雛の歌姫 38
どぉん!と破壊音が体に響き、埃が舞った。
アリーシャは首だけそちらに動かして見てみると、オーレス様が壁に追い詰められていた。
その前には大きな穴が開いた床が…。
先生がゆっくりと近づいていく。
「まだ!まだ手は出してないから!未遂だよ!安心して!」
「黙れ」
先生が一蹴した。
先生格好いい。
「言ったはずだ。良からぬことはするなと」
普段の丁寧な言葉遣いとは違って、粗っぽい言葉遣いにドキドキする。
「おーいお嬢ちゃんいるかぁ」
場違いなほど呑気な声はサイノス様だった。騎士たちが遅れて来たようだった。
「ここに、います」
アリーシャはベッドから声を張り上げた。
「あーりゃま、こりゃ目の毒だな」
サイノス様はアリーシャの状況を見るとそう言った。
しかし全く動じることなく力の入らない体を起こし、手早く寝衣類を着せてくれる。
「おーい!カイウス!お嬢ちゃん保護したぞ!」
それを合図にしたように、先生は手に光る縄を持ち先端に付いた輪っかを頭上でくるくると回した。
あれ知ってる。
獣を捕獲するのに使うやつだ。光ってるけど。
あれ?先生いつの間に鎧つけたのかな?
「ちょっと待って!それ!」
「女神より賜った」
「うそぉ!」
「大人しく封印されろ!」
先生が縄を振りかざす度に、右に左にと器用に避けたオーレス様は最終的に床に開いた大穴に飛び込んだ。
逃げ場がなかったのだろう。
「ちっ!」
先生が!舌打ちした!
アリーシャは新鮮な気持ちで先生の姿を目で追った。
「サイノス!後は頼む!」
「任せとけ。やり過ぎんなよ!」
短いやり取りの後、先生は躊躇うことなく穴に飛び込んで行った。やだ、先生格好いい。
「あ、ルーチェが銀の籠に閉じ込められてて、何とかできますか!?」
ホッとしたところで、アリーシャは籠を指差した。
「ん?これかぁ。本人に解かせるのが一番だなぁ」
サイノス様はしげしげと銀の籠を見つめ、扉がないと知るとそう言った。
「まぁ、すぐに決着するからお嬢ちゃんが持ってな」
ぽん、とルーチェの入った籠を渡され、アリーシャはそれを胸に抱きしめた。何とかなりそうで良かった。
本当は今すぐにでも出してあげたいけれど。
「立てるか?」
サイノス様に抱えられるようにして床に足をつけたが、力が入らずへたりこんでしまった。
「す、すいません」
素早く支えてくれたサイノス様に自分の不甲斐なさを謝る。
「ん?謝る必要なんかねぇよ。ちょっと座ってられるか?」
そう言ってベッドに腰かけさせてくれた。
「おーい!入ってきて良いぞ!」
戸口にサイノス様が呼び掛けると騎士たちが顔を見せた。
夜中だというのに、みんな鎧をつけている。
「いいかー、よく聞けー」
全く緊張感のない声でサイノス様がとんでもないことを言い出した。
「オーレス様がおいたをしたせいでこの館にヒビが入って危険だから迅速に退避。神官等は救助したらひと纏めにしとけ。オーレス様はカイウスが封印あるいは叩きのめしている最中だから邪魔しないよーに。詳細は後で。以上、早速取りかかれー」
その言葉に呼応するように、どぉん!と地響きがして建物が揺れた。
サイノス様はそれに頓着せず、ルイスを呼んだ。
「ルイスはアリーシャを背負って行け。お前たち二人は俺が守る」
「分かった。アリーシャ、大丈夫か?」
ここで何が起きたのか、誰も聞かなかったし知らないはずなのに騎士たちもルイスも分かっているような顔をしていた。
分かっていながら口をつぐんでくれているのは優しさだ。
恥ずかしさに暫くはみんなの顔を見れそうにない。
「オーレス様のおいたも今回ばかりは笑えねぇなぁ」
ルイスに背負われサイノス様先導の元、部屋をでた。
「ルイス、足元気をつけろ」
短く注意を促されルイスは分かった!と返事をした。
足元に散らばっているのは、細かく割れた陶器やガラス片だった。
紅色の絨毯の部屋の花器や茶器ひいては嵌め殺しのガラス窓が全て割れていた。アリーシャはぼんやりとそれを見つけたが何も言わなかった。
ミシ、と床が鳴った。
アリーシャは銀の籠に入ったままのルーチェを抱きしめ、そっと目を閉じた。




