雛の歌姫 6.5
カイウスは悪態をつきながら恐ろしいスピードで移動していた。
いつもは長く垂らしている金茶色の柔らかそうな髪は、鎧の中に仕舞われている。普段、学者然としている彼が騎士姿となって村人の前に姿を現し、村長に留守にする挨拶をしたのはアリーシャが旅立ってすぐのことだった。
その精悍な姿を見た村長と村役人は、ポカンと口を開けたまま短い挨拶を聞きそのまま見送った。
カイウスが相手の返事も待たず、振り返りもせずに行ってしまったからだ。
「おい、聞いているんだろうなサイ。明日にはそっちに着くから教皇に内謁する手配をしておけよ。すぐにだ」
───明日って、お前いまどこにいるんだよ。あの村じゃないのか?
「さっき村をでた。今はそちらに向かって走っている」
──そりゃ無茶だろ。隠居してたやつがいきなり騎士に戻って走り込むとか何事だよ。
「隠居したわけじゃない」
──けどトレーニングさぼりまくってたわけだろ?
「お前と一緒にするな」
──ははは、まぁ近くまで来たら迎えに行ってやる。また連絡よこせ。
そう言って古馴染みの同僚は通信を切った。あちらも何かと忙しいのだろう。
いい加減でやんちゃなことばかりしていたサイが、今では後進を育てるために騎士の手本として部下を持ち指導をしているなんてカイウスには信じきれなかった。
だが、愛嬌があって憎めない性格は変わっていないようだ。
カイウスが今走っているのは整備された街道ではない。
王都の神殿まで、一直線に深い森や谷を越える道を選んだのはまさに暴走している騎士が周囲の一般人に迷惑をかけないためだった。
アリーシャが今のカイウスを見たなら、飛んでいると思っただろう。
「やはり年か・・・」
少し上がり始めた呼吸を感じカイウスはそう一人ごちた。
33歳になったとはいえ、ルイスに体術を教え毎日稽古に付き合っているし夜には周辺の村を警備がてら見回って体力の維持に努めてきたつもりだった。
しかし本職の騎士を離れ、赴任してから早15年。徐々に筋力が衰えてくるのは仕方のないこととはいえ今回ばかりはそうも言っていられない。
王都まで、普通に行けば馬車で片道三日はかかる。
教皇に内謁して資金をぶんどり、往復していては一週間などあっという間に過ぎてしまう。
村長はそう言いたかったのだろう。頭からできるはずがないと否定していたのは距離の問題が大きい。
しかし神殿騎士ならその距離を問題としなくて済むことは知らなかったようだ。
少年時代から厳しい訓練を課され、騎士になれた者は魔法とでも呼べるような不思議な術を使うことができるようになる。
それは騎士に叙されると、鎧と剣とともに精霊が貸与されるからだ。
自身に相性の良い精霊が終始傍にいて、頼み事や仲間との連絡に一役買ってくれることはほぼ知られていない。
サイとの先ほどのやり取りも精霊が力を貸してくれたからだ。
木々の間をすり抜け、川を飛び越えカイウスは一心不乱に走った。
朝から走り通して、夕暮れが迫っていた。
一度休憩を取り、そして夜を徹して走り抜けた。体力の落ちた自分では明日までに王都に着けるのか若干の心配があったがアリーシャの不安や絶望を思うと無茶でもやり遂げてみせると気力が湧いてくる。
ルイスを一緒に行かせたのは少しでも不安を軽くしてやりたかったからだ。
ビルは今回の干ばつが落ち着いたら、王命か女神令でさっさと王立研究所に引き抜いてしまおうと思っている。
それらも含めて、教皇に直談判する必要があった。
サイ 「カイウスが戻ってくるってさ」
教皇 「…やばい」
サイ 「さっき内謁の手配しとけって連絡あったぜ」
教皇 「…いつこっちに着く?」
サイ 「明日だろ?」
教皇 「明日は用事が多くてな」
サイ 「ちょっと!逃げんなよ?俺がひでぇ目に合うだろーが」
教皇 「いやいや無理だから。私は隠れるから後は頼んだ!」
サイ 「おぉい!冗談だろ!」
教皇 「お前だけが頼りなんだ!良きに計らえ!」
サイ 「待て!おい!」