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雛の歌姫  作者: やよい
旅立ち編
1/118

雛の歌姫 1

好きに書き散らしておりますので、読みにくい点もあるかと思いますが

どうぞよろしくお願い致します。


 

 アリーシャは、とうとう15才になった。

 永遠にこの日が来なければいいのに、と何度も願って祈った。


 母は怒っているような、悲しそうな変な顔をしている。父は少し嬉しそうに見える。

 生まれ育ったこの村で、珍しくご馳走を用意して一家はアリーシャの誕生日を祝ってくれる。

 まだ小さな弟や妹たちがテーブルの上の料理にくぎづけになっていた。

 そわそわと落ち着きのない弟妹たちの面倒を見るのは、いつもアリーシャの役目だった。もう後、数日でそれも終わるけれど。


「アリーシャの新しい門出を祝って、母さんが腕を振るってくれたんだ。好きなだけ食べなさい」


 父が言った。

 それはそうだ。だって、アリーシャが売られたお金でほとんど賄ったご馳走なのだから。

 かごに山盛りになったパンに、果物の皮を煮詰めたほろ苦くて甘酸っぱいジャム。ほんの少しだが蜂蜜もある。野菜や肉がたくさん詰め込まれた水っぽくない煮込みに、滅多に開けない樽酒に、隣のおじさんがこの日のためにと捕ってきた山鳥の羽をむしって内臓を抜き窯で塩焼きにした鳥肉、揚げたジャガイモ、保存食としてツンと刺激のある匂いを放つきのこのマリネ・・・


 弟妹たちはご馳走を前に、我先にとかぶりつきコップを倒して母に怒られ、途端に始まるご馳走の取り合いと些細な罵りあい。

 家族みんなが賑やかに、笑顔で食べている。

 

 アリーシャを除いて。

 アリーシャはそれをぼんやりと見ながら無理に食べすすめたが、やはりそんなには食べられなかった。


「なあ、アリーシャ。何か歌ってくれないか」


 父が樽酒を飲みながら上機嫌で言った。

 村の飲み屋と勘違いしているのではないだろうか。あいにくと、アリーシャはそんな気分ではなかったし家の中で歌うには声量が大きすぎて残念な結果になるだろう。

 アリーシャの歌声はざわつく飲み屋や人ごみの中でも容易に聞き取れてしまうほどだから。

 だからアリーシャはこう言った。


「父さん、ごめんなさい。私、胸がいっぱいで・・・」


「・・・そうか、残念だな。お前の歌声を最後に聞いておきたかったんだ。なあ、本当にちょっとでいいんだ。ほんのちょっとだけ、頼めないか?」


 アリーシャは母を見た。

 母も頷いて父に同意を表している。

 小さな声で、じゃあちょっとだけと断ってアリーシャは歌いだした。

 村に伝わる子守唄を。小さな声でも歌える歌はこれしか知らなかった。

  

 低く優しく紡がれる歌声に、誰もが黙り食事も止まってしまう。

 子供を寝かしつけるだけの短い歌なのに、アリーシャが歌うとまったく違うのだ。

 陶然と聞き入る母の瞳が潤んできた。

 

 歌が終わると、わあー、と弟妹たちが拍手をくれる。

 母がそっと後ろをむいてエプロンで目元をぬぐっている。

 父も、やっぱりアリーシャの歌は上手だな、と褒めて拍手をくれた。





  夜になり、片付けが済むと弟妹たちを狭いベッドに押し込み寝かしつける。それもアリーシャの役目だ。

 この日が来るまで何度も何度も考えた。

 父や母は、アリーシャがいなくなっても何とも思わないのだろうか。


 家のこと、畑のこと、弟妹たちのこと。


 アリーシャはたくさん手伝ってきたし、家の仕事を任されることも多かった。

 それがなくなれば両親の負担は大きいし、アリーシャがいればなあと思ってくれるだろうか・・・

 

 でも結局、聞けなかった。


 胸の中で、何度も問いかける。答えは─────・・・

 肯定してほしい。でも違ったら?


 ベッドの端には13才になるジョンがぐうぐう寝ている。

 まだまだ幼い言動の弟だが、アリーシャがいなくなれば彼がアリーシャの分まで家を手伝わなければならない。でもジョンは反発するだろう。

 アリーシャが畑のことを教えようとしたり、家のことを頼もうとすると逃げ出したり悪態をついて覚えようとしない。これまでの経験から父の拳骨が落ちないと無理だと思う。


 その隣に眠っているのは、12才のソフィア。ジョンのすぐ下の妹で、家のことも弟妹たちの面倒もよく見てくれる。ソフィアがジョンをサポートしながら、これからやっていってくれるといいんだけれど。


 まだその下には8才のやんちゃな双子のエリックとケビン、6才の寂しがり屋のエミリー、5才のお転婆なルーシーがいる。


 アリーシャはみんなのあどけない寝顔を見渡して小さくため息をつき、そっとベッドを抜け出した。

 ベッドの脇に置いてあるわずかに装飾の施された箪笥は、母の花嫁道具だった。

 貧しかった母の両親が、一年かけて作ってくれたのだと嬉しそうに語る母の顔を見ながら、自分が嫁ぐ時は何を持たせてもらえるかと、小さなころは夢想して楽しんだものだ。

 自分たち兄弟はみんなその話を何度も聞かされ、女の子は特にこの箪笥を大事に扱ってきた。

 

