雛の歌姫 8
アリーシャは眠ったまま馬車に運び込まれ、六日目の行程は変更なく進んだ。いよいよ明日は街に着く。
ルイスはアリーシャを心配しながらも、やはり好奇心に勝てず騎士たちの後をついて回っていた。
「加護付きってなんだ?アリーシャ、どうなるんだ?」
休憩の合間に馬の世話を手伝いながらルイスは騎士を捕まえて聞いた。
その騎士は世話をする手を休めずに淡々と事実だけを教えてくれた。
「加護ってのは、まぁお守りみたいなもんだ。お前も神殿で習うだろうけど、騎士になって初めて女神からもらえるもんだ」
「それもらったら、どうなんの?」
「・・・まぁ不思議なことができるようになる、かな。見習いの頃よりも力が出せるようになるし色々便利になる」
「そんなのよくわかんねぇよ」
曖昧な説明に不満顔のルイスを見て、騎士はおおらかに笑った。
「じゃあ、なんでアリーシャは騎士でもないのにそれもらえたんだ?」
騎士はブラシをかける手を止め馬の首を撫でて今度は鞍を確認していく。
「多分、気に入られたんじないかってのが俺たちの見解だ。女神のなさることだ。それ以上はわからん」
「ふ~ん。じゃあ、女神さまってどんな感じ?」
「おいおい、お前本当に不敬になるからやめろ」
会話はそれで打ち切られ、ルイスはまた馬車に乗り込んだ。
馬の世話を手伝っていたから、動物の匂いが馬車の中に持ち込まれおじさんは嫌な顔をしていたが無視した。
ルイスは眠るアリーシャを見た。
呼吸はしているが色白く、長いまつげはぴくりとも動かない。亜麻色の髪は艶々とうねり長く伸ばされて今は一つに纏められている。
村の収穫祭では、その髪を結い上げ綺麗な衣装を着て歌うアリーシャにどれほどの人が魅入っていたか。ルイスはそんなアリーシャが誇らしかった。ビルもルイスも、同年代の男はみんな釘付けだった。
アリーシャは女の子で良くも悪くも人の目を集めてしまう。それが原因で村の女の子のグループに受け入れてもらえず悩んでいたことも、照れ隠しから意地悪をする奴らに悲しんでいたことも知っている。
アリーシャが意地悪なことをしたことはないし親切で優しくてもあの村での居場所はカイウス先生の傍にしかなかった。
ビルもルイスも男だから分からなかったことだが、ずっと一緒だと思っていたアリーシャはどんどん綺麗になってそれと同時に自分の進む先を見据えていたのだ。
今回の騒動だって、ルイスをオイテケボリにして自分はさっさと女神のお気に入りになってしまうし・・・。
神殿に一緒に行くと約束していたのに、既に差がついてしまった気がしてルイスは深いため息をついた。
「どうかしたのか?元気なお前がため息なんて」
おじさんが帳簿から目を上げて、珍しくルイスに話しかけてきた。
「・・・明日は街に着くってのに寝てられるアリーシャがすごいと思っただけだよ」
ルイスは咄嗟に口から出まかせを言った。アリーシャに差をつけられた気がしてへこんでいるとは言いたくなかった。
「ははは。まぁそうだな。緊張したり思い悩むよりは本人の知らない間に到着している方が良いだろうな」
───そんな単純な話じゃねぇよ。
ルイスは心の中で毒づいた。
そうして最後の宿に泊まり、言葉少なく一行は就寝した。
次の日の昼ごろ、予定通り街に着いた。
ルイスはそれが歯がゆくて、盗賊が出ねぇかなと不謹慎なことまで考えてしまったくらいだ。
これまで通ってきた村や町とは違い、まず人が多いことに驚く。祭りでもやっているのかというくらい店が立ち並び、そこに人がひしめきあっている。干ばつの爪痕は見当たらない。
「なぁ、干ばつが国中に被害だしてたんだよな?」
たまらず聞いたルイスにおじさんは頷いた。
「そうだぞ。この頃は神殿から物資が届き始めて持ち直しているところだ」
「じゃあ何で村には届いてなかったんだよ!」
ルイスの睨みつけるような視線にたじろぐこともなくおじさんは答えた。
「順番さ。まず人の多いところから優先されているんだ。お前たちの村にもじき届くさ」
「だったらアリーシャが売られる必要なんてなかっただろ!」
「そればっかりは神の思し召しさ。運命というな」
ぐっと、口を噛みしめてルイスは黙った。
売られる話があと数日でも遅ければ物資が届いていたかもしれないのに。そう思うと悔しかった。
「う・・・」
アリーシャが呻き、まつげが震えていた。
「アリーシャ!おい、起きろアリーシャ!」
ルイスはアリーシャを抱え起こした。
綺麗な顔には似合わぬしかめっ面をして、アリーシャは薄く目を開いた。
「・・・ルイス?」
まだぼんやりとして覇気はないながらも、確かにアリーシャは目覚めた。
大きくあくびをして目をごしごしとこする様は年相応だ。
「・・・ここどこ?」
答えはおじさんがくれた。
「もうすぐ到着するぞ。腹をくくってくれ」