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時のうつろい 一

 夏の城塞戦で多くの部下を失ったヤルカは、愛香達を追っていた。しかし、愛香達はヤルカにアムール川を下らせてはならなかった。愛香はテラートのサンダルを河の西に、さも怪我をして脱いだように偽装して放置した。

 ここから先は足跡のつきにくいタイガになっています。ここにテラートのサンダルを置いていきましょ。

 迪恩も、偽装工作をいくつか重ねていた。一連の工作ののち、愛香は迪恩とともに、テラートのサンダルを置いた岸と反対側の沢の奥へ消えていった。

 しかし、徒歩の愛香達が煬軍の気球による捜索の網に追い詰められるのは、時間の問題だった。トラリオンの動力も尽きつつあった。それでも快速艇の修理が終わるまで、トラリオンを使うわけにはいかなかった。

 ウスリーから一週間ほど歩いたころに、ある沢から見上げた中腹に巧妙に光学迷彩された人工物があった。

「あれは何かしら。」

「何も見えませんよ。」

「あそこに光っているでしょ?。」

「何も?。」

 迪恩には何も見えなかったが、愛香は迪恩を強いて山の中腹へと登って行った。

「愛香様。何があるのでしょうか?。」

 迪恩は何も見出さなかった。しかし、愛香はずんずん登って行った。光学迷彩はあったが、愛香には入口がすぐにわかる施設だった。迪恩は愛香が岩の中へ首を突っ込み身体を入り込ませる姿を見た上、彼の腕も岩の中へ引き込まれていく姿を見て、肝をつぶした。

「お、お待ちください。それは魔法なのですか?。どこへいくのですか?。」

 愛香は無頓着だったが、月文明のそれなのかどうか不明なものの、ある程度の技術がここに設けられている理由は謎だった。ただ、奥の空間は明らかに力場により維持されたものではなく、材料工学や土木工学によって設計された構築物だった。材料工学は材料そのものの性質や性能を最大限に引き出して利用する技術で、力場に頼るようになった月では久しく使われなくなった技術だった。今修理中の快速艇は、防御シールドの力場を飽和させるほどの多数の投石により打撃を受けただけに、力場に頼らなくても良いよう物理的にまた機械工学的に強靭な構造を持つように改造しようとしている。しかし、月では材料工学の細やかな技法が失われていたため、修理に手間取っているのだった。

 愛香達が消えたその時、にわかにその入口の外側が騒がしくなった。

「先の沢で足跡が消えている。この辺一帯をさがせ。」

 煬軍の兵士たちのやりとりが中にまで聞こえてくる。その彼らに応対する男の声が聞こえた。

「見知らぬ方たちがこの先へ、流れの中を歩いて行きましたよ。」

「お前、匿って居ないだろうな?。」

 煬軍の上官は催眠術の要領で男を尋問している。しかし、男の方は容易にあしらっていた。

 しばらくして、外の煬軍は去っていった。愛香はフリオやイボーたちに通信しようとしたが何らかの障害で邪魔されて居た。しかし、ここを離れることはできなかった。


「どなたでしょうか?」

 先ほどの男が戻ってきていた。 話し方や文法は聞きなれないものだった。明らかに月文明とは異なる人間だった。

「この中に入り込んで来れる人は初めてです。出てきてくれませんか。私の高度な技術をやすやすと見破るなら、この地上の人々ではないでしょう。」

 愛香はトラリオンを見えないように出力を絞りながら、覚悟を決めてその男の前に姿を現した。迪恩は、めまぐるしく変化する状況と見たことのない環境空間に肝をつぶして呆然としている。

「私は林愛香という名前です。この人は連れの吉迪恩と言います。」

「私はクモー クラワティと申します。ここで隠遁者のようなことをしております。しかし、驚きました、ここにある技術を認識できるほどの方がこの星にいるとは。しかし、貴女の肌の焼け方から見て、貴女はこの地で長く暮らしているように見える。連れの方は簡単に見立てただけでも、この地の人間だとわかります。先ほど追いかけてきたのは、南の煬の国の兵士たちですね。何があったのですか。」

 愛香は迪恩を紹介しながら、仁熙帝の帝国が崩壊しつつある今の情勢を説明し、自分たちがウスリー要塞から逃げて来るまでの一部始終を語り聞かせた。クモーは困惑しながらも話を聞き入っていた。

「それでは、大都と呼ばれた周辺も含めて征服されたのですね。」

「はい。」

「それでは、周辺の遺跡とか……。」

 クモーの関心は、帝国が滅びゆく次第ではなく、大都の西にある都市遺跡の状態だった。

「あの都市遺跡には、色々と研究対象があるものですから、困ったな。」

 愛香は、クモーが国々の動向とそれに伴う人々の苦しみにあまり注意を払わないことに、衝撃を受けた。彼の姿勢に、何か警戒すべき雰囲気を感じてもいた。しかし、それを意識の上に登らせず、無表情に徹した。昔の忍耐の訓練を思い出していた。

「その都市遺跡には何があるのですか。」

 愛香は自らの目的を伏せつつ、クモーとの対話を注意深く進めていった。

「あそこには、私が生きていくための知恵がたくさんあるんですよ。例えば、様々な環境技術、機械技術とかね。長い間彷徨った後にここの星にたどり着いて、やっと知恵を見つけたのです。」

「知恵?」

 この男はなにを指して知恵と言っているのだろうか。愛香は、目の前の雄弁で警戒心のない放浪者の技術レベルを把握しようと思った。

「様々な技術です。例えば建物の構造、材料などなどです。あの遺跡に残された建物は、数千年前からあるのに損なわれていない。またなにやら記録されている石英円盤もそうですね。しかし、煬軍に占領されたのであればそこへいく危険は冒せなくなる。しばらくここでおとなしくしているしかないですね。私は入り口を閉じてしばらく冬眠することにします。」

「冬眠?。前にも冬眠していたのですか?。」

「そうですよ。ここに来てから度々、つい最近は三年前まで、この星へ来る前は星系間を移動する間とか、その前は………。」

「すると、今は何歳ですか?」

「肉体は十九歳程度です。でも私にとって肉体的年齢は意味がないですね。探求できなければ、移動するか寝て待つかのどちらになります。」

「では今なぜここにいるのですか?」

 愛香と迪恩とが同時に質問をしていた。誰かのために生きている彼らからは、単にここにい続け生活し続けることに何か理由があると思えたからだった。しかし、クモーは質問の繰り返しのように感じたのだろう、またかという顔をした。

「だから、ここには私が生きるのに役に立つ知恵が転がっているのです。元々住んでいた星、これは古来「つる座α星」の星系ですが、そこには、もう興味を持てるようなことがなくなったので、十二の歳にさっさと家出してきたのです。年数で言えばもう四千年前頃ですね。」

 迪恩は、目の前の男が独自の道、他に頼らず干渉もしない生き方をする風来坊であるとは理解したが、そのほかの話はサッパリ理解していなかった。他方、愛香は意識の低い者が技術と時間とを乱用浪費していることに驚き、他を顧みない姿勢に驚いた。

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