雛の歌姫 20
カイウスら騎士様たちが戻ってきた。
娼館の女性たちがアリーシャを取り巻いているのを見て皆驚いている。ルイスと騎士様がそれを説明してくれるだろう。
サイノス様の顔が緩んでいるのは誰の目にも明らかだったがカイウス先生の顔は強ばっていた。
娼館風の化粧を断ったおかげでごく薄く施された白粉と口紅にほんの少し高揚した気分は、先生のその表情を見た途端にしぼんでしまった。きっと似合わなかったのだ。
今まで化粧などしたことがなかったし分不相応だったのかもしれない。ちょっと浮かれた自分をアリーシャは恥じた。
今まさに着替えが終ろうとしていたところだったので言い訳も先生には届かない。
「あなたの好きな人って戻ってきた騎士様の中にいるのね」
帯を絞め形を整えていたカリナが唐突に言った。
「背の高い二人のうちのどっちかだね」
サリがズバリと言い当てたがアリーシャは首を振るだけで何も言わなかった。
先生に失望されたらどうしようと胸がいっぱいになって今にも泣きそうだった。
「せっかく綺麗にしたのに、女の子にこんな悲しい顔させるなんて許せないわ」
ミリーが、行ってくる!と雄々しく立ちあがり先生たちのところへズンズンと近寄って行った。
カリナが帯を結び終え、足先までも隠れる長い裾を整え満足そうに笑った。
「会心の出来よ。これであなたの好きな人の称賛を勝ち取ってやるわ。胸を張りなさい」
「うんうん。素材がいいからね、これで落ちない男がいたら不能だね」
サリが何とも返答につまる物言いをする。
アリーシャは曖昧に笑ったが自信もなく俯いた。
「だから、綺麗な格好して何がいけないの?女の子なのよ?晴れ舞台でしょうに」
ミリーがサイノス様と先生にかみついている。
「ダメじゃないんだよお姉さん。ただ立場というのがあってだね」
サイノス様が言いにくそうに困った笑顔でミリーを宥めていた。先生も困った顔をしている。
周りの騎士様たちも暫くは各々にアリーシャ達を見ていたが、片付けにまわり始めた。
アリーシャはそれを見ただけで、胸が苦しくなった。
綺麗にしてもらったのは嬉しかったが、先生に迷惑をかけるのは本意ではない。
意を決して、アリーシャは先生に近づいた。
カイウスの視線がアリーシャを捕らえ少し微笑んでいた。
「先生あの、これダメですか?」
おどおどと聞いたアリーシャにカイウスはゆるく首を振った。
「ダメではないんですよ。ただ神殿の者という立場上、相応しい装いではありませんね」
「いやいやいや!お嬢ちゃん!泣きそうな顔しなくていいから!こいつはお嬢ちゃんの体面だとか風評だとかに傷がつくのを防ぎたいだけなんだ」
サイノス様がやや焦りながら言う。
「どういうこと?」
ミリーが小首を傾げて問う。
サイノス様、汗がすごいことになっているけど大丈夫かな?
「本人を前にして言うのも何だがな、お嬢ちゃんは村の為に娼館に売られただろ?未然に防げたとはいえ、将来歌姫になろうという子に娼館のイメージを付けたくないんだよ。だから娼館が用意したその衣装はダメってこと。今回の件では、コイツこう見えてお嬢ちゃんのことすっげぇ心配してたの。わかる?」
サイノス様が先生に小突かれながらも教えてくれた。本当に汗がひどいよ?
「あぁ、そういうことだったの。意外と過保護なのね」
ミリーは納得したようだった。アリーシャにもよくわかった。
「先生、ごめんなさい。これ脱ぎます。お化粧も落とすわ」
アリーシャは不安定だった気分が落ち着き、先生にずっと心配してもらっていたことに心が温かくなって自然とそう言えた。
先生の顔を見上げると少し困った顔をしている。
「心配してくれてありがとう先生」
アリーシャはカリナ達の方へ駆け寄り帯を解き始めた。ミリーがあとを追い、慌てふためくカリナとサリに説明してくれた。
三人ともとても残念な顔をしていたが分かってくれた。
アリーシャが元の服に着替え化粧を落としてしまうと、街の中心部にある舞台へと移動することになった。
「言っておくけれど、本番は楽器ももっと増えるし舞い手もたくさんいるから呑まれないようにしっかり歌いなさいよ」
カリナが楽器を片付けながらそう言った時、アリーシャは聞き返すことしかできなかった。
「え?」
「…まさか、この数人だけで舞台を披露するわけないでしょう。うちの店の威信がかかっているのよ?昨夜は音合わせと舞の稽古で大変だったんだから!」
「そうそう。店を閉めて選曲に衣装にって皆駆り出されて、急な話だったから意見が合わなくて喧嘩はおこるし泣きだす娘はいるし」
ひょこっとカリナの後ろからミリーがいたずらっぽい顔をだして言った。
「ほんと、あの短時間でよくまとまったと思うよ」
サリがうんうんと頷いていた。
「だから、この舞台はわたくしたちの汗と涙の結晶なのよ。いいこと?失敗は許さないわよ」
カリナの真顔が怖すぎてちょっと引いた。