 しかし、アリーシャは人買いに売られ何も持たずに家を出る。

 自分の今後は嫁ぐことさえ、ままならないだろう。

 だって、アリーシャを買ったのは山を三つばかり越した先の大きな街の娼館なのだから。


 箪笥の一番小さな引き出しから手鏡を取り出し覗いてみる。

 そこには、とんでもない美人が映っているはずだった。

 しかし映っていたのは、自信なさげで険しい顔をしたアリーシャだった。


 窓から差し込む青白い月の光に照らされたアリーシャの美貌がゆがむ。

 この顔でさえなければ・・・

 売られることが決まったのはこの顔のせいだ。



 兄弟の誰もがアリーシャと似ていない。なぜならアリーシャは天からのギフトを持って生まれてきたからだ。

 昔から言い伝えられていた奇跡がアリーシャの住む村に起きたのは、アリーシャがまだ母のお腹にいたときだったそうだ。

 




※ ※ ※



 数十年から数百年に一度、流星群の落ちる地に天からのギフトが与えられるという。

 それが山や野原や森の場合、二年間に限定して植物がすべて薬になり、動物は言葉を話し、川や泉は万病に効く聖泉となる。

 それが村の場合、二年の間に生まれる赤子がすべて美貌を備えることとなり、長じては素晴らしい特技を持つという。

 その話を教えてくれたのは、王都から派遣された神殿の学者カイウス先生だった。



 15年前に流星群が、王都から離れたこの村に落ちた時何人もの学者がこの村に訪れた。それと同時に悪人も村へ入り込んだ。

 言葉を話す家畜に村は大騒ぎで、夜になるとよそ者が村を荒らしまわり畑の野菜は根こそぎ盗まれ雑草まで引っこ抜かれる始末で、村長はあっという間に老け込んだらしい。

 そこへ、王都の神殿から若い学者のカイウス先生と数十人の騎士が駆けつけ村に平穏を取り戻してくれた。

 先生は村の子供たちに勉強を教える傍ら、ギフトのその後を調査・研究するといって15年間村に住み続けている。騎士たちは2年間のギフト期間が終わるまで村を守ってくれた。


 更にはこれまでは村長が読み書きを教えてくれていたのをカイウス先生が変わって教えてくれることとなり、最初は若い先生の言うことなど聞かず、読み書きよりも子供たちに畑仕事や労働力を期待していた親たちも先生の熱心で親切な説得により村で初めて学校が出来た。

 村長の気まぐれにより開催される読み書き教室よりも、はるかに知識量の多いカイウス先生が教えてくれることは子供たちだけでなく、親たちも虜にした。聞いたことのない異国の物語や、神話ときには薬草の知識や算術などは親の役にも立ったし、子供たちはみんな目をきらめかせて先生の話をむさぼるように聞いた。

 アリーシャもその一人だ。

 特にギフトを受けて生まれてきた三人の子供たちは、先生とたくさんの時間をすごしてきた。

 一人一人に隠された美貌以外のもう一つのギフトを、先生は探してくれた。


 ルイスには戦う力が。ビルには作物を大きく育てる力が。アリーシャには美しい歌声が。


 一番ギフト探しが難航したのはビルだった。のんびりした性格の彼が、なんとなく畑の水やりをしたり、なんとなく肥料を与えたり普段からなんとなくやっていたことが、まさに天啓ともいうべきもので、彼は本能で作物の状態がわかってしまうことを自然に捉えていた。

 そして村にとって一番必要な人間になったのだった。

 ルイスは、森に入り狩りをすることで動物の肉を村にもたらした。もともと体格も良く、子供にしては力もあったので畑仕事にも貢献したし彼も村には必要な人間だった。

 アリーシャはというと、ただ上手に歌を歌うだけ。腕力もないし賢くもないし村にそれほど必要とはされなかった。年に一度のお祭りの時だけ、歌を歌って場を盛り上げる。それだけだった。

 それでもカイウス先生は褒めてくれて、たくさん歌ってもっともっと上手になれば将来は神殿へあがり歌姫として女神にお会いできると言ってくれた。アリーシャはそれが嬉しくて、先生の言うとおりたくさん練習して色んな歌を覚えた。


 10才になった頃、三人の子供たちの将来をどうするかと村長と親たちとカイウス先生との話し合いの場が何度も設けられた。

 三人は学校に来た両親たちとカイウス先生の話を聞きたくて、こっそりと先生が授業で使う道具や本の置いてある教室の隣の小部屋に入り込み、小さく扉を開いて聞いていた。


 ビルのことはすぐに決まった。

 彼に土地を無償で与えて、より虫に強くより天候に左右されない強い品種の作物を研究してもらおう、と村長は言い親たちも同意した。


「もしビルがもっと外の世界の作物を知りたいと言えば、どうするのですか?」


 カイウス先生の普段は優しい顔がいつになく真剣で、声音も違うことにアリーシャはドキドキした。


「欲しい物があれば取り寄せよう。行商のパトリックに頼めばほとんどの物は手に入るだろうて」

 

