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かまぼこ長屋の春(2)

第七話、二章の二話目です。

なんでか結局、二章をアップし始めてしまいました。

このまま一気に、二章完結まで更新します。


俺、今たぶんなろうで一番、更新してる(´・ω・`)


 

 健三は、首をひねり、ひねりしながら、かまぼこ長屋のドンつきまでやってくると。


 縁台で昼酒を呑んでいる竜之介に声をかけた。



「ご隠居、ちょっと話があるんだが」


「悪いが、私は素寒貧ですよ。この綾瀬小町だって、最後の一升瓶なんですからね。何があったって、分けてやれません」


「そうじゃねぇよ。酒なんざ、あとで俺がたらふく飲ませてやるから、ひとつ、絵解きをしちゃもらえないかね? 別にどうってことない話なんだが、どうも腑に落ちなくて」


「へえ、なんです?」



 たらふく飲ませてやる、という言葉が効いたのだろう。竜之介は縁台の脇へのいて、空いた席に健三を座らせながら、もみ手でもせんばかりの勢いで、ニコニコと上機嫌に聞いた。


 健三は遠慮なく腰掛けると、話しながら竜之介の酒を呑む。一瞬、あ、と声を上げた竜之介は、『たらふく飲ませる』という言葉を思い出したのか、口をつぐんだ。



「いやね。昨日から、桜の場所取りをしてるのは、知っているだろ? そこでね、なにやらおかしなことが、続けて起こるんだよ」


「幽霊でも出ましたか?」


「それなら、いい退屈しのぎになるがね。まずは俺が見張っていると、若い男がやって来てね。この場所を売ってくれ、って言うんだよ。こちとら、網元だの、みんなのために場所取りしてるからね。場所が取れませんでしたじゃ、会わせる顔がないから、いくら積まれたって売れないってタンカを切ったンだ」


「半分くらい、売ってやりゃよかったのに」


「そうはいかないよ。で、その若いの、とにかくしつこいんだ。しかも、なんて言ったと思う? この場所を十両で買うって言ったんだぜ?  花見の関に、十両払うってンだ。驚いたね」


「ああ、それじゃ、お前さん、売っちまったンですね?」


「冗談言っちゃいけねえ。場所が取れないんじゃ、俺の顔が立たないだろう。そりゃあ、十両はよだれが出るほど欲しかったがね。きっちり、断ったよ」


「ほらほら、思い出してよだれを垂らすんじゃありませんよ。汚いヒトですね。それで、その若いのは、諦めたんですか?」


「ああ、そいつは帰っていった。それで、だ。こんだ、勘吉が交代して、見張りについてたときなんだがね。酒と肴を持って、その場所にやってきたやつがいるんだよ。で、勘吉に、『自分も場所取りをしているんだが、退屈だから、一杯やらないか?』って言って来たんだそうだ」


「あの酒好きの勘吉じゃ、ひとたまりもなかったでしょうね。酔いつぶされて、場所をとられてしまったんじゃないですか?」



 健三は、えへんと胸を張ると、得意げに言った。



「そこはそれ。俺が『どうもこの場所を狙ってるやつらがいるようだから、おめえ、何事にも警戒して当たれ』って言っておいたからね。勘吉も、ぴんと来て、勧められた酒を、頑として呑まなかった。あとで、あれほどつらいことはなかったと、涙ながらにぼやいてたよ」


「まったく、バクチに、酒に、仕方のないヒトだ」


「酒に関しちゃ、ヤツもご隠居にだけは、言われたくないだろうよ。でまあ、こりゃいよいよ、向こうも本腰入ってきたてんで、こっちも人数増やして、警戒してたんだよ」


「たかが花見の場所取りに、ずいぶんと大げさな話ですね」


「いいや、ご隠居。こうなりゃもう、花見の場所がどうのって話じゃねえンだ。俺の面子に関わるんだよ。なんとしても、あの場所は死守しなくちゃいけねえんだ」



 熱心にそう言う健三に、冷ややかな目を向けると。


 竜之介は湯飲みを持ち上げて、酒をごぶりとやった。それからタクアンのきれっぱしをカリカリと噛みつつ、肩をすくめて話の続きを促す。


 健三はうなずいて話し出した。



「そうしたら、俺の読みがバッチリさね。やつら、5人も揃えてきやがって、力づくに出やがったンだ。だが、こっちも血の気の多いのを集めてたからね。おまけに、こっちは10人だ。そろって腕まくりしたら、やつら、尻尾を巻いて逃げ出しやがったよ」


