雛の歌姫 16
カイウスら騎士に囲まれて、ひと塊になってアリーシャ達は街の神殿に移動した。ルイスはまだ目を覚まさない。
馬車にはアリーシャとルイス、ラセットとブルスが乗り込んでいるので少々窮屈だ。
「ルイス、このままで大丈夫ですか?」
見た感じ、どこにも怪我はなさそうだったが全く目覚めないので頭でも打ったのかと心配すると、ラセットが大丈夫だと請け負った。
「気絶させているだけだ。直に目を覚ます」
アリーシャは、ホッとしてルイスの顔を見た。
すーすー、と規則正しく寝息を立て顔色も悪くない。騎士を相手に無茶をしたのだろうと思うと申し訳なくも有り難くもあり、小さくありがとうと呟いた。
やがて街の外れの小さな神殿に着くとカイウスは騎士を二人連れて中へと入って行った。残されたアリーシャは、カイウスが傍にいないことにソワソワしながら何度もその入り口を見ていた。
「お嬢ちゃん、心配しなくても大丈夫だ。カイウスならすぐに戻ってくるさ」
そんなアリーシャを見かねて声をかけてくれたのはサイノス、と名前だけ紹介された騎士だった。
カイウスとサイノスだけ他の騎士と鎧の紋様だとか色味が違うのと、騎士たちの対応を見ていると何となく階級が上なのだろうなと想像がつく。
「あ…」
自分の子供っぽい行動を反省しつつ、騎士様がたくさんいて安心なはずなのに心細い気持ちが後ろめたかった。
「すみません」
つい謝ってしまったアリーシャに、サイノスは片方の眉を器用にも上げて
「謝るようなことじゃねぇよ。お嬢ちゃんはな、笑っとけばいい。笑顔でいてくれた方が可愛いからな」
と、冗談なのか本気なのか分からないことを言う。
アリーシャはまだ自己紹介が済んでいなかったことと、この人なら先生のことをよく知っていそうだと思い聞いてみることにした。
「あの、身売りされるところを助けていただいてありがとうございました。私はカイウス先生の生徒でアリーシャです」
「うん知ってる。カイウスがウザイぐらいにギフト持つ子供のこと連絡してくるから」
「サイノス様は先生とはお知り合いなんですね」
「昔からの連れで腐れ縁かな。ちゃんとした言葉を使うなら同僚でトモダチ」
にこっと笑ったサイノスに釣られるようにして、アリーシャも微笑んだ。
そうしている間にカイウスが白髭のお爺さんを連れて戻ってきた。なんと神殿の長だという。
清貧を心がける傍ら、街の病人の世話や治療なども行っており総勢十三名をもてなすことが出来ないと残念そうに言った。ただ、敷地は広いのでどこにでも好きな所にテントを張ってくれて良いこと、少しだけパンを分けられること、水は神殿の脇にある泉の使用を許可すること、陣を張るのに手を貸すことができるとも言った。
神殿の壁にはヒビが入り、建てられたのは数十年前だそうだ。
見かけはこんな状態だが休息日や祝日には街の人が礼拝にやってきて、食べ物や衣類などを寄付してくれるので大抵はそれで賄っているという。またこの街を治める領主が信仰深く何かと面倒を見てくれるらしく、街民の信仰は昔に比べると緩やかに減少傾向にあっても領主の庇護の元に神殿として成り立っているとのことだった。
そう言えば…とアリーシャは村と街を比較した。
村には神殿こそなかったが、村の中央に石彫りの小さな女神像がこれまた小さな祠に祀られていて花や水、お菓子や果物などが絶えることはなかった。
誰かがいつも何かを供えていて、祠の掃除は村長がやっていたことを思い出す。
先生が村にやってきてからは、ちゃんとしたお祈りの言葉を教えてもらったため子供たちも食事の前のお祈りが言えるようになった。
親は子供が悪いことをすると、女神様が見ているよと戒めたし、親たちは常に感謝を捧げ生活の中に自然と溶け込んでいたように思う。
規模が違っても、この街の神殿も村の小さな祠も女神の周りは人の善意で出来ているのだと何となく思えた。
サイノスの指示で騎士たちは手慣れた様子で簡易テントを作り、竈を作り水を用意し、あっという間に野宿の準備は整った。
まだ太陽は沈み切っておらず、夕日が投げかけられている。
夕食には少し早い時間だった。
「丁度いいから茶でも飲もうぜ」
アリーシャは多少緊張しながらカップとお茶を用意するのを手伝った。思い思いに腰を下ろし、温かなお茶をすする。
「アリーシャ」
カイウスに呼ばれ、アリーシャは素直にはい、と答えた。
「今日のうちに精霊たちの顔合わせを済ませておきましょう」
「?」
よく分からなくて首を傾げると、カイウスが穏やかに微笑んで自分の精霊を差し出した。
緑色の髪がキラキラと輝いていて、カイウス同様微笑んでいる。
「私の精霊です。ルーチェと会わせておけば、緊急時にも何かと力になってくれるし精霊同士のつながりというのも大事なのですよ」
「かわいい…」
名前はヴェルディです、とカイウスが教えてくれた。
精霊たちを会わせることでつながりが築かれ、相手との距離が遠くても会話や連絡が可能になったり、周辺の状況判断にも役立ってくれるという。
それからカイウスは精霊のことを教えてくれた。
精霊にはそれぞれの好物があり、用事を頼む時にはそれを供えること。毎日話しかけること。感謝を伝えること。決して嘘をつかないこと。
「ちなみにヴェルディの好物は花です」
「俺のとこは菓子だな」
サイノスが横から口を挟んだ。
「まぁ、可愛がってやればいい」
「(お前が言うといかがわしく聞こえるのは何故だろうな?)」
「…あ~カイウスさん、心の声が駄々もれしてるのはわざとなの?」
それを無視した形でカイウスは続けた。
「さっき、アリーシャが娼館の前で逃げ出した時、あの時もルーチェが君に力を貸していたんですよ」
「え?」
アリーシャは瞬いた。
「気づいていなかったでしょう。アリーシャの強い願いに反応して逃げる手伝いをしてくれていたんですよ」
ぽかん、と口を開け間抜けな顔をしたアリーシャだったが、ルーチェを掌に乗せてまじまじと見つめると相手はニッコリと胸を張った。
「あ、ありがとう」
ぎこちない感謝だったがルーチェは嬉しそうだった。
「いや~、あれは見事だったな。お嬢ちゃんの姿が乱反射したみたいになっていくつも出現したから現場が混乱しまくってたもんな」
サイノスがニヤニヤしながら騎士たちを見て言った。
「…あれには本当に驚かされました。私たちもまだ修行がたりませんね」
ラセットが苦笑しながら言った。
「蜃気楼みたいなもんだったよな?俺、捕まえたと思ったら実体がなかったもん」
ブルスが隣の騎士を見て同意を求めた。
「全くです。お前、敬語使え」
同意を返されながら注意も返されている。
和やかな雰囲気にアリーシャも笑う。
ルーチェが掌からふわっと飛び立ち、ヴェルディや他の精霊たちとお喋りを始めた。
精霊たちがくるくると辺りを飛び回り、戯れる様は夕日と相まってそれはそれは幻想的な風景だった。
アリーシャ「好きな物ある?」
ルーチェ「ん~、お砂糖?」
アリーシャ「甘いものが好きなのね」
ルーチェ「お花も好き」
アリーシャ「綺麗なものが好きなのね」
ルーチェ「あとキラキラの石と朝の霧と太陽と夜の風と女神様の泉とアリーシャの髪とカイウス」
アリーシャ「!」