雛の歌姫 12
やはりというか、当然というか、カイウスに連れられてやって来たのは件の娼館だった。
入り口らしき門扉には、ちょっと怖すぎる男の人が四人槍を手に門番をしている。その人の倍はあろうかという高さの赤銅色の金物の門扉は頑丈そうで遠目にみても、近寄ろうという人の気がしれない。
体を固くしたのをまたカイウスになだめられる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。話はついているはずですから」
アリーシャは小さく頷いた。
白く高い塀が建物をぐるりと囲っており、中は伺い知れない。
門扉から少し離れたところに乗ってきた馬車と馬が置かれ騎士様たちがたむろしているのが見えた。
アリーシャは先生、とカイウスに呼び掛けた。
「ん?」
「騎士様に謝ってきます。迷惑かけたから」
カイウスから下ろしてもらい、アリーシャは駆けて行った。
黒髪の長い騎士様と紺色の髪の騎士様と、護衛してくれていた6人全員がいた。
アリーシャは駆けた勢いのまま声をあげた。
「あの!」
全員の目が一斉にアリーシャを捉え、怯んだ。でも何かを言われるのが怖くて急いで先に言った。
「さっきは逃げ出して迷惑かけてごめんなさい!」
騎士様の顔を見ないで頭を思いっきり下げた。
「…まぁ無事でよかった」
声は怒っていなかった。どちらかというと呆れを含んでいる気がする。
そろそろと頭を上げ、恐々顔を伺うとやはり苦笑していた。
「いやぁ、あれだけの逃げっぷりを見せられるとな。逃げ出したい程、嫌なんだなって分かるさ」
藍色の髪の騎士様がにこやかに笑った。
「あ、俺の名前ブルス・クローノっていうんだ。覚えてて」
何気なく名前を教えられ、他の騎士様にブーイングされていた。軽薄さは否めない。
「多少フライングだが、あなたの護衛は終わった。名前を明かしても問題ないだろう」
黒髪の騎士様がため息交じりに呟いた。
「私の名はラセット。あなたの今後が楽しみだ。巫女どの」
片膝をつきアリーシャの手を取って彼は見上げてきた。
物語の中のような行為にアリーシャは戸惑い頬を赤らめた。
「隊長ズルい!そんな正式なやつやったら印象強く残るじゃないですか!」
「そうだそうだ。ただでさえアンタ目立つのに!」
「たまには部下に見せ場を譲れ!」
次々と名を明かされアリーシャは目をパチクリさせた。
「アリーシャ」
カイウスに名前を呼ばれ、アリーシャは騎士たちにまたペコリと頭を下げて走って戻った。
すぐさまカイウスに抱上げられて戸惑う暇もなく門扉をくぐった。
(先生、急いでたのかな?遅くなっちゃったかな)
カイウスが性急に思え、少し気になって顔を覗き込んでみた。
「アリーシャ?」
逆に、どうかしたのかと伺われアリーシャは何でもない、という気持ちからふるふると頭を振った。
視線を前に向けると、門扉と同じように観音開きの大扉が開け放たれ極彩色の色合いが目に痛い。近づいていくにしたがって、それらが裸婦と鳥や植物の絵であると気がつく。
裸婦のあられもない姿に目のやりようがなく、ぎゅっと身を縮め通り過ぎるのを待つ。
薄い紗を幾重にも重ねた暖簾をくぐると、広すぎる玄関にカイウスと同じような色味の鎧を着た騎士と他に三人の騎士が目に入った。
恰幅の良い主人らしき人がへたりこんでいる。
「そんな、そんな…。もう大々的に売り出そうとあちこちに声をかけてたんですよ…!」
「そうは言ってもしょうがないだろう女神令出ちまってるんだし」
「これじゃあ信用が台無しですよ!商売あがったりだ!」
「悪いな。この金でのみこんでくれや」
嘆く主人を相手に飄々と相手をしていた騎士が振り返って、よう!と手を上げた。
「遅いじゃねぇか」
ブルス「…隊長。なんでカイウス殿、アリーシャちゃん抱っこしてんですかね?」
ラセット「…俺に聞くな」
ブルス「あの暴れっぷりに、笑ってスカート押さえてあげるとか溺愛してんなー」
ラセット「…。カイウス殿には何か考えあってのことかもしれん」
ブルス「いちゃついてるよーにしか見えないですよね?」
ラセット「俺に聞くな」
ブルス「年の差もありかぁ」
ラセット「お前は一年中頭の中が幸せそうだな」