「ふ~む」



 竜之介は、うなったきり、腕を組んで考え込んだ。



「なあ、ご隠居。ヤツラぁ一体全体、どういう了見だったのかね? ご隠居が言ったみたいに、言うなれば、たかが花見の場所取りだぜ? まあ、10人も集めてケンカを仕掛けた俺が言うのもなんだけど、なんだってまあ、あんなに必死に、あの場所を取ろうとしやがったのかなぁ」



 竜之介は、黙ったまま酒を呑んでいる。


 やがて。



「健三さん。あの桜のあたりには、何か建物がありましたっけ?」



 健三は少し考えてから、答える。



「小さな小屋が、あるにはあるけど?」


「そうですか」



 と、それきりまた、口をつぐむ竜之介。



 しばらく答えを待っていた健三が、痺れを切らしてもう一度何か言いかけると、竜之介は黙ったまま片手を挙げて、それを制した。


 それから、すいっと立ち上がると、奥に引っ込み、脇差を取ってくる。



「ご隠居、なんだって刀なんか? 出入りになるんですか?」



 すわケンカかと腰を浮かせた健三に、竜之介は首を横に振る。



「健三さん、とりあえず『おやじさん』のところへゆきましょう」



 言うが早いか、いつもののんびりした竜之介からは想像できないほどの速さで、駆け出す。


 健三は、びっくりしてその後ろ姿を見ていたが、はっと我に帰ると、あわててその後を追った。




 やがてふたりは、桜の元に立つ。


 場所取りをしていた勘吉たちが、どうしたのだと、いぶかしむのには構わず、竜之介は辺りを見回した。


 なるほど、かなり遠くではあるが、小さな小屋がひとつ、そこに見えた。



「ちょっと、待っていてください」



 そういい残し竜之介は一人、その小屋に向かって歩き出す。


 あとからついてきた健三を制して、追い返すと、そのまま小屋の前に立ち、何事か声をかける。しかし、小屋の中からはいらえはない。


 意を決した竜之介は、小屋の扉を開けて、中に入っていった。


 が。


 ずいぶんと長いこと、そのまま出てこない。


 心配した健三が、そろそろと近寄ろうとした矢先。


 竜之介が、首をかしげながら出てきて、こちらへ戻ってくる。



「ご隠居、どうした? あの小屋に何かあるのかい?」


「と、思ったんですが。いえね、この場所を必死になって取ろうとする理由を考えたんですよ。花見の場所取りにしちゃあ、少し大げさだ」


「まあ、そうだね」


「となると、何か他に、理由があるのかもしれない。それはなんだろうと思ったところで、その場所から、何か見えちゃ困るものが見えるんじゃないかと思ったんです」


「見えちゃ困るもの?」


「そう、たとえば盗賊が悪い相談をしてるとか、その小屋に何かを隠してるとか。 だから、ここから丸見えじゃ、具合が悪い。それで、ここからお前さんたちを、追い払おうとしたんじゃないかと考えたんです」


「あ」


「でも、あそこには何もなく、誰もいませんでした。どうやら私の、見当違いのようですね」



 竜之介の言葉に、一同は感心した。



「ははぁ、なるほどねぇ。俺らぁ花見の場所を欲しがるんだから、てっきりここが欲しいものだと決め付けていたが、そう言う考え方もあるのか。いや、さすがご隠居だ。頭の中身が違わぁ」


「まあ、でも、考えすぎだったようですけれど」


「となると、アレですか? やっぱりヤツラは、花見の席を取りたくて?」


「だ、と思いますよ……たぶん……ね」



 意味ありげに薄く笑うと、竜之介は桜木をあとにした。




 

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