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大都 二

 オリエは、もう二日も愛香の枕元に通ってきている。三歳のオリエであっても、自らが招いた事故であると反省している様子だった。それもあって、迪恩はオリエを叱らなかった。しかし、息はあるもののいつまでも目覚めない愛香の姿はオリエの罪を糾弾するものだった。

 迪恩は一言だけ言った。

「お前は優れた戦士だ。そして、いずれは導師と呼ばれる技術を使う責任も負う。お前のために動く民達に対する責任も負う。先々を考えよ。」

 オリエは迪恩に、愛香の現れた時の状況は聞いていた。迪恩は李恩の教えに忠実に従い、愛香の示唆や発言をずっと尊重している。しかし、オリエは未だ従順をあまり学んではいなかった。この時がよい機会だと迪恩は考えたのだろう。また、オリエにとって愛香は亡き母の代わりになっていた。

 オリエは迪恩から愛香の探索目的を聞いていた。愛香はその目的もままならないまま、まだ目覚めない。それなら愛香のために石英の円盤を探そう。そう考えて、オリエは大都の西南にある廃墟を訪れた。

 廃墟とは言っても建物の骨格だけは永い時を経ても崩れていなかった。しかし、ツンドラの風が強く吹き付ける中で、どの建物がどのような機関のものなのかは見当もつかなかった。全ての建物は細かいシルト砂に埋まっている。愛香が想定した石英円盤は見つかるだろうか。やはり、三歳のオリエにとっては、かくれんぼの遊び場のようにしか見えなかった。


 その頃テラート上級術師が愛香を見舞いにきていた。迪恩に案内されながら、テラートは湯気のよく立てられた部屋にはいって来た。寝所に寝かされていた愛香はまだトラリオンに包まれたままだった。 テラート達の知らない力場が独特の電磁波を発して愛香の豊かな体のラインをあらわにしながら輝かしている。乱れた黒髪だけが浮かんで動いていた。

 テラートは迪恩から愛香の秘密の素性を教えられた。その物語は愛香の煌めきを飾る童話のようだった。それはテラートを虜にした。迪恩は、テラートの態度が気に入らなかったが、公務に戻らざるを得なかった。


 その時、愛香は三日ぶりに目覚めた。グツグツと湯が沸かされている部屋の中で、枕元には見慣れない髪の長い甘いマスクの男がいた。上級術師テラートといい、愚直な印象の迪恩は異なるものの、同じ年齢に見える。程なく知らせを受けた迪恩がやってきた。

「愛香様、気がつかれましたか。」

「私はどうしたのでしょうか?。」

 迪恩が答えた。

「あなたのことを知らぬ検非違使達が東門まであなた方を追いかけてしまいました。オリエが落ちたとき、あなたが彼をかばってくださいました。」

 愛香はオリエを追って落ちたところまで覚えている。しかし、そのあとは何も覚えていなかった。

「愛香様がオリエを何度も救ってくださったことを、私たちは忘れません。」

『私たち』とは大げさな感謝な言葉だなと愛香は感じた。オリエは迪恩以外にとっても大切な人間なのだろうか。

「オリエはどこに?。」

「今は郊外の廃墟に行っているようです。」

「廃墟?」

「はい、そこは今の大都が建設される前より大きな都市であったと言われています。恐らく昔自壊して滅びた帝国の遺構かと。」

「その帝国のことをご存知ですか?」

 思わずテラートが迪恩より先に語った。

「私どもの古い先祖は、その帝国がそもそもの祖国であり、その再建を願いとしつつ、はるか南の大陸から散在していた兄弟達を集めつつ元の地へ戻ってきたと伝えられています。この廃墟に至った時、この廃墟で国造りのための古文書を先祖は見つけたとかで、昔からの我々の知恵である徳に基づいて国を建て直しました。すなわち、その廃墟にはまだまそだ何らかの情報がいまも眠っているのです。そのようにして建国されたこの帝国の元々の版図は、南は長江から、東は東海とその北にある黄海、半島部、オホーツクから、北は北限のない北方領域、西は西の砂漠に至る地域でした。しかし、今では南の煬、今の煬帝国の侵略を受けています。」

「その廃墟はどこなのですか。多分図書館の遺跡か、情報館の遺跡だと思います。連れて行ってください。」

 テラートは愛香の瞳の色に魅入ってしまった様子で、横の迪恩が怪訝そうに思うほど愛香に釘付けになっている。たまりかねた迪恩が横から口を出してきた。

「それなら私がお連れします。」

 テラートは横目で迪恩を一瞥して言った。

「そうですね。それなら私の方は大都の中をご案内致しますから。」


 愛香はようやくコミュニケーターを修理してイボー達に連絡を取ることができた。彼等によって迪恩の一族は全員が大都まで帰還できていたという。しかし、彼らの快速艇は両舷を大破していた。地上の監視と修理とを兼ねて、一年ほどは静止軌道上に止まらざるを得なかった。その状況を見て、愛香は体調を回復することを兼ねて、先ずは大都の見物をすることにした。

