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Aの嫁  作者: 四時四十分
第一章 エイル帝国侵入前
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第2節 謁見

荘厳、の一言に尽きる。

王の間は入口から玉座まで廊下が伸び、真っ白な円柱の柱が連なる。柱の上に展開するアーチは神々の姿を描いたレリーフが彫られ、時が止まったような静謐さを帯びている。ヴォールト天井に広がった青空を天使が舞い、その姿が金の額縁に収められていた。扉からはるか先、階段を数段上がった高い所にある玉座に座るのは私の義理の父親であるカルロス王だ。集まった兵を見渡している。


「アリシア、王の勅令により馳せ参じました」


片膝をついて首を垂れる。あれから剣を奪われ、バルドゥールと離れ離れになってしまったが彼は大丈夫なのだろうか。いや今は自分の心配をした方がいいかもしれない。私が王の機嫌を損ねればきっと逆賊扱いだ。フォード王国は平和で穏やかな国を謳っておきながら本性を隠しきれていない部分がある。この王の間がそうだ。白と青で構成される美しい室内はしかし誰も寄せ付けない痛々しいまでの潔癖さがある。ここに集結する者たちは私という異分子を追い払おうとする警戒心がある。


「久しいな。こうして顔を突き合わせるのは貴様が死んで以来か」

「はい。王の御命令で病死した後、天から帰って参りました」


なんて茶番なのだろう。少しも面白くない。

私の存在なんて国民の公表前に消されたのだからわざわざ言うなんて馬鹿げている。


「まあ良い。今回は第二の生をやるため貴様をここに呼んだのだ」


第二の生……。

私はもうこのまま城を追い出されるか、奴隷扱いされるかだと思っていたのに。私が死んだことで不都合でも起こったのだろうか。まあこの様子だと今より良くなるなんてことは無いだろう。知らず知らずのうちに拳を握る。胸を渦巻く感情はなんだ。怒っているのか、私は。確かに勝手に殺しておいて生き返らせようなんて文句の一つでも言いたくなるが。


「第二の生、ですか」



私が聞き返すと、王は立ち上がった。

そしてロッドをこちらに向けた。


「余が命じる。貴様は今からアリシア・ダンフォードと名乗り、我が国を去って忌まわしきエイル帝国へ赴け!」


エイル帝国。決して長い歴史がある帝国ではない。しかしここ数年で急成長を遂げた国だ。

フォード王国とエイル帝国の間には諸外国や山岳があり今すぐに彼方が攻めてくる心配はない。ただ彼の国が近隣諸国と同盟を結び勢力圏を伸ばしているのは厄介だ。なるほど、段々と状況が読めてきた。


「貴様の新たな姓、ダンフォード家はエイル帝国に存在する上流貴族のものだ。工場で生産している織物を彼の王に献上しているが、我々が金を出せば喜んで架け橋になると言っている。貴様はこれからダンフォード家の秘蔵の子として生きよ」

「…………」


願ってもみなかった合法的な脱出。しかしこれで虫が良すぎる。

何か他にもあるはずだ。息を飲んで見つめれば王は続く言葉を発した。


「なお方法は任せる。フォード王国の存在を悟られず、エイル帝国のルクラディアス王を暗殺しろ」




やはりか。

そんなことだろうと思っていた。


「また最近エイル帝国がきな臭いことをやっていると噂が立っている。新兵器でも開発されたら厄介だ。実態も調べてこい」


それからも王の話は続くが、私は顔を伏せ頭の中で命令を確認する。要するに課せられた任務は2つ。エイル帝国に侵入し、噂の真偽を確かめること。そしてルクラディアス王を暗殺することだ。随分な大仕事である。でもこの仕事なら毎日命を狙われる心配はない。今より自由に外を歩ける。

汚れ仕事だが、不謹慎にも私の心は踊っていた。従者として絶対にバルドゥールを連れて行こう。そのくらいは許されるだろう、こんな大仕事一人でこなすなんてできるはずないのだから。

