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かまぼこ長屋の春(4)

第九話です。

二章完結です。

もうさすがに今日は更新しませんよ。

前フリじゃないですよ(´・ω・`)

 

「でまあ、結局、あの千両箱には、100両しか入ってなかったんだよね? ま、それでも大金だし、おかげで助かった流行り病のやつもいるから、御の字なんだろうけど」



 健三が縁台に片ひざを立てて、冷や酒をあおりながら言うと、竜之介はムッツリとうなずいた。


 健三は、まだ合点が行かないのか、話を続ける。



「たかだか100両のために、あいつらがあんなに必死になってたってのが、どうにもせねえんだよな。だってさ、ご隠居。覚えてるだろう? あいつら俺に10両くれるって言ったんだぜ? そりゃあ、10倍といえば10倍だけど、100両のために10両ってのは、ずいぶんと気前のいい話じゃないか?」



 しばらく黙っていた竜之介は、『この男は、はっきり納得しないと帰らないぞ』と理解したのか、重い口を開いた。



 「健三さん、これは、ここだけの話しにしてくださいよ?」


 「お、やっぱりなんか、裏があるんだね?」



 竜之介はうなずくと、ごぶりと湯飲みをやってから話し出す。



「彼らはね、盗賊じゃなかったんです。単に、国許くにもとを追われて逃げてきた、落人おちうどだったんですよ。政治的な姦計にハメられ、国にいられなくなって、逃げてきたんです」



 健三は、驚いて竜之介を見た。



「私がひとりで小屋に行ったでしょう? あのときに、彼らと話したんですよ。私が思ったとおり、彼らは、あそこにお前さんたちがいると、運び出せないから、追い払おうとしたんです 」


「なんだって?」


「お前さんたちを追い払うために、彼らがしたことを覚えてますか? 最初は金、次は懐柔、そして力づく。これはもう、政治的な戦いをしてきた人たちの、常套手段です」


「う~む」


「だから私は、ここから逃がしてやるために、彼らにも、ひと芝居打たせたんですよ」


「ちょ、ちょっと待て。それじゃあ、ご隠居の最初のにらみが、的を射てたって言うんだね? でも、それならどうして? ヤツラも正直に話して、出てくればよかったのに」


「彼らをかくまえば、私たちも、その国許の追っ手に、にらまれるんですよ? それに、他にも彼らには、出てこられない理由があったんです」


「理由?」


「彼らが運び出したがっていたのは、病人なんですよ」


「それが?」



 竜之介は、ふんと鼻を鳴らして答えた。



「つまり、彼らが、その病人が、流行り病の元だったんです。そんな彼らが、流行り病で苦しんだ村人の前に、のこのこと出てゆけるわけがないでしょう?」


「あ……」


「彼らは、あそこで少し休んだあと、すぐに出てゆこうとしたんです。そこへ運悪く、お前さんたちが、花見の場所取りに来てしまった。しかも、いつまでたっても帰らないどころか、夜っぴて見張ってる。これじゃあ、病人を連れて出てゆくなんて、出来るわけがない」



 健三は、すっかり感心していた。



「なるほど。それで、何とか俺たちを遠ざけようとしていたんだね?」


「そう言うことです」



 竜之介は、何が面白くないのか、ムッツリとした表情のまま、ぐいぐいと杯を干した。


 健三はしばらく、意外な真相に驚いていたが、やがて首をひねる。



「でも、それじゃあ待てよ? あの桜の下に埋まっていた金は? あの千両箱はいったい、誰のものなんだ? 誰が埋めたんだ?」



 その言葉に、竜之介はこれ以上ないほどの渋面を作る。


 そして、珍しく、大きな声で怒鳴った。



「私に決まってるでしょう? 私の隠し金だったんですよ!」



 それがつまり、この出不精の男が、桜の木の下まで散歩なんかに来ていた理由なのであった。


 健三はそれを理解すると、今度こそすっかり謎が解けて、心の底から晴れやかに笑った。



「それじゃあ、みんなに真相を話して、返してもらえばいいじゃないか……って、そうか! そうすると、あの流行り病の原因を逃がしてやったことがばれるから、言えないんだな? ははは、ご隠居も、とんだ貧乏くじを引いたもんだ」



 けらけらと笑う健三から湯飲みを取り上げると、一息に飲み干して、竜之介は、また渋面を作った。



「しかし、何でそんなに親切にしてやったんだ? そんな落ち武者、放って置けばよかったじゃないか。それとも、アレか? その病人ってのが、亡国のお姫様か何かで、その美しい姿に、一発で イカれちまった、なんてんじゃないだろうな?」



 冗談めかして言った健三の言葉に、一瞬、驚いて彼を見た竜之介は。


 今度こそ本当に、最高に不機嫌な顔で、黙ったまま杯を干した。


 その顔を見て、健三は無遠慮に大笑い。



 健三の、けらけらと笑う声だけが、かまぼこ長屋を風に乗って流れてゆき、ぽかぽかとした春の陽ざしに吸い込まれていった。


 ほどなく、桜も満開になるだろう。


 待ちわびた春は、もうすぐそこまで来ている。



 

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