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向かうべき道 一

 大都脱出が成功裏に終わり、愛香とオリエは暗闇に紛れて大都の西方へ出た。一路都市遺跡へ向かう道は、春の泥のため馬車が多数走った後が目立っていた。

「これでは、行き先が露見する。」

 愛香はそう判断したが、多数の走行跡を消す余裕はなかった。いつから気づかれていたのか、つけられていたのか、既に愛香とオリエはヤルカの部下ズルカに付けられていた。不安に駆られながらも、愛香はとりあえず提案した。

「今は早く都市遺跡へ急いだ方が良いでしょう?。」

 オリエは落ち着いた声で淡々と指摘して答える。

「でも、彼らが追ってくるよ。」

 愛香はオリエの落ち着き払った姿に我を取り戻し、冷静に分析を加えた。

「もし、話の通りだったなら、あの都市遺跡の材料は、古代コンクリートのはずだから、大抵の攻撃には耐えられると思います。問題はそこまで追いつかれる前に行き着けるかです。」

 愛香達は、そのまま都市遺跡の廃墟に逃げ込んだ。そこには先に逃げた筈の吉一族は居なかった。それでも、予想通りその廃墟の中に数多く設けられている部屋は、一万年経っても保存の良い古代コンクリートで形成されていた。その表面は、あの山の頂きにあった施設で観察されたようにツルツルしたケイ酸ポリマーであった。

 愛香は手早く部屋の中を見渡した。オリエもその中を興味深そうに見回している。そこはなにか倉庫のようなものが設けられていた。 しかし、敵が迫る今は、一刻も早く吉一族等を見つけることが最優先だった。愛香たちは一通り部屋を調べ終わってから、同じ遺跡の中にいるであろう吉一族、テラート一族を探し始めた。


 次の日の未明、オリエは持ち前の機敏さと洞察力によって、都市廃墟の中央区域のあたりをつけた空間内に大空洞を発見していた。その空間は宮殿跡の地下基礎構造の中に設けられた地下室であった。やはりそこには、馬車もろとも一族が逃げ込んでいた。空洞の先には北へ向かう抜け道が奥まで続き、果ては分からなかった。それでも、煬軍が迫る今、抜け道は重要だった。

 昼になってイボーからの煬軍接近の知らせがあった。東からではなく、煬の本国からだという。軍勢の規模は約六十万人。多くは歩兵だが、 投石機なども伴っている。特に今回の部隊では特殊な大型弓兵も伴っていた。

 一族とともに地下基礎構造に逃げ込んでいた迪恩は、すでに入ってきたところを塞ごうとしていた。愛香は迪恩からその手段が壁を崩す方法であると言われたが、それでは廃墟の強度を弱めてしまうおそれがあった。

 柱と柱の間にある壁を切り取って入り口に積み重ねましょう。

 柱と柱の間?。どれが柱になるのですか?

 確かに壁全体で上部の重量を支える構造だった。これでは切り取れる箇所は限られてくる。結局、一部を逆U字型に切り取ることにしたが、閉塞のために積み重ねられる高さは人間の背丈程度にしかならなかった。

 積み重ねた壁の隙間を銃眼としましょう。上の部分は、私がどこからか岩を持ってきて、外から塞ぎます。

 愛香はトラリオンを広げ、上空へ飛び上がっていった。上空から見下ろすと、北には山脈があり、その尾根には以前オリエと愛香が辿った廻廊が見えた。そしてはるか南方にはイボーたちにより報告されていたように、大軍が土埃を巻き上げている。岩による閉塞が間に合うだろうか。

 愛香はトラリオンを翻して北の山脈に降り立って居た。手ごろな岩を十数個集めて一気に慣性制御によって廃墟に持ち込んでいる。あとは重ねて出口を一気に塞ぐだけ、のはずだった。しかし、煬軍の進行速度は予想外に速すぎた。愛香が持ち込んだ岩を積み重ねたところは未だ溶解接合処理が終わってなかった。


「愛香、早くここから逃げて。」

「でもなぜオリエだけ残っていたの?」

「オリエのママを助けるため。」

「なぜ⁈。」

 やがて、矢が届く距離にまで煬軍が迫ってきていた。愛香に向かって矢が届き始めると、迪恩とオリエは細身の長剣で巧みに降り注ぐ矢を叩き落としている。その間に愛香は一族達が避難している図書館跡の出口を塞ぐ作業を終えようとしていた。最後にはオリエと迪恩をトラリオン torarion (もしくはSERaF: six external radial flier, )で抱え、瞬時にヤルカの前から飛び去った。5キロほど遠ざかったところに着地したとき、ヤルカは愛香達の着地したところが見えていたのだろう、それを追いかけ畳み掛けるように電撃を繰りだしている。

