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大都 一

 オリエ達が大都と呼ぶ街は、広大なツンドラに浮かぶ城塞だった。大都に近づくとその南西の方向に離れたところに、陥没し崩れ去ったような何かが隣接して見える。どこまでも広がる草原の中に広く陥没して見える為、その中に巡らされている規則的なうねりは地盤沈下した都市の廃墟であると想像された。


 さらに大都に近づいていくと、そこはこの帝国の仁熙帝の坐する所とされ、堂々とした城塞都市だった。愛香達が国境で逃げ込んだ洞窟で見た材料と同じ石が積み上げられた、城壁と白の尖塔群は、六十から七十メートルほどの高さになる。そのはるか南の上空には、冬の乾燥した空の赤道面に沿って、電磁重力場発生衛星がロザリオのように連なり、太陽に照らされて輝いている。


 愛香達は城塞の北門にたどり着いた。しかし、すんなりと城内に入ることはできなかった。北門の検問所には、国境で脱出した街で出会った戦士達と同じ格好の検非違使ばかりではなく、見慣れない煬式に似た服を着込んだ男達も混じって検問事務をしていた。

「どこからきた?」

 今までの行程が複雑なので、幼いオリエが説明する。

「国境で煬軍に攻められ、そこから逃げてきました。」

「煬軍は南方から攻めてきたはずだ。何故、お前達は北方から来たのか?」

 オリエはなんとか複雑な説明を繰り返している。あまり現地語に慣れない愛香はオリエにまかせるしかなかった。三十分間ほどのやり取りがあった。その奥から、やり取りを聞いて煬式の服装の官吏が近づいてくる。愛香は悪い予感がした。いざとなったら、オリエを抱えて逃げ出そうとも考えた。やはり、敵だと決めつけるような姿勢で詰問してきた。愛香はともかくオリエが追い詰められている姿は愛香にとって辛かった。

「おまえがここの人間だと言う証拠がどこにあるんだよ?」

「僕は迪恩の長男だ。祖父の李恩はもう亡くなっているはずです。」

「たしかに海岸地方で煬軍が来襲し、我が城が一つ落ちたこと、李恩導師が亡くなったことは聞いている。しかし、おまえには迪恩司令官とつながる証拠はない。お前の母親は怪しげな見たことのない格好をしているが、俺は迪恩様の御令室には会ったことがあるし、全然違う人間だ。おまえ達はスパイだ。」

 オリエと愛香は外の城壁に吊るす空中牢へと連行された。愛香はオリエに耐えるように言い聞かせた。しかし、高い城壁の上に着いたとき、オリエは堪らず剣を抜き、検非違使達に抵抗し始めた。オリエは三歳ながら迪恩の長男らしく愛香の手を引き、数人の男達を敵に回して大立ち回りを始めた。彼らは北門から東門への城壁の上を走り抜け、それに呼応して多くの検非違使や煬式服の戦士までが東門へ殺到している。やはり、次第にオリエ達は剣圧に押され東門まで追い詰められている。

「オリエ、もうやめて!。」

 愛香の声が東門の城壁一帯に響いた。しかし、そのままオリエは城壁から下へ落とされた。とりおさえられそうになった愛香はたまらずオリエを追った。

 六十メートルほど落ち、愛香はオリエをだきながら地面直前でトラリオンを広げた。気を失っても愛香はオリエを庇いながら背を向けている。しかし、そこへ検非違使達は容赦なく多数の槍を放ち始めている。そして、さらに師団級規模の検非違使達が戦列を組んで無数の槍を集中させ始めていた。


 東門へはその頃、迪恩の一行が到着していた。聞いたことのある声が『オリエ』と叫んでいる。迪恩は煬軍が攻めてきたのかと思った。

「なにごとかね?」

 迪恩は援助にきた兵達の指揮をとっている煬式服を着た指揮官に尋ねた。彼は帝国式詛術師で、迪恩の父李恩のような導師とともに帝国の有力な防衛士官であった。

「母と息子を模したスパイです。息子の方はえらく腕が立ちます。今、彼は城壁から落ちています。母は落ちた息子を庇っており、多数の槍も役に立ちません。」

 迪恩はその前線に出て驚いた。見覚えのあるトラリオンが煌きながら大きな石をさえ弾き飛ばしている。そして、その中に守られ抱かれた幼児はオリエだった。

「やめ給え。彼らは敵では無い。」

「しかし、彼らはいまも妖術を使って抵抗し、従いません。」

「私は皇帝直属の最高司令官である。敵かどうかは私が改めて判断する。」

「しかし、明らかに怪しい術を使う奴らです。私達詛術師が調べます。」

「私の管轄するこの城壁の上の出来事で、私が間違いをしているとでも言うのかね。私の調査に問題があると言いたいのかね。」

「そうではありませんが、しかし……。あ、テラート様。」

 そこへ、きたのはテラート上級術師だった。

「迪恩、彼等は明らかに妖術を使うと報告を受けているが。」

「今、貴兄には彼らが妖術を使っているように見えるかね。今私たちの方を見て叫んでいるのは、あの幼児だよ。彼は怪しくない筈だ」

「彼は女を盾にしている。それであのように全てを払いのけている。怪しいやつでは無いか。」

 迪恩は、何かを躊躇したのか、少し考えたのちに指摘した。

「ほほう、貴兄はやはり節穴の目しかないようだ。彼らの持つ聖杖が見えないかね。」

「なぜ彼らが持っているのか?」

「あの子供が持っているのだ。」

「つまり彼が盗んだのか?」

 テラートはあまり頭が良くない。仕方なく迪恩は指摘した。

「彼らは私の家族だ。」

「えっ。では、吉導師のお孫様………。」

 横にいた検非違使が驚いて中止命令を出した。しかしテラートは食い下がる。

「家族なのによく悠長に構えているね。」

「彼等は傷つかないからね。私はそれをよく知っているからだよ。」

 迪恩はさらにテラートを睨んで言い放った。

「それから、私は皇帝陛下直属の防衛司令官。ここの権限は私にあるんだよ。」


 こうして迪恩は気を失った愛香を抱えあげ、闘志を押し殺したオリエを連れ行きつつ、そのまま帝国病院へ向かっていた。そこは仁煕帝の宮殿に近く、国境で脱出した街で出会った戦士達と同じ格好の検非違使たちが巡回していた。この箇所には、宮殿に隣接して、元老院、最高法院がある。そのほか、ここは、吉一族やテラート一族の屋敷群や、若い男女を戦士に育てる幼年学院や高等学院、そして戦士から選抜の上で導師を育てる帝国式僥光法術院、煬式呪咀術を源流とする帝国式詛術学校まで設けられた学術の中心でもあった。

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