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大都 四

 宮殿から姿を消したヤルカ等は大都のテラートの一族に紛れ込んでいた。しかし、 テラート一族とヤルカ達とが同じルーツを持つ民族同士とはいえど、ヤルカ達はテラート一族の中に紛れ込んでいても典型的な戦士であるため、見つかるのは時間の問題だった。

 大都の南大門は大規模な軍勢の出入りのほか、交易の場として供されていた。しかし、ヤルカ等の逃走経路と予測されると、検問が強化されていた。迪恩ら検非違使とテラートら術士が二重チェックを実施しているところへ、その検問を一つの荷車が通過しようとしていた。検非違使は荷車の底部下も見て良しとした。しかし、術師はヤルカたちの催眠術を感じ取っていた。見えるのに見えないと勘違いさせることは極めて簡単な精神支配効果である。

「待て!その荷車!。」

 術士の声とともに、ヤルカ達と検非違使達との戦闘が始まる。それと同時に、迪恩が駆けつけた。

「投網を掛けろ。次に戸板の下敷きにしろ。次、石袋。」

 こうして使節とは名ばかりのスパイ達は捕らえられ、捕らえられたヤルカ達は、迪恩から尋問を受けた。

「さあ、答えてもらおう。帰ったら何が起ころうとしていたのかね。」

「さあな。拷問でもするんだな。」

「拷問はこの帝国では禁止されている。」

「ほお、やはりナヨナヨの帝国らしい文化だな。」

「仕方がない。テラートによる尋問と論理的な尋問とを組み合わせて、答えさせることになる。」

「ほお、儂がテラートごときの術に下るとでも思うかね。」


 その頃、赤道静止軌道上から監視しているイボー達から、煬の中心部に大量動員の動きがあると、愛香に知らせが入った。

「愛香、これが現実になると極めて危険な状況だ。快速艇の修理はあと四ヶ月後までかかる見通しだ。それまで我々は助けに行けないし、そちらの帝国の軍では対抗できそうにない。 」

「規模はどのくらいになりそうなの?。」

 権淑姫、淑香の姉妹が別々の測定値から概数を割り出した。

「約四十万人。装備は投石機、ヤルカの電撃用の投擲機が多数集結しているわ。」

「どのくらいで彼らの攻撃準備が完了するのか、予測できるかしら?。」

「投石機はほぼ手作りだから、増産にはまだ時間がかかる。電撃の仕掛け作りも仕込みも繊細な仕込みが必要らしい。多分、これらが揃うのは三月ごろかな。」


 テラートと迪恩によるヤルカの尋問は難航していた。奴らの持ち物には、記録道具は無かった。つまり、彼らがこの大都をスパイしに来たという確証はなかった。

  「何か示唆することでもないと、論理的な尋問の取っ掛かりが見つけられないな。」

 そんな議論と尋問とが堂々巡りをしているとき、ヤルカたちは牢を脱出して逃げ出したことが伝えられた。やはり、恐れていたことが現実となった。ヤルカの逃亡は大都の城塞都市としての構造、そして弱点が敵に露わになったことを示す。特に投石機による爆撃は、直接弱点を攻撃することができる。適温やテラートの経験から、彼等は、以前からの戦いから投石機などの生産と電撃の仕掛け作りと、運用上の理由から湿度が上がる春まで時間がかかると見ていた。この状況からテラートと迪恩との間で戦略の違いがうまれた。迪恩は煬軍の動員力を計算して、煬の軍を分散させることが必要だと考えていた。しかし、テラートは堅固な城の構造を頼みとする防衛戦が有効だと考えた。結局テラートと詛術師達の城塞防衛を、遊撃軍となった迪恩と検非違使達が援助することになった。ただ、遊撃軍となる検非違使たちの家族は、大都から離れた安全な場所に退避させることが条件となる。迪恩と吉一族は、愛香の提案により南西にある都市遺跡へ避難することとした。そうして吉一族の退避が始まった。

 迪恩を筆頭に多くの検非違使達が隊列を組んで斥候や遊撃手、騎兵、装甲兵などが展開した中を、輸送用の荷馬車が数十両の集団ごとに進んで行く。その列が約十キロは続いている。愛香のアドバイスにより、彼らは都市遺跡の堅牢な古代コンクリートの建物跡に潜む計画だった。愛香は古代都市の発掘を兼ねて、オリエや迪恩、吉一族の逃避行に付き添った。

 迪恩やテラート達の先祖が、滅びた古代の帝国の古文書を見つけた処は、現在の大都から南西へ三十キロほどのところにある宮殿跡の地下壕だった。六日後、先頭の大世帯が都市遺跡についた。


