雛の歌姫 14
「そんな横暴な!」
主人が抗議の声をあげた。店の奥から使用人らしき男の人が数人こちらの様子を見守っている。要は野次馬だ。
「横暴なのはそちらでしょう。女神のものを横取りしようなどと不届きな痴れ者は神殿へ引っ張って行って取り調べを受けていただきましょう」
叩けば他に余罪も出てきそうですしね?と低い声で凄まれた主人がひえぇ、と情けない声をあげて腰を抜かした。
「おま、お前たち!何とかしてくれ!」
主人が奥へ向かって誰かを呼んだ。野次馬は互いを見合って動こうとはしなかったが、その野次馬を割って数人の体格の良い男たちと一緒に柔和な顔立ちのひょろりとした若い男が出てきた。
「この度はお騒がせを致しております」
彼は丁寧に頭を下げた。肩に結わえた長い髪が一緒に垂れた。
「女神様のお邪魔をするなど主人も本意ではございません。ただ数年来の悲願でしたのですぐには諦めがつかないのでございます」
年寄りは頑固でして、と彼は優しく笑った。
「それで諦めてはいただけるのですね?」
「勿論でございます。ただ諦める為にもよすがをいだだけないでしょうか。何、大仰なことではごさいません。」
彼はアリーシャをうっとりと見つめまた優しく笑った。
「何をさせようと言うのです」
カイウスが警戒するように問い質した。
「女神様に捧げる歌声を私どもにもお聞かせいただきたいのです」
カイウスは黙り、アリーシャを見た。その目にどうする?と問われているようだった。
野次馬からも主人からも騎士たちからの視線も全て受け、アリーシャは困ってカイウスにそっと囁いた。
「私が歌ったら解決しそう?」
「そうですね、アリーシャが嫌でなければ」
「じゃあ歌う」
カイウスがため息をついたのでアリーシャは自分の選択が間違っていたのかと心配になった。
「先生は嫌?」
「いいえ。大人の汚いしがらみに付き合わせることになって腑甲斐無いだけです。気にしないように」
「ここで歌ったらいいの?」
アリーシャがキョロキョロと見回して、どの辺りまで声を届かせたらいいのかと考えていると、彼は慌てたように手のひらをこちらへ向け、お待ちを!と言った。
「私どもだけで歌を堪能するのは勿体のうこざいます。舞台を改めて整えますので、どうぞ明日までお待ちを。騎士様にもこちらに逗留いただきお世話をさせていただきたく」
彼はそう言うと、また丁寧に頭を下げた。
「まぁこの辺りが落としどころだな。お世話してもらおうぜ」
サイと呼ばれた騎士がニヤリと嬉しそうにカイウスの背を叩いた。
「こちらに世話になるつもりはありません」
カイウスの返事はにべもない。
「えー!!」
それが子供のようでアリーシャは頬を緩めた。
「お前は本当に馬鹿だな。将来の歌姫がここに逗留したなどと醜聞以外の何物でもないだろうが。汚点になる行動は慎め。いい加減、本能で生きるのはよせ」
頭ごなしに叱りつけるカイウスは、いつもの先生の顔でなく青年の顔をしており、落ち着いた大人の印象しか持たなかったアリーシャに興味を持たせた。
(もっと色々な表情を見てみたい)
興味深くやり取りを見ていると、カイウスがそれに気付き咳払いをして元の顔に戻してしまった。
「まぁとにかく、私たちはこちらの街の神殿で夜営するのでご心配なく。そちらの手筈を明日の朝までに整え連絡を下さい。この街を明日の昼に出ますのでお間違いないよう」
淡々と言い渡すとカイウスはさっさとアリーシャごと背を向け入り口に向かった。