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第一章 近いのに遠いところ①

「で、その人になんかしたの?」


 見知らぬ女生徒に泣かれた夜、クラスメイトの鷺原さぎはら建太けんた、ことサギと電話で話をしていた。こんな話、誰にもしたくはなかったけれど、彼に対しては説明責任があった。あの時の僕はサギを待っていたのだ。


「そんな覚えはないんだけど……」

「まさかクラスで一番人畜無害に見えたクックが、入学してすぐ、しかも女子の先輩を泣かせるとはねー」


 サギは冗談っぽく僕を責める。ちなみに、クックとは僕のあだ名である。


「だから何もしてないってば」

「でも、見ただけで泣くって相当じゃない? 知らないところで何かしちゃったのかもよ」

「何かって……」


 そんなことありえるのだろうか。絶対にないと思いつつも、どこか不安になる。


「ちなみにその人、かわいかった?」

「それは関係ないでしょ」


 ――まあ、かわいかったのだけど。リボンの色で二年生の先輩だとわかるその人は、今まで味わったことのない緊張感を僕に与えてくれた。


 もっとも、それは涙のせいなのかもしれない。


「あ、ごめん。家の用事があるからそろそろ切るよ」

「おー。そうそう、クック、別に電話じゃなくてLEENリーンでいいよ。謝るって言っても大したことじゃないんだし、そもそも俺が待たせてたんだしさ」


 トークアプリ、LEEN。今、そのアプリの無料通話機能で会話しているわけだけれど、たしかに文字のやり取りだけで十分な内容だったかもしれない。


「うん。でも、実はまだ使い慣れてなくて」


 僕はどうもまだあのアプリを使いこなせていないらしい。僕が使うと淡々と文字を打つだけになってしまうのだ。


「そーなん? じゃあ今度おもしろいスタンプとか教えるよ」

「ありがとう。今日はごめんね」

「いいって。んじゃー」


 電話が切られると、その瞬間、僕は大きく息を吐いた。入学してまだ一週間くらいで、サギと出会ってからもそれだけしか経っておらず、まだ少し緊張するのだ。


 高校生になってから、初対面の相手との会話が続いている。同じ中学出身の顔見知りがクラスどころか学校にもおらず、僕は心細い日々を送っていた。


 あがり症の僕はすぐにまともな返事をすることが難しい。かといって急ぐと、的外れなことを言ってしまったりもする。


 見知った相手だとそれでもなんとかなるけれど、初対面の人には、それが僕の意見であり、性格の一部だと思われてしまうことになる。それを恐れて警戒すると、ろくに話せなくなってしまう。この繰り返しが、人見知りという欠点そのものなのだろうか。


 だからこそ、今の僕は気を張り過ぎていた。学校生活は、あとになって会話を回顧することも多い。変なことを言わなかったか、どんな自分で接していたかをふり返る。そうしてようやく気を抜くことができるのだった。


 でも、サギとの会話ではふり返ることが少なかった。それは、彼の包容力というか、自由さによるものだと思う。サギは最初から親しい友人のように話しかけ、僕の自然体を引き出そうとしてくれた。だから仲良くなれそうだと思えたし、なりたいと思ったのだ。


 僕はベッドに腰をかけ、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。今日は食事当番だから、もうすぐ夕食を作らなければならない。でも、もう少しだけ気を抜きたかった。


 リモコンで電気を消し、うす暗くなった部屋の天井を見つめる。浮かんでくるのはあの先輩の涙だった。

 いったいなんだったのだろう。その答えがすぐ知れるかもわからない。彼女の泣き顔は、妙な不安とわずかな高揚感をもって、僕の胸を締めつけていた。



 色の薄い建物が並んでいる。この辺りは住宅と田畑と工場でそのほとんどの面積をしめていた。


 合間を埋めるように、スーパーや学校があり、町という形式を作っている。都会とは口がさけても言えないけれど、田舎とも言いづらい。


 日本一広い湖であるびわ湖を有する滋賀県、湖南に位置するこの町は、都会へのアクセスが良いからかベッドタウンとしての役割を持ち、今でも人が増え続けている。人が増えれば建物や施設も増えていくわけで、特に不便もなく住みやすい町だ。


 清川高校へは電車とバスを乗り継いで来る生徒が多く、たまに自転車通学や、僕のように徒歩通学する生徒がいる。徒歩で行けるこの近さが、僕がこの高校を選んだ一番の理由だった。

 バス通学の生徒に紛れるように、校門を通過する。校内はまだ朝の静けさに包まれていた。


「あっ! あの子じゃない?」


 そんな中で目立つ声が響く。発言者は僕を指さしているようだ。


 僕は一度目を逸らしてから、再びその人を見た。赤のリボンは二年生。茶っぽいお団子ヘアーが目立つ小柄な人と、その隣には、ロングヘアーで背の少し高い人がいた。


 二人にはなんとなく見覚えがある。そうだ、もしかしたら昨日の先輩の隣にいた人かもしれない。


「そんな気がするかな」

「でしょ? ほらっ」


 そう確認しあうと、僕のほうへとやってきた。自分に用があると確信が持てるほどの勢いだったため、僕は立ち止まった。


「ねえ君、昨日の」

「は、はい」

「だよね? ねっ」


 思った通りだった。でも、泣いた先輩の姿はそこにはなく、辺りにも見当たらなかった。


 目の前にいる二人の先輩は目で確認し合い、お団子の人が僕の服のそでに手をかけた。女の子に触れられる――それだけで心臓が騒々しくなってしまった。


「あのさ、昨日のことで謝りたいというか、謝らせたいんだ。だから、お昼休みとか時間ないかな? 君、お弁当?」

「え、いえ……今日は食堂」

「じゃあさ、パンを買っておくから。もちろんおごりで。だから、昼休みに……そうだっ、渡り廊下の階段の下にベンチがあるんだけど、そこに来てくれないかな? お昼一緒に食べよ」

「え、あ、はい……」


 先輩の提案に、僕はまったく考えずに返事をしてしまった。


「よかったー。じゃあお願いねっ! 自分の飲み物だけ買ってきて!」

「はい……」


 そう言って、二人は僕に背を向ける。僕は大きく息を吐いて、二人の背中を見つめた。


 謝らせたい。そう言っていた。

 あの涙の理由がわかるなら、とっさのことだったけど了承してよかったのかもしれない。


 ――泣いた先輩に会える。僕は、昨夜頭を巡らせていたことを再び考え始めていた。




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