 愛香は都市の廃墟に多くの地下室があることに気づいていた。調査には膨大な時間がかかる見込みだった。


 冬が来て、春先のある朝、軌道上の当直のハルディから愛香に知らせが来ていた。

「煬の都から、およそ四十万の 軍勢が動き出している。多分一週間で大都近辺に着くよ。」

 愛香は迪恩に大都があと一週間で攻められると助言した。しかし、逃げ込んだ地下室などを利用した要塞とすることに時間を要しており、それまではここを動けないという。それでは、と愛香は大都への通報を提案した。しかし、大都に着くのは六日後だと計算された。


「恐らくはこの大都の弱点を狙って襲いくると思われます。しかし、テラートは抜け目がないのでその点はすでに対処しているでしょう。」

 迪恩はそう言った。


 愛香は迪恩とオリエとともに大都へ戻り、三人は城塞の南門に着いた。霞が立ち込める中、固く門は閉められたままで、開く気配がない。既に襲われた後と思われた。

「おそかったか…」

 オリエは固い表情で呟いた。門番はいないらしく、オリエが大声で呼んでも返事がない。いつもなら聞こえるはずの市場の歓声も聞こえず、衛兵の交代も聴こえてこないという。

 東門へと進むと、既に破壊された城壁と、無数の惨たらしいテラート一族と思しき非戦闘員の犠牲者達がさらされたままだった。今の季節は南から風が吹くのだが、無風で霞が立ち込めている為、先程は近づいても大都の中の匂いはしていなかつた。しかし、東門から大都の中に入ると、未だ燃えている市場、壊された馬車の横に無数の犠牲者達が横たわっていた。いずれも黒焦げか射殺されたか斬り殺されている。

「おかしいよ。攻撃がここだけに集中している。しかも占領はされていない。しかも蹂躙された後をそのままにしているんだ。なんのために……」

 愛香は言った。

「それなら、生き残っているものたち、特に指導部に対する見せしめね。つまり攻撃は限定的なものね。つまり、未だテラートをはじめ多数の生き残っている者たちがいるはずよ。」

 オリエは無表情のまま愛香の手を引き、近くの民家に走り込んだ。まだ襲来したやつらが徘徊している影があったからだった。

「煬軍だ。」

 すでに戦いが終わったのであれば、大軍がこの都市の中で休んでいる筈だった。しかし、殺戮と破壊の跡をわざわざ残すのみで、大部隊が駐屯しているようには見えなかった。

「どこかにテラート達は潜んでいるね。」

「宮殿か?。」

「そこは一番狙われるところだから、そこにはいない。」

「では、どこに?。」

 愛香は大都城塞の中にテラート一族がいたことを思いだしていた。

「一族の中に?。」

「だから、先程見たように、非戦闘員ばかりが殺されているのよ。そうやってテラートの居場所を探しているのよ。」

「テラート一族は、煬の民と文化が共通しているんだよね。」

「互いに手の内をよく知っている間柄だね。」

「では、我々もその一族の中へ……。」

「それは無謀だ。我々は彼らの中では目立ってしまう。」

「夕闇に紛れて彼らを探すしかないね。」

「いや、一つ手があります。これは、霞霧影の幻術と呼ばれるものです。霞が出ていればオリエの聖杖からテラートと近衛兵たちの姿を映し出せます。」

「しかし、一つの杖でできるの?。」

「いや、一方向からしかテラートたちの姿は見えないんだなぁ。」

 愛香は、それがレーザーによって投影されるホログラムであると理解した。

「でも、その方が都合がいいわよ。神出鬼没のテラートを演出するのだから。」

「霧が晴れないうちにやってみよう。」

 迪恩は、その間にテラート一族を場外へ脱出させることにした。


 テラートや詛術師たちは、生家のある西門の集落に隠れていた。迪恩は、ひとりでその家にたどり着き、テラートたちとの連絡に成功した。

「今、霞が濃くなっている。このタイミングで脱出したい。」

「しかし、煬軍はテラートを血なまこで探している。簡単には逃げ出せない。」

「テラートは東門から飛び出して、逃げていくことになっている。」

「なっている?」

「そう、霧影の幻術を使う予定だ。そのタイミングで我々は西門から脱出したい。」

「わかった。」

 そうして、テラートとその一族は見張り番を倒して西門から随時出ていった。


 オリエは聖杖をかざして宮殿へ立体幻影を現出させた。宮殿の外壁に立ったテラートの影に、やはり煬軍は宮殿周辺に殺到した。オリエと愛香は身を隠しながら神出鬼没なテラートを演出し続ける。ある場所からは見え、別の場所からは消えてしまう。そんなテラートの影を追い、煬の大軍は、ついには大都の東門の外へ飛び出していった。テラートの影は足が速く、さらに遠く逃げていく……。大軍は包囲しようとするが、戦列が広がるとテラートを見失い、中央と両翼とが乱れてしまう。調整しつつ進軍する煬軍は次第に混乱してきた。

「もういいだろう。」

 その間に、迪恩は、テラート一族の詛術者とテラートとともに無事に脱出していった。ヤルカが異変に気付いて軍を大都の中に戻らせた時には、大都の中はもぬけの殻だった。

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