雛の歌姫 13
「まだ話がついてなかったのかサイ」
カイウスがちょっと責めるような響きを乗せて言った。
「そうは言ってもなぁ」
サイと呼ばれたその人はへらり、と笑った。その顔は愛嬌がありカイウス同様背が高く、しかし枯れ葉色の髪は短かった。
「…へぇ。その子が例の子供か」
「じろじろ見るな」
いつもより粗っぽい口調に、アリーシャはキョトンとするばかりだった。
その間にもカイウスがすたすたと近づいていき、主人を睥睨した。
「そちらが買い求めたという少女は歌姫として召し上げる旨、通達があったはずですが何か不満でも?」
先生のこんなに冷たい声を聞いたのはいつぶりだろう。
アリーシャはカイウスにすり寄った。
「…おお、騎士様。そりゃありますとも!」
主人は勢い込んで話だした。
「こっちは村一つ救う為に法外な値段で娘を買ったんですよ。国の支援も女神様のお恵みも行き渡るのがちょっとばかり遅かったからです」
「おい!」
傍にいた騎士が声を上げたがカイウスは手でそれを制し、それで?と続きを促した。
主人はチラチラとその騎士を気にしつつも喋り始めた。
「私のところは人より何か秀でた物がある娘を集めていましてね。歌が上手いことと器量の良いことは仲買人から聞いてましたから、そりゃあもう期待していたわけですよ。何しろ神殿へ上がるくらいだと専らの噂でしょう。法外な値段にもなります」
チラリとアリーシャに目をやった主人に、カイウスは厳しい表情を変えずにただ静かに聞いているようだった。
主人は一度、ハンカチを出して首の汗をぬぐい、しまうと下から伺うように見上げて話を続けた。
「いえね、お得意様にこんな娘が入ることになったから是非見にきてやってほしいとね。明後日のお昼からお披露目を始める心積もりで方々に手を回して準備をしていたんです」
そう言って広い玄関の板敷きの一角を指差した。
刺繍の施された分厚い敷布が山になって積み重なり、燭台やら樽酒が壁一面に並べられていた。
「ここまで準備をしていたのに、急に今になって無しにはできないんですよ」
「おかしなことを言う」
カイウスは穏やかに言葉を続けていく。
「この子が売られると決まって、三日で村から出ることになったのは何故でしょうね?」
答えない主人に視線を固定したままカイウスは続けた。
「ただの一仲買人であるパトリック殿が、法外な値段を即決で決めたのでしたね。主人の意向も伺わずに。そんなことがあり得るのでしょうか?」
答えない主人に畳み掛けるように言葉を継いで投げ掛ける。
「通常であれば、パトリック殿はあなたにこんな少女が居るが、と伺いを立て村とこことを行き来して双方向でのやり取りをするものでしょう」
主人の口がひくり、と震えたことは誰の目にも明らかだった。
「行き来するだけで早くても一週間以上かかる話を、たったの三日で纏めることが出来たのはずっと以前からアリーシャに目をつけていたからです」
鋭い視線を投げかけ、カイウスは断定した。
うわぁ~容赦ねぇな、と横の騎士呟いた。
アリーシャには、それがどちらへ向けられた言葉なのか判断できなかった。
「あなたは干ばつが国中に広がって村が困窮することを予測していた。そこへ物資を山盛り持たせたパトリック殿を送り込み、村が断れない状況を作り出した上でアリーシャの身売りを持ち出すよう予め決めてあったのでは?」
「…それは偶然でしょう。騎士様も案外思い込みが激しいですな」
「タイミングが良すぎたんです。あと数日、あるいは一週間たてば村にも支援物資が届いていたはずですよ。それではあなた方には都合が悪い」
「誤解ですよ騎士様」
カイウスと主人は睨み合っていた。
「先程、言っていましたね?特技のある娘を集めていると。この子の歌が上手いこと、容姿が美しいことをずっと前から知っていて機会を狙っていたというのも誤解ですか?」
「ええ、誤解ですよ騎士様」
「しかし神殿に上がる予定だということは知っていましたね?」
「ええ、そりゃあね、こういう商売ですから」
歯切れ悪い主人をひたりと見据えてカイウスは笑った。
「あなたの罪状は誘拐です」