雛の歌姫 6
簡易竈で煮込んだスープとスライスしたパンを木の棒に刺して軽くあぶった物が夕食になった。
火を囲み、大勢で騒ぎながらの食事はとても楽しいものだった。
売られることを気に病んで不安でいるより、助けに来てくれると言った先生を信じて道中を楽しもうとすることができたのは一緒に来てくれたルイスと騎士様のお陰だ。
「へぇ、アリーシャは歌が上手いのか。カイウス殿が推薦するほどなのだから素晴らしいのだろうな」
「村の祭りでざわざわしてる時でもよく聞こえるし、すげーうまいんだ!」
ルイスが精一杯褒めてくれるのが、くすぐったくてアリーシャは俯いた。
「一度聞いてみたいものだな」
そう言ったのは黒髪の騎士様だった。周りにいた騎士様もうんうん頷いた。
「ダメだって。村の外では巫女さんの結界とか大勢の騎士がいないと歌っちゃダメだって先生が言ってた。じゃないと精霊とか悪い神様に攫われて二度と戻って来れなくなるって」
ルイスが慌てて言い募った。
「よく知ってるな。その通りだ。アリーシャが神殿に上がって歌う時は私も守護の騎士に立候補するとしよう」
俺も!と藍色の髪の騎士様も追随した。
そうなればいいな、と一瞬その光景を夢想する。
「アリーシャは娼館へ行くんだ。そんな夢は見せない方がいい。本人が辛くなるだけだ」
おじさんが水を差した。
夢は壊れ、沈黙が忍び寄る。
「そんなことないさ!先生が何とかして来てくれる!大丈夫だ!」
そんな居心地の悪い沈黙をルイスが追い払った。
「ここに居る騎士様みんなだって、アリーシャが神殿に上がればいいと思ってる!」
「そうかい。期待しすぎて泣くことにならなきゃいいけどな。騎士様にも言っときますが、行程をわざと遅らせるなんてことはしないで下さいよ。神殿騎士の名に傷がついちゃあ大変だ」
「それは重々承知している。依頼は当初の予定通りこなす」
おじさんはふんっと鼻息をついてテントへ行ってしまった。
「大丈夫かアリーシャ。あのおっさんも嫌味だな」
ルイスが気遣ってくれたことが素直にうれしい。
先生が間に合うことだけを念頭に置いていたが、もし間に合わなければ・・・という結末はアリーシャには考えてもいないことだった。そうなったら、どれほどの絶望を味わうことになるのだろう。想像もつかないことだった。
先生や、ここに居るルイスや騎士様を恨むだろうか。それとも・・・。
最悪の想像をしてしまい、不意に胸が苦しくなりぞくっと背筋が冷えた。
それとも絶望のままに歌ってしまったら・・・?
アリーシャはぶるっと頭を振ってその考えを追い出した。絶望するのは今じゃない。最後まで先生を信じると決めたのだ。他人の言葉に踊らされ不安になるなんて馬鹿げてる。
無理やり苦い物を飲み込んだように胸は重たいけれど、事実を指摘された現実は変えられないけれど。
「大丈夫。先生が約束してくれたもの。でもおじさんが言ったことも正しい。事実だし」
アリーシャは今、平気な顔をしているはずだ。心はぐちゃぐちゃとかき乱されてしまったけれど、大丈夫。まだ耐えられる。
ルイスがいるから。
先生の約束があるから。
ルイスが心配そうな顔をするので、アリーシャは安心させるために笑った。
「先生を信じてるから大丈夫。ルイスもそうでしょ?」
「・・・うん、そうだ。俺もついてるし安心しろよな」
「ルイスがいて良かった」
そして手をつなぐ。
アリーシャは心の底からそう思ったので言ったのだが、ルイスは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
でもつないだ手は温かくそっと握り返してくれた。
ビルと三人、いつも手を取り合い助け合ってきた。今はビルがいないけれど、ルイスが助けようとしてくれていることはよくわかっている。
重たく冷えた心が少し、溶けた気がした。
「いいなぁ幼馴染の美少女」
