”。


 “其の者に救いの力有り”。


 “其の者に底知れぬ勇気有り”」



 赤紫色に鈍く光る魔法陣。中心から竜巻のように風が起きた。その場に居る全員が、その風に飛ばされそうなほどの強さで。光は段々強くなり、次第に魔術師達の姿を飲み込んでいく。目が乾いて痛くなっても、襲い来るかまいたちに頬を切られても、あまりの眩しさに視界が潰れそうでも、神々しい光景に、目を離せなくなった。



「“人を、生命を、混乱の世を鎮めたる”」


「“神の選びし、魔王を討ち倒す者を、いざ、此処に導きたまえ”──」



 神殿が揺れていた。俺に神や何かと意思疎通する力はないが、まるで喜んでいる……もしくは畏怖している、ようにも感じられた。



 ────来る!




「──いっ……てぇな……なんだよ……?」



 眩い光が霧散して、ようやく視界が戻ってきた時。あれほど禍々しく輝いていた魔法陣はすっかり勢いを失って、代わりにその中心に、一人の青年を捕まえていた。


 黒い髪、茶色い目、着ている服はこちらではあまり見かけない……そうだ、学生服、というやつだったか。突然のことだったのか、青年は尻餅をついてしかめ面をしながら頭を抱えている。そして辺りを見回し、武器を構えた俺達を見て、ビクッと体を震わせ固まった。なるほど、平和な世界で暮らしていたようだ。



「勇者様!」

「勇者? 俺が?」



 魔術師達は疲労困憊ながら、ついに待ち焦がれた勇者に、喜びを隠せない様子で青年を取り囲む。


 とうとう現れた。今まで影を見ることもなかった勇者が。これから街に戻って、改めて魔力測定などをするだろうが、測定なんてするまでもなく彼は勇者に違いない。少なくとも、先ほどの光景を見て否定する奴が居るはずない。



「……アーサー卿? 顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」



 そんな声が聞こえて、そちらを向いて見れば、アーサー卿が今にも倒れそうなほど青ざめた顔で立っていた。口元を押さえ吐き気か何かに耐えている。彼はこちらの視線に気付いたのか、ふらふらと歩み寄ってきて、何か言おうとした。



「ギルバート卿──」

「それでは街へ戻りましょう! 勇者様も唐突なことで驚かれているようですし、落ち着いて話をせねばなりません!」



 アーサー卿の言葉は遮られ、彼もその続きを話そうとはしない。気になるが仕方ない。体調が優れないのなら後で聞こう。それこそ、落ち着いてから。


 驚いている、というわりに青年がどこか笑顔なのも気にかかるが、勇者という特別な地位に心が躍っているだけだろうと思った。思うことにした。




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