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雛の歌姫  作者: やよい
旅立ち編
5/118

雛の歌姫 5



 その日は最低限の休憩だけを取り行程を急いだので予定していたよりも早く野宿の準備をすることができたようだった。

 それは休憩のために馬車が止まる度、ルイスが馬車から飛び出して人懐こく騎士たちへ話しかけに行っていたから分かったことだった。そもそも騎士に憧れ、自分もそうなるのだと未来を思い描いていたルイスのことだ。目の前に現れた憧れの存在を質問責めにしたに違いない。ルイスはたった半日で騎士たちと仲良くなってしまった。

 アリーシャも休憩毎に馬車を降りたが、騎士たちは馬の世話をしたり数人ずつに分かれて話していたり、といった雰囲気だったのでルイスのようにそこへ割り込んでいける勇気はなく外の空気を吸って気分転換するだけだった。

 休憩で馬車を降りる度、ちらちらとおじさんがアリーシャの動向を伺っている視線も感じていた。

 まるで突然アリーシャが駆け出して逃げるのではないかというような監視の意味を持つ視線だ。

 

「そんなに見ていなくても逃げたりしないわ・・・」


 アリーシャはそっと口の中で文句を言った。

 だいたい最初の休憩も村からかなり離れた場所だったし、一刻も早く村から遠ざけようとする意図があったのだろうと思う。

 まして夕暮れが迫った森の中、サバイバルスキルも持たないただの女の子がどうやって安全に逃げのびることができるというのだろう。知らない土地で闇に紛れて逃げるなど無謀極まりない。

 そんなことアリーシャにだって分かりきっている。


「それに・・・」


 先生は、諦めずに待てと言った。必ず助けに行くからと。

 だからアリーシャは決めたのだ。

 こんな状態でも絶望しないで前を向くことを。


「先生を信じてる」


 小さく呟いた。

 村で過ごした15年の中にカイウス先生とルイスとビルとの絆がある。それは家族とは別の大事なものだ。

その絆があるからこそルイスは一緒に来てくれたのではないか。ビルは植物を育てる能力のために今は村を離れることができない。アリーシャたちが野宿するという森も弱い下草は枯れてしまっている。木々もまばらで枯れ葉が目立つ。村だけではなく国中がこのような状態だと知っている大人たちはビルが一緒に行くことを許さないだろう。

 

「アリーシャ!」


 ルイスが手を大きく振ってこっちへ来いと誘っている。ルイスの後ろには四人の騎士がいて防水布で天蓋を覆った大きめのテントが出来上がっている。どうやら野宿とはいえ簡易テントを作ったらしい。

 アリーシャは素直に寄って行った。


「見てみろよ!この柱、伸縮式なんだって。それに驚くほど軽いんだ!」


 ルイスが興奮したようにテントの説明をするので周りにいた騎士たちが生ぬるく笑っていた。

 アリーシャも笑った。


「その話はあとでいくらでもしてやるから、まずは準備だ」


 ぽん、とルイスの頭に手を置いてその騎士は次々と指示を出していった。ルイスには近くにあった枯れ木を切り倒し薪にするように言い、川から水を調達するよう三人の騎士の手にそれぞれ大樽を持たせた。そして一人には周囲の警戒を指示し、残る一人に簡易竈を作るようにと言うとアリーシャに向き直った。

 


「さて。今更だが、この旅があなたの意図したものでないことは知っている。私たちも歌姫候補が売られるなどということは望んでいないが、そこの商人との契約も絶対だ。なのでカイウス殿を信じるしかないのだが・・・」


