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キャトルーに連れて行かれた小神殿の入り口の扉を二人の騎士に開けてもらいそっと中に滑りこんだ。
扉の傍に立ち祭壇の方を窺うと丁度エルバとアルガと巫女たちが綺麗なハーモニーを響かせていた。
その音の重なりが神殿の中で反響し今結婚したばかりの若い夫婦と少数の参列者に微笑みをもたらしている。
歌い終えたエルバとアルガが壁際へ移動する途中にアリーシャを見つけたらしい。にこりと笑い小さく手を振るので、アリーシャも微笑んで式の進行を見守った。
女神を祀った祭壇の前に並んだ神官が、清めの水を参列者と夫婦に振り撒いていく。
これでもう式は終りだ。
今、新たに夫婦が誕生しました、と決まりの文言を主神官が言うと拍手に包まれぞろぞろと小神殿を出ていく。
花嫁と花婿は互いに手を繋ぎ、新居に戻るまで手を離さない習わしになっている。
長い階段を降りていく時にも新居に戻る間にも、長い人生手を携えて歩んでゆけるようにと祈りが込められた習わしだそうだ。
女神の象徴花であるウリーヴォの蔦で編んだ冠を被った二人が通り過ぎるのをキャトルーと一緒に頭を下げて待つ。
参列者も当事者も決して華美なドレスではなくただの余所行きの服でこの式を受けていたけれど、皆の表情は満足げで祝福を示すものだった。
幸せになりなさいよ!と誰かが言い、勿論!と答える声が聞こえる。誰も彼も嬉しそうに、二人に声をかけあいガヤガヤと小神殿を出て行った。
それを見送って漠然とした感想は、いいなぁ、だった。
先生とあんな風に結婚式を挙げ、周囲に祝福されたいと願ってしまう気持ちは独占欲だろうか、と首をひねる。
既に身を起こしたキャトルーはアリーシャを見ていた。
「あんな風に」
と言い出したキャトルーにギクッとしたのはばれただろうか。
アリーシャは無心を装って続きを待った。
「アリーシャにも歌ってもらおうと思っていたけれど、多分無理ね」
キャトルーは苦笑していた。
「…(どうして私は無理ですか?)」
不安になって聞くとキャトルーはアリーシャの背に手を当てて撫でた。
「違うのよ。私の言い方が悪かったわ。あなた、歌姫や周りばかり見ていたから気づかなかったのね」
くすくす、と笑って言う。
「あの花婿、こちらに歩いて来る間ずっとあなたのこと凝視していたのよ。アリーシャの美しさに吸い寄せられたみたいに。結ばれたばかりの夫婦に亀裂を入れたくなければアリーシャはここで歌うことは止めた方が良さそうよ。勿論あなたのせいではないけどね」
アリーシャのギフトである美貌が花婿をダメにしてしまうのなら、ルイスを隣に置いておけば大丈夫なのでは?と思ったけれど、黙って残念そうに頷いておいた。
「さあ、次の祝福を待つ新婚夫婦も見ていく?それとも救務室へ行く?」
アリーシャは次の式も、その次の式も見続けた。
どの花嫁も美しい表情をしていた。
自分が、あんな風に満たされた表情で結婚式を挙げるのはいつになるだろうか?
まてよ、結婚式を挙げないという選択肢もあるしそもそも先生が結婚してくれるかも分からない。
どんどんとネガティブな思考に陥り、その都度キャトルーが話しかけアリーシャを引き戻していく。
神官や巫女たちもキャトルーとアリーシャが来ていることに気づき、一緒に歌ってはどうかと言ってくれたが、キャトルーがアリーシャの声が出ないことを説明すると皆一様に驚き残念そうにした。
あの披露会で聞いたアリーシャの歌声を覚えてくれていたのだ。
そして、早く治るといいねと優しい言葉をかけてくれた。
それだけでアリーシャは心が温かくなり涙が滲んだ。