 大都は、周囲は高さが70メートルはある堅牢な城壁と白い尖塔群が特徴の街で、帝都の名に恥じない威容を誇る。仁煕帝の宮殿を中心に、愛香が入院している帝国病院の他に立法元老院、最高法院、屋敷群区域、幼年学院や高等学院、僥光法術院、詛術学校が集中し、この領域だけは検非違使たちが巡回している。その行程に添いながらテラートは、愛香を導きながら親切に付き添つてくれている。その区域は白い尖塔群の内城壁の中に抱かれた格好だ。テラートは姿を消しながらついてくる愛香に戸惑いながらも、さらに内城壁の外へ案内してくれた。

 大都の外角部分は日干しレンガで築かれた平屋の民家がひしめいている。しかし、ここに住む人々も自由を享受する帝国の大切な人間達だ。道端には遊ぶ子供達が溢れ、城郭の外で採取や農作業にあたる男女達も若い。娯楽のない彼等は、日々を武芸練達で忍んでいる吉一族とは大きく異なり、彼らにとって喧嘩が日々の糧であり、まだ今は夕刻なのに道路上で男女が絡み合っている。聞き及んでいる平均寿命と、大人と子供の人数から見て、その平均寿命二十歳前後になるまで間に彼等は一年に一人から二人、合計六、七人人ほどの子供ができている様子だった。夕刻からその光景は非常に享楽的になっていた。愛香には刺激的、刹那的過ぎたと言ってもいいのかもしれない。その雰囲気は、彼等がルーツとする煬の民達と同じであった。

 テラートは静かな低い声で説明した。

「私はここの出身です。彼等も私も、ルーツは煬の人々と同じです。しかし、迪恩の一族は、西の民と東の民との混血で徳に対する考え方、というより生き方が違います。吉一族とは確かに民達の自由の大切さは共有しています。しかし、自由の下で限りある人生をどう過ごすかは……。我々は精一杯楽しんでいますが、吉一族はそれを練達の機会と捉え、苦しみを背負いこみがちです。彼等は彼等自身をどうしても追い込みがちですね。」

 彼等は人口が多く兵士として集めやすいらしく、兵士はほとんどがオリエの一族だった。迪恩のような戦士やテラートのような術師に選ばれる者もいるが、その率は非常に低かった。帝国式詛術師は、強気な姿勢が求められるため、テラート一族の中で選抜されるものが多かった。彼等は日々の喧嘩の中で育つため、強気な者、腕の立つ者が選ばれている様子だったかし、検非違使は武芸を旨としているため、ほとんどが吉一族で占められている。ましてや、テラートの一族が全てを耐え忍ぶことを要求される僥光の導師になることはなく、検非違使の中の一人、吉一族から数人がいる程度だった。


 やがて、愛香はテラートにより高い外城壁に導かれた。愛香は姿を現してテラートの前に立った。愛香は、テラートが『今この時を生きる』姿勢が自分にとって危険なものであることを、閃きの中で本能的に感じはじめていた。テラートは無意識ながら愛香のつま先から頭の上まで眺めている。禁欲的な迪恩とは異なって、まるで人なつこいとても頭の良いハウンドドッグのような印象である。

 そんなことをぼんやり考えているところに、テラートの言葉が掛かってきた。

「愛香様。ここは空の星も、あの空の帯もゆっくり眺めることができます。でも、その輝きも貴女の目貴女のオーラ、貴女の言葉の煌めきにはかないません。」

 愛香はなぜかうっとりとし始めていた。テラートの体から発せられるこの匂いのせいだろうか?。いつのまにかテラートは愛香の背中を左手で引き付けている。愛香は上気した様に、いや何かを待つ様に身じろぎも出来ない。

 上級術師……。

 愛香はなぜかテラートの名前を忘れている。テラートの見つめる目が愛香を捉えて離さない。愛香は

 言葉にならない呻き声とともにテラートに城壁の壁に追い詰められていた。愛香は警戒していたはずなのに、テラートの甘いマスクにくぎ付けのまま、ついに壁から動けなくなった。トラリオン torarion :もしくは六背翅six external radial flier, SERaF)は最低限のレベルにまで落としてあるものの、強化する気力は削がれている。テラートの吐息がすでに愛香の耳元にまで届いている。愛香の長い髪はテラートの右手から愛香の首筋を守ることはできなかった。

 私はもうすぐ十七だけど、貴女は何歳になるの?

 愛香は喘ぎながら言い返す。

 あ、あなたは結婚なさっているんでしょ?。

 そうですよ。今の私たちに関係ないことでしょう?。

 私は一夫一婦制の中に生きる者です。これは私に対する侮辱です。

 それなら、なぜ対抗しないのですか。

 愛香はさらに追い込まれている。テラートの右手は愛香の首筋から肩へ伸びてくる。愛香の意識が混濁しはじめていたが、それでも最低限の力場のお陰で、肩から下に触れふることができていなかった。

「なぜ?」

 テラートは人が変わったように力づくで襲い来た。愛香は我に返って、六背翔の力場を強くし、テラートを弾き倒していた。

「天の使いなら、私たちの利益や欲求に応じてくれるはずじゃないのか。」

 テラートはそう大きく呟きながら、当惑しへたり込んでいた。愛香は、そのテラートの姿を眺めながら、刹那的な生き方が決して彼等一族のためにならないことを教えたかった。しかそ、一族の中で一番頭の良さそうなテラートでさえ、そんなことを理解できそうにはなかった。

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