藍色の髪の騎士様がぽつりとこぼし、周りの騎士様たちが大笑いした。
さっきの沈黙はもうなかった。
やがて食事の片づけが誰からともなく始まり、和やかに就寝を迎えた。
騎士様が二人づつ交代で不寝番をするらしく、竈の火はそのままにテントへ雑魚寝する。
子供は先にテントへ入れ、と言われアリーシャはルイスの隣に寝転ぶと小さな声でありがとう、と言った。
「なんだよ急に」
ルイスも小さな声で言い返してきたので、つい笑ってしまう。
「・・・ルイスが居てくれて心強いな、と思って」
「・・・心配だったんだ。先生も俺も。急に村全体でお前を売るって決まって俺何もできなかった。おやじになんでだよって聞いたら決まったことだからしかたねぇって言うし。お前ん家へ行ってみても、親父さんが今は会えないの一点張りでそっとしといてくれって」
ルイスがアリーシャの顔を見ながら顔をゆがめた。
「だから俺、先生のとこへ行ってどうしたらいいか教えてもらったんだ。先生もお前が売られること知らなくてすっげぇ怒ってたんだぞ。そっから先生がよくわかんねぇけど神殿に直接話つけて護衛の騎士様派遣してもらえるようにこの二日で根回ししてた。ただ、お前がいつ出発するのか教えてもらえなくて・・・」
ふぁ、とルイスがあくびをした。
「私が家に閉じこもってる間に先生もルイスも・・・」
「いや、ビルもだぞ。俺は急に神殿行くことになったから親父たちを説得すんのに時間かかったし、ビルがお前の出発がいつになるかあちこち聞き出してたんだ。最終的に大人は誰も教えてくれなかったからお前ん家を見張ってたんだ。そしたら昨日の昼間、村の大人が食料運び込んでただろ。あれ夜にアリーシャにご馳走食わせて朝に出発だろうなって。でも詳しい時間がわかんねぇからビルが一晩中起きて見張りしてくれたんだ」
そこでルイスは思い出したように、小さく笑った。
「あいつ、アリーシャが家から家族と出てきたって大慌てで俺と先生のとこ来たんだけど、もうふらふらでさ。今頃ぐっすり寝てるだろうな」
そう言ってルイスはもう一度笑った。
「ビルにも、今度会ったらありがとう、だね」
「多分、すぐ会えるんじゃねぇの?」
「?」
「先生がすっげぇ怒ってたってさっき言っただろ?あれ、村のやり方にも怒ってたんだ。村の、村長のやり方かな。この村にギフトを持つ子供たちを置いておけないって言ってたから、何かするつもりだぞ」
にやり、と意味深に笑ったルイスは、ん、と手を出した。
「手、つないで寝よう」
アリーシャは、こくんと頷きルイスの手に自身の手を重ねた。
いつの間にか、アリーシャより一回り大きくなっていたルイスの手は就寝中の子供の手のように熱くなっていて、その温もりがエミリーを思い起させた。
今頃、泣いているだろうか。兄弟姉妹たちはアリーシャが居なくなったことをほぼ説明してもらっていない。突然居なくなった姉に対して、どう心の折り合いをつけていけばいいのか誰か教えてくれるといのだけれど。
郷愁がアリーシャの胸にひたひたと染み入る前に、ルイスの手にぎゅっと力が入った。
「あんま深刻になるな。きっと大丈夫だから」
「・・・ルイス、やっぱりありがとう」
アリーシャはルイスの肩口に顔を寄せて顔を伏せた。
「ん。明日も移動ばっかだろ。早く寝よう」
自分の知らない間に、先生やビルたちが奔走してくれたことを教えられ心から感謝の気持ちが沸き上がってくる。
もう一度、心の中でルイスとビルにありがとうと言って、遠くにいる先生を思った。
今もアリーシャのために成そうと神殿へと急ぎ、策を考えているのだろうか。
特段、深く信仰しているわけではないが女神様に祈りたい気持ちだった。
女神様どうか先生をお守り下さい、と夢の入り口でねばりつつ心の中で歌を歌った。女神様を称える歌を。
誰に知られることなく、それは自然と旅の間の就寝の習慣になった。