雛の歌姫 9
「・・・ここどこ?」
答えはおじさんがくれた。
「もうすぐ到着するぞ。腹をくくってくれ」
寝起きのぼんやりした頭でそれを聞いたアリーシャは、じわじわと毒が染み入るように胸が黒く蝕まれる錯覚に陥った。
「・・・うそ。先生は?嘘だよね?」
おじさんが無慈悲にも否定した。
「先生は間に合わなかったんだアリーシャ。だから言ったんだ、夢を見ない方がいいと」
最後の言葉はルイスに向けられていたのかもしれない。ルイスはぐっと奥歯を噛みしめている。
「間に合わなかったの・・・?」
呆然と呟いた。自分はこれから娼館に売られるのだという現実が暗い奈落へとアリーシャを突き落とした。こらえきれない思いが涙となって溢れ出してくる。
「そんなはずない!アリーシャは女神様から加護をもらったんだ!娼館で働くなんて間違ってる!」
ルイスがアリーシャの頭をぎゅっと腕の中に囲い込み、おじさんから姿を隠そうとしてくれていた。
「坊主、いい加減にしろ!夢物語はその子にとって辛くなるだけだ」
おじさんが怒鳴った。アリーシャもルイスもその大声にびくっとしたが反抗の意思は変わらなかった。
やがて馬車が止まり、辺りが騒めいているのが分かった。遂に到着してしまったのだ。
アリーシャはビルの腕の中でぶるっと震えた。
「店に話をしてくるから待っていろよ。逃げようったって騎士様に見張りを頼んでおくから無駄だぞ」
おじさんはそう言いおくと自分でドアを開けて出て行った。
「アリーシャ、いいか。外からドアが開いた瞬間、飛び出して逃げるぞ」
「え?でも見張りがいるって・・・」
アリーシャはルイスの腕の中から顔を上げて見つめた。見慣れた整った顔が間近でアリーシャを優しく見つめていて一瞬ドキっとする。
「俺が体当たりするから隙が出来るだろ。その間に走って人ごみの中に逃げろ」
「でも、それじゃあルイスが・・・」
「俺は大丈夫だ。一緒に逃げれたら良かったけど、騎士が六人もいるもんな」
はは、と照れたように笑うルイスは少し大人びて見えた。
「あとは女神様の加護があるらしいからとにかく祈れ」
「ええ?」
大雑把な逃亡計画だ。しかもルイスを犠牲にした後は一人でどうしろというのだろうか。
しかし、このままでは確実に娼館へ売られそこで生きることになる。
アリーシャに選択肢はなかった。
「ルイス、あんまり無茶しないで。怪我も」
「分かってるよ」
短く答えたルイスをぎゅっと抱きしめた。