エッセイを書きなさい。
私はとある学校に通い始めたばかり。
そして初めての授業でTシャツ短パンビーサンの随分ラフな先生は言った。
「君達の事を教えてもらいたいので、なんでもいーから自分について書いて下さい。エッセイを書いて下さい。」
何でもいい。
長所でも、短所でも、生い立ちでも。
―うーーーん。
「時間内に提出して下さいねー」
先生はウロウロと生徒達の作品を覗き見ながら席を回っている。
どうしようかと考えていたらふと机の下から自分の足が見えた。
所で私は女子で、オシャレと言うほどではないけれど、今日は「オープントゥ」の靴をはいている。
先っちょに穴が空いてるヒールの靴をだ。
その空いている穴から苦しそうな親指が覗いた。
―これだ!
これから私は私の足の親指の話をしようと思います。
赤ん坊の頃の記憶はないけれど、おそらく生まれた時から大きかったのでしょう。物心つく頃には、
「足の親指が、大きいね」と言うフレーズを既に何度か耳にした記憶がありますから。
ただ、幼稚園の頃足をグイッと曲げて口に持って来て足の親指でおしゃぶりをしたり噛み付いたりしていたので、元々大きいのにさらに拍車をかけた可能性はあります。
しかし大きいからといって特になんの問題もなく、たまに母親に
「あんたのその親指は父親似ねー女の子なのにかわいそうに」
と言われたり、父親に
「親指は大きくて立派だが、他の指は母親似でベチャッと潰れていて不恰好だ」
などと好き勝手言われる程度でした。
周りのみんなより少し大きい事を気にし出したのは中学校の修学旅行での写真がきっかけでした。
廊下には修学旅行の思い出の写真がずらりと並びみんな一心不乱に自分の写っている写真の番号を控えていました。
もちろん私も。
―あ。これみんなでふざけて足あげたやつだ。
その写真はパジャマに着替えて布団に座ってみんなカメラに向かって片脚を上げてお転婆なポーズを取っている物でした。
みんな裸足で足の裏がしっかり写っている中、私の親指だけ存在感が尋常じゃありませんでした。
―あれ?大きいな。大きい大きいと言われてはいたけど、わざわざ友達と比べた事なんて無かったもんな。これは大きいわ。
中学生。思春期多感な時期。
私は足を見せるのが嫌いになりました。
冬はいいのですが、夏はどうしても露出が増えます。
ヒールもサンダルも履きたい!
親指が晒されてもお洒落な靴を履きたい気持ちもあったのです。
実際履くと悲惨で、私の肉厚で大きな親指はお洒落な靴には狭く、サンダルの先から見える親指はヒールもあって圧がかかり真っ赤なダルマのようでした。
とにかく分厚く、パンプスを履いていると、表面が明らかに膨らんでいる場所があり、分厚い親指によって上を向いた爪が靴に当たっているのです。
当然靴下も親指の所が一番に穴が空き、ストッキング類は2回履いたら穴が空きました。
あ、先生今これを書いてる所を覗きましたね?
そして自分のビーサンから出ている足の親指と私のオープントゥからチラ見えしているうっ血した親指を見比べて「ほぉー」と言う口をしましたね。
いいですよ、気にしません。
中学、高校を卒業し、私の親指は当然元気に大きなままです。
最近付き合っている人に親指を見られた事があります、彼の部屋で足を伸ばし座って漫画を読んでました。
今の私は、
ー足の指なんて誰も気にしちゃいないよね、気にし過ぎだったな。
と言う気持ちになっていたので、裸足でしたが足の先に彼が座っていても気にせずにいました。
ところが、
「ねぇ、ずっと思ってたけど、足の親指大きいね」
ーあ、言われた!言われてしまった!やっぱり気づくのか!
「あ。そうね。よくいわれるの」
「...あー!分かった!ずっと何かに似てると思ってて、」
「似てる??」
「ドラ○もんの頭にそっくり!」
彼はスッキリした顔でそう言うとマジックを取り出して私の親指にドラ◯もんの顔を書き出しました。
「うわ!めっちゃ似てる!」
ゲラゲラ笑う彼を横目に私は足をクイッと曲げて恐る恐る覗き込むと、そこには立派なドラ◯もんがいました。
似てると言われ、顔まで書かれてあのドラ◯もんに申し訳ないような、悔しいような複雑な気持ちになりました。
それから彼は私の親指に絵を描く事がブームとなってしまい、色んな表情を書かれます。
そこまでされるともうどうでも良くなり、近頃は親指の事を気にも留めなくなり、指先が出ている靴もサンダルも気にせず履いてます。
ただやはり私の親指が大きい事実は変わらないので、ヒールの高い靴やサンダルや今日のような靴だとうっ血し痺れます。
しかしこれからもそんな親指と共に歩いて行けたらと思います。
終わり。
キーンコーンカーンカーン....
「はーーい!時間です!前に出して下さーい!」
後日返って来た私のエッセイには赤ペンで
「大変良い」
とラフな先生からの感想があり、少し嬉しかった。
しかしその下に、
「将来子供に遺伝しないといいね( ^ω^ )」
という余計なお世話で呪いのような言葉が書かれていた。