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雛の歌姫  作者: やよい
神殿編
85/118

83



「塔までは馬で行きます」


 そう言われ連れてこられたのはコルサおじいさんの放牧小屋だった。

 神殿の擁する馬たちは軍馬としての調教が終わると、広大な野山に放牧され決まった食餌の時間になるとコルサおじいさんのところへやってくるという。

 自然に近い生活をさせてその営みの中で仔馬が生まれたり野生動物に襲われたりすることもあるらしい。

 けれどもすべては女神のご意思とされ、馬番は静かに見守るのみ。


 先生とサイノス様は馬を二頭借りたいと告げ、見まわりで留守だったコルサの代わりに小屋の番をしていた若い騎士に手配を頼んだ。

 その騎士が準備している間に先生は帳面に名前を書き込んでいた。


「それは何ですか?」


 先生の手元を覗きこんでアリーシャが聞くと、先生はその手を止めて教えてくれた。


「これは、いつ、誰が、何頭の馬を借りたか、返却はいつになるのかをコルサが知るための書置きのようなものです。図書室や資料室の貸し出しみたいなものだと思って下さい」


 本や資料の貸し出しと一緒…とは何か違う気がする。

 先生はそれを書き終えると、先ほどの騎士が用意してくれた地図を持ち分厚い手袋とロープを担いだ。


「あの、せん…カイウス様?」


 つい先生と呼んでしまう癖はなかなか抜けない。言い直して、何をするのかと問えば、同じ装備を持ったサイノス様がにこっと笑いながら教えてくれた。


「これから馬を捕まえに行ってくるんだよ。お嬢ちゃんたちはここで待ってな。すぐ戻るから」


「はい?」


 疑問のアリーシャを残したまま、先生たちは慌ただしく出て行った。 


「アリーシャ。こちらで座って待っていましょう」

 

 柔らかく声をかけたキャトルーが既にソファに腰かけているのを見て、アリーシャも近づいていく。

 隣を勧められ、一言礼を言ってからそっとかけた。


「コルサ様の牧場ではね、すべての馬は放牧で育てられているんですよ。だから馬が必要な時は騎士が捕まえに行くことになっているの」


 キャトルーはそこで小さく笑った。


「年季の入った騎士なら馬がどこにいてもものの十分で捕まえて戻ってきます。でも新人さんや見習いさんでは一日かかることもあってね、良い訓練としても昔から続けられている伝統なの」


 うふふ、とキャトルーは楽しそうに目を細めた。


「あなたの先生はどれくらいで戻ってくるかしら」


 先生、サイノス様やスタグハインド様に隠居してたとか言われてたけど大丈夫かな…?


「あの、お茶ですがよろしければどうぞ」


 そこへ声をかけてきたのはあの若い騎士だった。

 少し緊張しているのか、声がうわずっていたような…。

 キャトルーは気にせずに、あらありがとう、と遠慮なく受け取った。

 アリーシャもそれに倣ってお礼を言いつつ受け取った。


「あの、披露会拝見しました。とても素晴らしくて、俺、いや私は暫く天上の世界にいるのかと錯覚するほど幸せな気分になりました」


 頬を赤くしてアリーシャを褒めてくれる見ず知らずの相手に、まず驚いた。


「あんな凄い歌声、初めてです。周りの奴らもすごいってみんな騒いでいました」


 一生懸命に感動と興奮を伝えてくれる若い騎士に、アリーシャもつられて笑顔になった。


「ありがとうございます」


「アリーシャは既に女神に認められたただ一人の歌姫ですからね、またその歌を聞く機会もあることでしょう。楽しみになさっていてね」


 キャトルーが彼に声をかけると、彼ははっと目覚めたように居住まいを正し礼をして下がっていった。


「キャトルー様、今の人…」


 アリーシャが疑問を口にする前にキャトルーは朗らかに笑った。


「きっと噂の歌姫に会えた興奮で礼儀を忘れてしまったのね。本来なら、年上の相手から対応しなければいけなかった。自由時間なら許されたことだけれど、彼は今、職務中だから」


 なるほど。

 それにしても、声を荒げることなく咎めることなく、相手を恥じいらせて礼儀を思い出させるキャトルーはすごい。

 叱ったり怒ったりせずにこんなことができるんだ。


「なぁに?年の功だとでも言うつもりかしら」


 微笑みを深くするキャトルーは冗談ぽくそう言ってお茶を飲んだ。

 アリーシャの気持ちまで読んでしまうなんてすごい。



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