 きらり、と意思を宿した青い瞳がきらめきアリーシャに覚悟を促していた。アリーシャはその瞳から逃げることなく見つめ返した。


「・・・大丈夫。私も先生を信じてますから」


 そう言ってほほ笑むことができた。

 騎士は一瞬目を見張ったがすぐに優しく微笑み返してくれた。


「それなら良かった。カイウス殿が迎えに来るまで私たちが必ず守り抜くことも信じてくれるとありがたい。それが私たちの力になる」


 まっすぐに見つめられてアリーシャは少しドキドキしてしまったが、はっきりと頷いた。


「あなたにとって良い旅になるよう全力を尽くそう。しかし残念ながら任務遂行中は名を名乗ることが許されていない。用があるときは適当に声をかけてくれないだろうか」


「騎士様たち、全員ですか?」


「そう。こんな綺麗な女の子に名前を名乗れないとは残念だ」


 苦笑しながらその騎士は長い黒髪を背中で揺らしながらルイスの方へ行ってしまった。

 アリーシャは自分も何か手伝おうと辺りを見回した。

 馬は馬車から離されて自由に草を食んだり歩いたりとのんびりしている。

 おじさんは荷物をごそごそと漁っていて声をかけづらい。

 アリーシャの目に止まったのは、大きな石を何個も重ね配置していたかまど作り中の騎士だった。

 ゆっくりとそちらへ歩いて行き、勇気をだして声をかけてみた。

 見知らぬ他人だが、先ほどの騎士と話せたことがアリーシャの背を押したのだった。


「あの、私もお手伝いしていいですか?」


 その藍色の髪をした騎士は素早く振り向くと、にっこりと笑って言った。


「勿論!可愛い子なら猶更、大歓迎!」


(あれ?さっきの騎士様とちょっと雰囲気が・・・かなり違う?)

 少々戸惑いつつもかまどの土を掘ろうと手を伸ばすと、だめ!ちょっと待ってと言われてしまい首を傾げることになってしまった。


「綺麗な手が汚れてしまう。君には料理の方を頼めるかな?もうすぐ水汲み隊が戻ってくるから」

 

 おかしなことを言う騎士様だな、と目をぱちくりさせてしまう。村ではできる者ができることを行うのは当然のことだった。アリーシャの様子に騎士様も首をかしげていた。


「・・・えぇと、可愛い女の子は汚れ作業を免除される制度が世の中にはあるんだけど、君はそれを知らなかったりするのかな?」


「・・・初めて聞きました」


 アリーシャは驚きと共に目の前の騎士様を見つめ返した。


「・・・嘘だろ。まさかの純粋培養に天然入ってるとか俺たちはカイウス殿に忍耐を試されているのか」


 騎士様が難しい顔をしてしまったので、アリーシャは不意に不安になり彼の顔を覗き込んだ。


「あの、私何か変なことを言ってしまいましたか?村から出たことがないので外のことはよく知らなくて色々教えてもらえると嬉しいんですが」


 自分の常識など村の中でしか通用しないことはカイウス先生から教えられて分かっていたつもりだった。

神殿へ上がる日を指折り数えて待った日々にカイウス先生は王都のことや神殿のことも話してくれたし、広い視野を持つためには好奇心と探求心を常に持つことを日常に課していた。

 何故、どうして、どうやって、と考えることはビルとルイスの中にも根付いている。勿論アリーシャにも。

 藍色の髪の騎士様は手でアリーシャを制し、大丈夫わかったと大きく頷いた。


「心配しなくていいんだ。これは若い男が知っておくべきことで、君が知らなくても不思議じゃない。君の周りは余程真面目な環境だったんだな」


「・・・ルイスも知っているんですか?」


「いや、知らないだろう。ルイスはまだ子供だからカイウス殿もあえて教えなかったんじゃないかな」


 世の中にはまだまだ知らないことが沢山ありそうだな、と自分の無知を思い知る。この旅の間に騎士様たちに話かけてみようと決心した。

 そしてその決心はあっさりと成就することになった。

 水汲みから戻ってきた三人の騎士様が合流して、薪割をしていたルイスと黒髪の騎士様も大量の薪を運び戻ってきたことで一気に騒がしくなったのだった。



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