「我が望み、我が支えなり。我が呪詛、かの技なり……。」

 その一つが、トラリオン を解いた愛香めがけて直撃コースを進んでいる。そこへオリエは小さな身体で愛香を守ろうとオリエの前に出た。

 愛香はその幼い子が戦士であったことを思い出した。しかし、同時に彼は愛香を母のように慕う子供でもあった。愛香を狙った電撃はオリエのそばに炸裂し、オリエは吹き飛ばされるように倒れ、迪恩と愛香が走り寄って様子を見たときにオリエは既に息をしていなかった。

「オリエ!。オリエ!。」

 愛香は大声でオリエを叫び続けだが、答えはなかった。続けてオリエの名を呼ぶ愛香の声は次第に大きくなっていった。

「オリエ!。目を開けて!。目を開けてよ。そしたら、もう何もいらない……。ねえ、私を置いていかないで。」

 愛香は迪恩をすがるような目で見つめた。しかし、迪恩は首を振るだけだった。愛香の声はいつのまにか叫びに変わっていた。

「だれか、オリエを助けて。」

 しかし、だれも手を出せることではなかった。愛香は周りが黙りこくった姿を見て半狂乱になっていく。

「おのれ!。オリエを、よくも……。」

 愛香は怒りに震え、今までにない形相となった。

「初め白騎士の出でるは打ちて打つため。二に黒騎士の出でるは破りて破るため…………。ガーフリート・ワー=エーシュ!」

 その言葉とともに、愛香の手から煬軍に向けられた怒りに任せての衝撃波は、呪術師ヤルカたち軍勢のはるか後方に火の玉のように炸裂し、大地を十五キロメーターも穿った。ヤルカはもちろん、煬の大軍も、迪恩までもが、その威力に恐怖した。その威力は大軍を一度に一掃することは明らかだった。それでも愛香はやめなかった。迪恩は、怒りの顔を凍りつかせた愛香の目に冷たく重い怒りを見出した。冷静さを取り戻した愛香は、冷たく強く決意していた。

「次の衝撃は必ず当てる」。

 しかし、このとき、まだ御国を来らせる時ではないという言葉とともに、怒りを止めるよう愛香にひらめきが強く与えられた。同時に迪恩が愛香の前に出て彼女の指先を受け止め、少しばかりの雷のみで留めていた。しかし、迪恩だけが倒れ、かすれがちな声を愛香に向けていた。

「お、お、待ちく…ださい。絶望と怒り、悲嘆は情念です。それは閃きを消してしまいます。貴女は御使いではないのですか?。」

「……」

「オリエは、アドニーの恵と愛に固く結ばれています。そうであれば、彼は死んでも死なず、永遠の命を得ていることを私たちは知っているはずではありませんか。情念から離れ、理性で物事にむかえば、私たちには必ず答えが、道が見つかります。」

「……。」

「御心ならば、オリエは助かるはずです……。」

 そう言って迪恩は気を失った。ようやく愛香は我に帰った。

「迪恩!。……ごめんなさい。あなたを傷つけるつもりはなかった。」

 幸いにも迪恩は幸い腕の一部に火傷だけで済んだ。しかし、髪を振り乱した愛香は、息をしていないオリエを前に己を失ってボソボソと独り言を言っていた。それは、まるで子を失った母のようだった。

「貴方は私のもの、セバを身代わりとし、あなたを贖う。」

 その時、愛香の衝撃波を恐れるかのように不意の弱い漏電のような電撃がオリエを打った。それはオリエの心臓を蘇生させるに十分なものだった。

「ぼくは生きています。」

 背後を振り返ると、オリエが愛香を見つめていた。今は、愛する彼らがいる。愛香は月にいたときの忍耐の日々を思い出していた。


「私は御使ではありません。使徒でもなく、誇り高い信徒でもありません。私は、ただの人間、しかも怒りと絶望と恐怖しか持ち得ない愚かな女です。迪恩、オリエを立派に育ててね。」

 愛香はそれだけをいうと、自暴自棄になったように、煬軍の前へと一人進んで行った。自分自身に希望を見失った人間が、人任せに、いや人任せというより無分別になったように、自らを死地に追いやることは、よくあることである。もとより愛香は孤独の中で育った故、他からどのように見られているかを計算できるほど洞察力が育っていなかった。それこそ、彼女は自分自身の運の良さだけで生き延びてきた。それはオリエらを選んだ者の強い意思により彼女が不自然に選ばれていたとも言えた。


 ヤルカは、愛香がオリエを取り戻した後にその陣営を後に一人進出してきた姿を見ていた。

「また、あの女が出てきたぞ。周到に再準備したあれだけの電撃が効かないのか。……。まあ 、既に大都を陥落させたのだから、目的は達成させたようなものだ。あとは、奴らがここで生き延びられないように焦土とさせれば良い。全軍に撤退命令。」

 こうして、煬軍は新たな戦略の下に撤退して行った。


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