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向かうべき道 二

 愛香は敵陣へただ足を向けて歩み続けた。自らの愚かさと自分への絶望、自分が居なくてもオリエは守られていること、自分が必要な人間ではなかったこと、自らがなした破壊の巨大さ……。これら全ては自らの閃きと理性を捨て、自分勝手な情念のまま招いた結果だった。閃きは全てが許されていると語った。しかし、愛香は進み続けた。自らを殺してくれる者を求めるように。いつしかこの身が消え去る事を願いながら。


 どのくらい歩き続けたのだろうか。いつになったら自らの身を電撃が貫くのだろうか。いつになったら、罰をいただけるのであろうか。いつになったら……。


 そんなことに気づいても、また、目の前には、いや皆の目の前には自らが行った情念の過ち、情念を通り越した冷たい怒り、冷たい浅知恵の計算、…数々の許されざることが示されたことは、明らかだった。


 しかし、いくら歩いても、前方には煬軍の陣営は近づかなかった。何も飛んでくることもなく、衝撃も加えられなかった。それどころか、煬軍は愛香から離れ去っていくばかりだった。そして、いつしか愛香は一人だけで、不毛の地平をひたすら歩いているだけだった。


 疲れたためか、気落ちのためか、歩く速度は遅くなって居た。何のために歩き続けるのかも分からなくなって居た。突然に何かにつまづいて強かに頭を地面に打ちつけ、そのまま転がったままでいた。もう、動く気力もなかった。馬車かチャリオットに轢かれてもいいから、このまま消え入りたかった。ぼうっとそんな事を考えていた時だった。小さな暖かい手が愛香の頬の涙を拭った。愛香は自分が涙を流していることさえ気づいていなかった。きっと仲間が淑姫たちが来てくれたのだろうとぼんやり考えて居た。それは愚かな考えだった。地球圏に侵入できる快速艇はまだ動けないはずだった。また、情念のまま撃力を発動させたことは、彼らにとっても許せるはずのものではなかった。ここへくるはずがなかった。

 しかし、小さな暖かい手はもう一度愛香の頬の涙を拭っている。

「僕はあなたを贖う。あなたは僕のもの………。」

 その声は小さなオリエだった。

「僕の愛香……。」

 どのくらい転がって居たのだろうか。オリエはもう何も言わずに黙ったまま愛香の涙を拭き続けていた。

 迪恩がきた。彼は二人に声をかけた。

「オリエ、愛香、さあ帰ろう。」



 次の日の朝、オリエは元気のない愛香を誘い、以前に二人が廃墟で見つけた倉庫のような部屋を、調査しに行った。オリエは愛香に、この地へ来た理由を思い出させたかった。そう、愛香は何かを探しにきていたはずだった。

 愛香とオリエは最初に行き着いた円盤の倉庫の部屋へついた。人間の管理の手を離れてから、この不毛の地では、中のものは無傷で保管されている。また、消費もされずに長く保管されるものは記録類以外の何物でもない。用心深く中身を確認すると、それは石英製の円盤だった。年代測定からすると約一万年前に作られたものだろうか。オリエは別のところから小さな石英円盤を運んできた。やはり何かがある記録されている可能性あった。しかし、円盤を注意深く観察してみると、過去の北半球で繰り広げられた核戦争の際の放射線が記録媒体を損傷している可能性もあった。しかし、いずれにしても、分析機器も月へ持ち帰る事の出来る快速艇も、今は準備できない相談だった。ただ、最小限、重力レンズによる観察では、幾重にも重ねられたリングが観察でき、そのリングが微細な穴によって形成されている。その穴が構成するある種のリズムは明らかに何らかの信号を構成していると考えられた。愛香は円盤のリング像を、衛星軌道上の快速艇に送信し、分析をイボーたちに依頼するしかなかった。

「暗号のようなものだから、分析に時間がかかるな。」

「どのくらいで分析できるかしら」

「穴の周期性から内容の推定に至るまでには、多分二ヶ月は要すると思うよ。」

「なぜそんなに?」

「全てのデータを送信してもらってからでないと分析出来ないから、時間がかかるんだよ。」

「そう……。それなら、出来次第連絡してね。」


 結局、イボーたちの分析は二ヶ月より後、夏以降までかかるとのことだった。しかし、分かるまで此処に居続けるわけにも行かなかった。煬軍が大都を攻略した後、大都は既に破壊し尽くされていた。その意味は彼らがこの地を利用する気のない事を示していた。それでも吉一族やテラート一族を攻め立てたのは、煬にとってこの帝国の民たちが宿敵であり、互いに相容れないものと結論づけていたと考えられた。土地ごと吉一族、テラート一族を亡ぼしかねないと洞察された。そして、もう、吉一族、テラート一族が戻る場所は此処にはもう無かった。しかし、彼等が生きている限り仁煕帝の帝国はまだ崩壊していない。そして、絶滅させられる前に彼等がこの地を離れることが必要だった。

 今いる遺跡から北は、ツンドラの荒野だった。迪恩、テラートたちは、北方の果てウスリーのただ一つ残された要塞へ向かう事を選んだ。その付近の流域しか、大人数の一族を養うことができなかったからである。

 ウスリー要塞へはツンドラを越えて約千キロ、春から夏のツンドラの中を馬車ですすむ困難な行程だった。何人もの病死者を出しつつも、止まることはできなかった。要塞に着いたのは秋の終わり、たどり着いたのは一族の六分の一だった。

「我々は滅びるのでしょうか?」

 海岸地方、大都を壊滅させられたいま、仁熙帝の帝国の版図は、ウスリー一帯に限られた。帝国というより、もはや自由圏といったほうが良いのかもしれなかった。


 ウスリー要塞に着く頃には、イボーたちから分析結果が報告されていた。

 愛香とオリエが調べた部屋は図書と教育を兼ねた官庁の地下倉庫だった。土砂の中の石英記録版のには、様々な事項が記録されていた。彼の地にあった古代帝国の資料であるため、解読にはその時代の文字資料が必要だった。幸い壁画には破壊された後とは言え、壁にはある個人を称える崇拝文書があり、その典型的な内容から解読を進めることができていた。その結果、石英製の円盤には、独自の分類として発展させた中華分類に関する説明記録、中華帝国が他の国々よりも医学生物学を発展させられたが故に独自の詳しい分類が作られたという記述があった。それと同時に愛香の探し求めていたミトコンドリアの遺伝子と理想的遺伝子配置の知見も記されていた。さらに、別の箇所で見つけた円盤には、個人崇拝が招いた独善と民衆蜂起の記録と、この施設の運営に関する指令書らしいもの、大規模な戦争を前に独自の技術を保存するために、バックアップ資料を南極などの極地へ持ち込もうという一節もあった。

『増長する中国とパキスタンその味方達にインドは囲まれた。中国とインドとの紛争が大規模になり、インドと中国とアメリカの核兵器が中印国境に持ち込まれた。大規模な核使用と地殻変動で、残りの核と軍が地中に飲み込まれた。その後、世界はさらに大きく戦争をし始めている。中国は大規模に攻められ、国力を失った。民衆蜂起で紫禁城は焼き討ちに遭い、この国は崩壊する。せめて遺産の技術文献などをグリーンランド北極の基地へ持ち込もう。我が国が滅びても、もう我が国の基地など誰もみとがめない。この文献類は残すことができる。』大意はそのようなものであった。

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