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結局アリーシャはその日の午前中を小神殿で式を見て過ごした。
オーレス様はアリーシャの頭に乗ったきり動こうとはせず、意外に大人しくしている。寝ているのかもしれない。
これで午前の分はおしまいね、とキャトルーが言うまでじっと立ったまま食い入るように見た。
どの花嫁も花婿も明るい表情をして祝福を受け、互いに幸せを誓いあう。素晴らしい空間だった。
「初めて見た感想は?」
キャトルーが掌を差し出しながら言ったので、それに書き込む。
「…(とても素晴らしい。私も歌ってお手伝いしたい。ベールを被って顔を隠すから)」
勢いよく書くとキャトルーは驚いていた。
「まぁ!気に入ってくれたようで嬉しいわ」
そう話すうちにも神官と巫女たちが出てきてキャトルーに口々に声をかけていく。
その一つ一つに挨拶を返すキャトルーの横にいるアリーシャにも声が次々とかけられていく。
知らない顔もあったりして戸惑いながら、口を大きく開けて声が出ないながらも返事をする。
「あぁ本当に声が出ないんだね」
「なんてことだ!」
「あんなに素晴らしい歌声を聞けないなんて」
ひとしきり嘆くと神官たちは今度はアリーシャを励ましていく。
「早く良くなるように祈っているよ」
「気をおとさずに」
「きっとまた声が出るようになるさ」
その神官たちが過ぎると今度は巫女たちに取り囲まれた。
「アリーシャ!声がでないなんてどうしたの?」
「私にできることがあれば何でも言ってね!」
どの顔も見知った相手でほっとする。
「シュティーア様のことは残念だったけれど元気を出してね」
全く的外れな言葉がかけられ咄嗟に言葉が出なかった。
それをキャトルーが庇ってくれた。
「あなたたちの気持ちは嬉しいけれどそろそろ出た方が良いわ」
「アリーシャは行かないの?」
オルガが言外に一緒に行こうと誘っていたがキャトルーが首を振ってそれに応じなかった。
「アリーシャはこれから救務室よ」
キャトルーには解っているのだ。
不用意な言葉にアリーシャが対応できずまごついたことを。
この人にはずっと頭が上がらないだろうな、と思った。
小神殿を出ると外にはスタグハインド様とブルス様が扉を開けてくれた騎士たちと話し込んでいた。
「あら、いらしてたのね」
キャトルーがちょっと意地悪く声をかけるとスタグハインド様が同じ調子で返した。
「全く、あちこち探す羽目になっていい迷惑だったぞ」
けれどもキャトルーもスタグハインド様も笑っている。多分何でも言える間柄なんだ。
大人ってよく分からないところもあるなぁ、と思っているとブルス様が声出ないって聞いたけど大丈夫なの?と優しい言葉をかけてくれそれに頷く。
「あと、カイウス様が…」
言い澱んでちらっとスタグハインド様を見た。それに気づいたスタグハインド様はニヤニヤ笑い。
何だろう?
「カイウスが面白いことになっていたぞ。アリーシャは自分のだからって牽制してな。付き合うことになったんだろ?」
「…!」
驚き真っ赤になるアリーシャをまたもやニヤニヤと見ながらスタグハインド様は今度は声を上げて笑いだした。
「ははは!こっちはまだ心の準備が出来てないっぽいな!」
「あの牽制って俺にですよね…」
「まぁ、カイウス様ったら大人げないこと」
三者三様の感想に、アリーシャは心の中でため息をついた。
(恥ずかしいから言い触らさないでほしい)
騎士たちには早い段階でその話が広まりそうだ。
こうしている間にも先生自らが広めている気がしてならない。
「ま、目出度いことだ」
のんびりと歩きだしながら、前方の神官と巫女たちの後をついていく。
「次はどこに行くって?」
「救務室へ参ります」
「まだ行ってなかったのか」
「ええ。少し気分転換してからと思いまして」
そうした間にもキャトルーはアリーシャの手を引き、前にいるスタグハインド様に答えていく。
「声が出なくなったんだろ?体調は問題ないのか?」
「えぇ。風邪でもないようですし」
「案外カイウスが原因だったりしてな」
「滅多なことを言わないで下さいませ。どこで誰が聞いているかわかりませんのに」
「ははは、冗談だ」
少し引っかかる物言いに気分が沈む。
先生を原因にはしたくない。
「…原因が何であれ解決法を探すのが先だろうに」
オーレス様がアリーシャにだけ聞こえる小さな声でそう言ってピチチと鳴いた。
キャトルー「ねぇアリーシャ。その頭の上の小鳥なのだけれど、披露会で見た気がするの」
アリーシャ「(そのオーレス様です)」
キャトルー「やっぱり!お目にかかれて幸栄ですわ」
オーレス 「うむ!楽にせよ」
キャトルー「お気遣いありがとうございます。オーレス様もアリーシャを心配してついてきて下さいましたのね!」
オーレス 「う、うむ。心配でな!なにせ類い稀なる歌姫だからな!」
アリーシャ「(今朝たまたま来ただけだったような)」
キャトルー「そうでしょうそうでしょう!ではアリーシャのこの症状はどうしたら治るかご存じで?」
オーレス 「う、いや私にも分からないのだ」
キャトルー「そうですか。何かご存じでしたら是非お教え下さいませね」
オーレス 「そうだな。知っていそうなものに声をかけてみるか」
キャトルー「まぁ!流石頼りになりますわぁ」
オーレス 「そうだろう!」
キャトルー「それではまた明日の朝お待ちしておりますので、どうぞお声をかけに行って下さいませ」
オーレス 「ん?いや、私はまだ…」
キャトルー「それから早朝や深夜などの非常識なお時間は避けて下さいませね。当然お分かりのことと存じますけれど。わたくしこれでもアリーシャを守り育てる指導者ですのでご用はわたくしを通していただけると有難く存じます」
アリーシャ「(…神様相手でも言いたいこと言うキャトルーってすごい)」