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雛の歌姫  作者: やよい
旅立ち編
8/118

雛の歌姫 7




 カイウスがふらつきながら王都の神殿へと辿り着き、サイを始めとする同僚たちに迎えられた頃、アリーシャ一行は順調に二日目の道中を進んでいた。

 予定通りの工程におじさんは機嫌よく鼻歌など歌っていたし、アリーシャは休憩のたびにルイスにくっついて騎士様とおしゃべりをして過ごした。

 騎士様はおじさんには聞こえないようにこっそりと神殿の話もしてくれ、ルイスと二人目を輝かせながらそれを聞いた。

 そして馬車へ戻ると小さな窓から見える景色から見慣れない物を探しておじさんを質問責めにした。

 

 そうやって二日目、三日目と日々を過ごし五日目の夜。

 旅も終盤を迎え、これまで工程通りに進んだことに気を良くしたおじさんが宿で全員の分の湯を頼んでくれた。道中、川の水で体を拭き清めていたが皆お世辞にも綺麗とは言えず薄汚れていたので誰もが喜んだ。 夕食を取り、湯を浴びさっぱりと人心地着くと宿の一室で雑魚寝の支度に取りかかる。

 野宿と違って見張りを立てなくて良いとあって騎士様たちも表情が柔らかい。

 けれども殺気や異変には気付くよう訓練を受けているから、何かあればすぐに起きられるという。

 おじさんもこの頃にはすっかり慣れて一緒になって話を聞き、大したもんだと感心していた。

 アリーシャはいつものようにルイスの隣で横になり、薄い掛布の下で手を繋いでもらって目を閉じた。


「明かりを消すぞ。いいか?」


 黒髪の騎士様声が聞こえ、二つあった蝋燭の火が吹き消された。

 真っ暗になった部屋の中、旅が始まって以来すっかり習慣化してしまった女神様への祈りの歌を心の中で歌い終え、アリーシャはすとんと眠りに落ちた。



 ※ ※ ※



 いつの間にかアリーシャは光り輝く泉の傍に佇んでいた。

 空は青く澄みわたり、照りのある緑の葉を茂らせた木々がそうっと枝葉を揺らし、柔らかな若草色をした下草の合間合間に小さな白い花が咲いている。 

 心地良い空気が流れ、見知らぬ場所だというのに全く恐怖も不安も感じなかった。


───夢、かな?


 勢いよく溢れる鮮烈な水の美しいこと。

 じっと魅入ってしまい束の間、時間を忘れていた。

 

───こんな水が村にあれば良かったのに。干ばつに見舞われていない地域なんてあるの?


 アリーシャがその水に触れようとした時、厳しい声がそれを遮った。


「その水に触れてはならぬ」


 はっ、と声の方を振り返ると無表情でじっとアリーシャを見つめるひどく美しい女性が立っていた。


「触れてはならぬ。戻れぬようになってしまうから」


 呆然とその女性に見惚れ、動きを止めてしまったアリーシャに今度は少し優しい声音が語りかけた。


「そなた、どこからここへ迷い込んだ?名は?」


 アリーシャは夢心地で、その美しい人に答えた。だって、生まれてこのかたルイスやビルや自分より姿形の美しい人など見たことがなかったから。

 その人は青紫から虹色へ、虹色から青紫へと絶えず色を変える不思議な髪色をしており、その髪は結われずに腰を超え背中に広がっていた。顔立ちも彫刻かと見まがうような端正なものだ。


「私はアリーシャ。・・・どこからか分かりません。ここはどこですか?」


 視線が吸い付くように、その一挙手一投足に集中してしまう。

 アリーシャが答えたことで、彼女は気を良くしたらしい。


「そう、アリーシャな。よい。こちらへおいで」


 逆らうことなど頭から考えられず言われるがまま、ふらふらと近寄ると彼女はじいっとアリーシャの目を見つめた。アリーシャもぼうっとその瞳を見つめていると、だんだん眠気が強くなってきてまぶたが閉じそうになるのを必死でこらえる。

 もっとこの人と居たい、話したいという欲求が眠気と戦っている。


「・・・そうか!ここのところ毎晩歌をくれたのはそなただね?あははは!」


 突然、笑い出してその人はにっこりと最高に美しい笑顔を見せてくれた。

 アリーシャの記憶があったのはそこまでだった。

 強烈な睡魔が膝を崩して地面に倒れてしまったから。柔らかな下草がアリーシャを受け止めた。


「カイウスが心配するはずだ。こんなに影響を与えるのに無防備だとは・・・。やれ、末恐ろしい子がいたものだ」


 彼女は真っ白な裾を引きずる長衣が汚れるのも気にせず、アリーシャの傍にかがみこんだ。そして昏々と眠るアリーシャの髪を撫でると、そっとその額に唇を落とした。


「・・・これでそなたは私のものだ。この印があれば滅多なものは近づかないから、早く私の元へおいで」


 愛おし気に囁いた後、アリーシャをそっと小突く。

 するとアリーシャの姿は溶けるようにその場から消え、後にはご機嫌な彼女だけが残った。誰にも知るよしのない・・・。



※ ※ ※



 朝になり宿の部屋で一人、二人と目覚めだしてもアリーシャは起きなかった。

 ルイスが揺さぶっても耳もとで呼んでも。

 誰もがその異常に気付き始めた時、騎士の一人がおい、と驚きの声を上げた。


「おい、それを見ろ!加護付きになってる・・・!」


 彼はアリーシャの髪の間に隠れるようにして眠る小さな精霊に気がついた。


「いつの間に・・・?」


「昨日はいなかったよな?」


 騎士たちの動揺はルイスにもおじさんにも伝わった。残念ながら彼らには精霊は見えなかったので怪訝な表情を浮かべるにとどまっているが説明を求めているのは明らかだった。


「・・・女神のものとなった印が付いている。恐らく我々の知らぬ間に女神に直接会ったのだろう。爆睡しているのは神気に当てられ消耗しているからだ」


 黒髪の騎士が代表しておじさんに説明したが、おじさんは納得しなかった。


「どこに印があるんだ。誰かが薬を盛ったんだろう。そんな小細工したところでこの娘を売ることには変わりないぞ」


 ルイスはおじさんと騎士をきょろきょろと交互に見ていたが、険悪な空気を割って声をあげた。


「んで、アリーシャはいつ目が覚めるんだよ?」



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