 村長は続けてこうも言った。


「ビルがいれば作物は育つし、収穫は増えるじゃろう。ギフトをうけて生まれてきたのはこの村を豊かにするためではないのかのう?村から出ていくことは恩を仇で返すことと同じじゃて」


 ビルの顔は無表情になった。そしてぽつりとつぶやいた。

 僕は一生村から出ることは出来ないんだね、と。


「では、ひとつ約束をしていただきたい。」


 カイウス先生が低い声で言った。

 びくり、とビルの背が震えた。


「彼はまだ10才の子供です。これから失敗することもたくさんあるでしょう。その失敗がみなさんへ被害として与えられた時、どうか彼を責めずにいただきたい。本来、ギフトを持つ子供の保護権は、村や両親ではなく国にあるのです。彼が理不尽に責められるならば、私は彼の保護を国に託す書類を作ることも辞さないでしょう。ただ今の彼には両親が必要で、温かい家庭で成長することが望ましいと思っています。どうか彼に過度な期待をかけず見守っていただけるようお願いします」


 頭を下げたカイウス先生に、村長が怒りの声をあげた。


「そんな、そんな話は聞いたことがない!ビルはこの村のものだ!」


「ビルもルイスもアリーシャも、偶然この村に生まれつき偶然この村に奇跡が起きたのです。流星群が落ちてきた後、どうして王都から私や騎士団が派遣されたと思いますか?届け出はなかったけれどこの村の騒動は王都まで筒抜けで、この地にギフトがもたらされたことを確認するために騎士が派遣され、それと同時にギフトを持った者たちを保護するためです」


 カイウス先生はそう言って村長と三家族の親をゆっくり見渡した。 


「昔からギフトを持った者は、迫害されたり隠されてまともな人生を送れる者は一握りでした。それを防ぐために私たちが派遣されるのです。ギフトを村のために、と願うのは村長として正しい判断なのかもしれません。ですがビルの意志はそこにはない。そのことをご両親にもよく考えていただきたいのです」


 村長に追従していたビルの両親は、そっと下をむいた。

 村長は口を結んで、何も言わなかった。 

 ビルが、僕カイウス先生にああ言ってもらえてよかった、と小さな声でつぶやいた。


「では次にルイスについてですが。ご両親は彼の将来をどうお考えか聞かせていただけますか?」


 またカイウス先生の声は穏やかな優しいものに戻っていた。

 あー、とルイスのお父さんが頭をかきながら、俺あんまり人前で話すの得意じゃねえんだけどいいかなぁと先生に聞いた。

 先生は、穏やかにもちろん、と答えて続きをうながした。


「あー、ルイスは腕力強ぇからよ、狩りに向いてると思うんだがよ。猟師になればええんじゃないかと思ってるんだ。んで、時間ある時は畑も手伝ってこの村で嫁さん見つけて暮らしてくれりゃあええと思っとる」


 村長もしきりに頷いてる。

 先生も頷いた。


「それも一つの選択ですね。私はもう一つの選択もあると思います」


 途端に村長の顔が険しくなった。

 ルイスも息を止めピクリとも動かない。


「彼は神殿の騎士になれる人材です」


 ひょえ~、とルイスのお父さんが声をあげて奥さんに嗜められている。


「神殿の騎士、ってあれかい?流星群が落ちた時に来てくれた、やたらと強いあの騎士かい?」


 ルイスのお父さん、ちょっと興奮気味だ。


「そうです。彼らは訓練を積んで強さを身につけますが、素質がなければああはなれません。しかしルイスにはその素質があると私はみています」


 幾分戸惑った声の村長が横やりをいれた。


「神殿の騎士というのは、余程のことがなければなれんときくが。変わった術を使うのじゃろう?ルイスはそんなもんもっとらんぞ」


「術は騎士になれば自然と身につくものです。私も騎士の末端ですからルイスに素質があるのがわかるのですよ」


 へぇ~、とまたもやルイスのお父さんが素っ頓狂な声をあげた。


「先生も神殿の騎士だったんかい?」


「ええ。国から教師の資格を取りましてね、騎士をしながら神殿で教師もしていたのですよ。何しろ全国から素質のある悪がきが集まってくるのですから、体ばかり鍛えてもいけません」


 はぁ~えらいもんだなぁ、としきりに感心するルイスのお父さんに、ルイスはちょっと顔を赤くしてオヤジが恥ずかしい、と下を向いた。


「しかし、もし仮に騎士になれんかったらどうするんじゃい」


 村長が意地悪く聞いた。

 ルイスがはっ、と息を詰めるのがわかった。


「なれなかったら、村へ戻ればいいのですよ。猟師になるのに何の不足がありましょう」


 それもそうだな、と村長もルイスの両親も納得した。


「では、アリーシャですが」

 

 先生がそう言った途端に、村長が答えた。


「あれは村の酒場で歌って日銭を稼ぐしかあるまいて」


 アリーシャの目の前は真っ暗になった。



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