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人類の末裔 三

 洞窟へ逃げ延びた迪恩の吉一族は、ほとんどが母子だった。戦士は最早十数人しかいなかった。これだけの規模の集団の逃避行は、快速艇の援助があっても、非常に困難である。急いで堅固な首都城塞へ戻りたいところだが、荷車では一度に三分の一の人間しか運び出せない。それでも、洞窟のありかが煬に知られていないこともあって、数ヶ月の間に隠密裏にほとんどを首都大都の城塞へ送り届けることができた。秋風が吹く頃、残りは愛香と迪恩、そして愛香を慕うオリエ達数人が残るだけとなった。

 オリエは賢く、長い洞窟生活の間に愛香はオリエに様々なことを教えた。それは祖父李恩、父迪恩さえも知らぬ現時空の深淵であった。また、オリエも、三歳ながら既に短剣から祖父伝授の聖杖までを使いこなす戦士であり、愛香に短剣の扱いを教えていた。また、愛香にはオリエが将来に必要な子供であることを閃きのようにわかっており、幼いオリエを愛した。オリエも、母を失った寂しさに愛香になつき、愛香の胸に抱かれて眠ることも多かった。

「貴方は賢いわ。貴方は選ばれた民を導くために知恵が与えられているのよ。貴方にはこれから徐々に深淵を教えていきます。しかし、これらのことは貴方が命の危険を感じた時にのみ使いなさいね。」


 ある夜に、愛香は、洞窟に近づいて中を観察後に立ち去った人影に気づいた。それらは愛香達の人相と明らかに異なっており、むしろ煬の兵士のトレースと酷似していた。

「すぐに出発した方が良いわね。」

「ええ、既に準備は整いました。洞窟の中には誰かがいたという証拠も残っていません。」

 しかし、最後の帰還班として帰路につこうとした時には、洞窟の周辺は煬の大軍に包囲されていた。イボー達が艇をギリギリまで降下し、防御力場を地上投射しながら閃光による威嚇をしても煬の軍は、微動だにしなかった。しかも、時を経るごとに周囲には攻城機や電撃の使い手と思われる呪術師達までが、ひしめいていた。


 煬の攻撃は太鼓のリズミカルな打音とともに一斉に始まった。迪恩達は着弾する多数の投石の前に洞窟から出ることはできず、またイボー達の快速艇は、多数の電撃による飽和攻撃の前に姿は見せないものの、防御力場を七色に輝かせて危機に陥っていた。

 愛香は投石の着弾地点を計算しながら上空の快速艇の下の力場まで逃げ出すことを提案した。この程度の人数であれば、快速艇のキャリアビームで運べるはずだった。

「さあ行きましょう。」

 そう言って一行は洞窟から逃げ出し始めた。先陣は迪恩とその後に子供達が走った。そこへ予測できなかった電撃が後方を襲い、オリエと愛香のみが、洞窟の中へ吹き飛ばされた。愛香はトラリオンを開けながらオリエを庇い洞窟へと転がっていった。

「愛香様!」「オリエー。」

 迪恩は悲鳴のように名前を呼んだ。しかし、もはや、快速艇も崩壊寸前だった。これまでと思ったのか、イボーは快速艇の士官たちに静かに言った。

「愛香には彼を守る力があります。このまま離脱しましましょう。」

 こうして、愛香とオリエを洞窟に置き去りにしたまま、迪恩達の快速艇はそのまま離脱して行った。


 洞窟の入り口は、岩石で塞がれ、人力では到底出ることは叶わなかった。また、煬による電撃の飽和攻撃が可能なままでは、洞窟の入り口からの脱出は出来ない相談だった。コミュニケーターも空電が入るだけで、通信はできなかった。愛香は、オリエの持っていた聖杖を灯し、オリエの手を繋ぎながら洞窟の奥へと進んでいく。すると、洞窟の奥には、四角い床、壁、天井からなる別の洞窟に至った。そこから二キロほど、シルトのような吹き上がる軽い砂に覆われた硬い壁の洞窟が続いている。そこでは、壁も天井も砂の下も滑らかな表面の岩盤のようで、とても歩き易い。ただし、人工の廻廊にしては結構きつい登りになったり、下ったり、大きくうねっている。愛香はその道なりに沿って歩くだけで息が切れているが、オリエは平気な顔をしながらスタスタと進んでいく。彼は上や横をキョロキョロ見ながら言った。

「ながーい廊下みたい。」

 愛香は休みついでに立ち止まって床や壁の素材を分析した。成分は純度の高いケイ酸ポリマーで、中にカーボン製の紐のようなものが交差させて埋設されている。壁も床も天井も、その滑らかな無機材で人工的に何かのために建築された古代建築物である。しかも、その表面は炭酸カルシウムが濃くなっているために強度が建設当初よりも増加しているといえる。

 こうして愛香達は三時間ほどかけて歩き続けると、人工の洞窟は行き止まりだった。行き止まりの壁の横は、外へ出る道へと繋がっている。中に堆積していたシルトはこの出口から入り込んだのだろう。外へ出てみると、そこはツンドラの草原にそびえ立つ山の上だった。正確にいうと、山の頂上のように見えたのは、人工の洞窟と同じ材質で作られたらしい山の頂きの道だった。洞窟だと思われたものは、山の頂きの道の下に設けられた詰所のような施設だったのだろう。出口の周りに煬の軍はなく、その地点から愛香達はひたすら山の稜線に沿って西へ向かっていた。

 何日かツンドラの草原を歩いただろうか。ある日オリエは見たことのある風景を見つけたらしく、歓声を上げている。

「お爺様の土地だ!」

「お爺様?。つまり、吉李恩さん?。」

「そう。」

 オリエは李恩の死を父迪恩から知らされている。やはり気落ちした返事を返してきた。しかし、次の瞬間、オリエは南を指差して叫んだ。

「大都だ。」

 秋の澄んだ空気の為か、遠くまで見通せる。はるか南に街のようなものが見える。二人は喜び歌いながら、正確にはオリエが愛香に歌を教えながら足も軽やかに大都へ向かっていった。

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