しかしそんな温い考えの私は、直ぐ王によって冷水を浴びせられることになる。




「エイル帝国では常に貴様を監視する。失敗したら貴様は勿論、現在地下牢送りにしているバルドゥールを絞首刑とする」




なんだ。

今、この人はなんて言った。

喉が焼けたように乾きだす。上手く息を吸えなくて、何度も生唾を飲み込んだ。


「地下牢……?」


ようやく絞り出した声は掠れて醜いものだった。

嘘だと言ってくれ。言い間違いだと、訂正しろ。

たまらず王を見上げる。しかし発言は覆されない。


「あれは人質である。出すこと能わず、貴様がエイル帝国で死んだ後直ぐに後を追わせる」


そこまでして私に任務を遂行させる気か。

目の前が真っ赤になる。私を殺すのはいい、けれどそれはバルドゥールを殺す理由になってない。暗殺に失敗した私だけを殺せばいいのに。


「……お言葉ですが、彼一人をわざわざ地下牢に繋いで監視するのは無駄では? 彼の食糧、見張りを割かなければなりません。そもそもバルドゥールは王の忠実な兵士です。私に付いているのはあくまで王の御命令があったから、彼の忠義は私ではなく王にあります。例え私が死んだとしても彼が謀反を起こすことはありませんし、私も彼に特別な思い入れはありません」


怒ってはいけない、怒ってはいけない。

一時の感情に身を任せて反抗したら間違いなく私とバルドゥールは処刑される。どうにかなりそうな頭を必死で回して言葉を紡ぐ。しかし私の想いはお見通しなのか、王は鼻で笑った。


「良く回る口だな、アリシア。そんなにあの男が大事か」

「いいえ、ただ王は誤解しています。私はバルドゥールが人質に取られたところで何の強制力にもならないと申し上げたいだけです。フォード王国のためになるなら脅されなくても私は喜んで彼の王を暗殺しに行きます」

「くどい、これは決定事項である。貴様に決める権利はない」


いつの間にか握りしめた拳から血が滲み出ていた。悔しい、何もできない自分が情けない。今すぐ叫んで壁に頭を打ち付けたい気分だ。

どうすればいい。私が城を出たらバルドゥールの味方はいなくなる。城を留守にしている間に彼が殺されてしまうかもしれない! それなのに私には彼を牢屋から出す力はない。考えろ、バルドゥールが傷つけられない方法を。考えろ。考えろ。考えろ。


「…………王よ、条件がございます」


周りの兵がざわつく。玉座から私を見下ろす彼の眉が怪訝そうに上がった。


「彼を人質とするならば、彼が生きている証拠を頂きたい。―――毎月の初めにバルドゥールの直筆による手紙を送って欲しいのです」


ふざけるな、と声が飛ぶ。

確かに今の私は不敬だ。だが何もできないまま彼の死を怯えるより確かな確証が欲しい。きっと気休めにしかならないが、無いよりマシだ。これが失策ならもう手段は選べない。強引に彼を助けるしかない。


「彼の字に似せて書いたところで私はすぐに見破るでしょう。手紙が届かなかった場合、私はエイル帝国で自らの身分を明かしルクラディアス王へ特攻します。……その場合祖国とエイル帝国で戦争となりますね」


それまで様子を窺っていた兵士が私を取り押さえる。剣が私の首へ突きつけられたが視線は意地でも逸らさなかった。


「ルクラディアス王の油断を生み出せるのは私のような弱く見える人間のみ。私はバルドゥール直伝の武術を習っています。私以外に適任はいない、違いますか!」


現在戦争とは無縁の平和なフォード王国では兵士はいても暗殺者は少ない。加えてエイル帝国の公用語を話せる人間はもっと少ないだろう。それが厄介者扱いの私が選ばれた理由だ。私は当たり前の事を言っているだけ、恐れるな。王を真っ直ぐに仰ぎ見る。

彼は私をじっと見据えて沈黙している。

何も語らぬ王は、しかし目だけは雄弁に私への殺意に滾っていた。ああ、駄目だったかもしれない。王の怒りに呼応するように兵士の剣が首に食い込んだ。一瞬、刺すような熱が首に走る。次いで輝く鋼に鮮血が滑り落ちた。―――私は今、反逆者になった。血が滲んだ拳を再度握り直す。しかしある女性の声で場内に蔓延した殺意は霧散する。


「剣を収めなさい。私の子に手を上げるなら、貴方たちを反逆罪に処すわ」


私の義理の母にしてフォード王国を統べるカルロス王の妃、エバ女王の声だった。

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