かまぼこ長屋の秋(5)
五話目、解決編です。
「これでよかったんかね?」
かまぼこ長屋の奥で縁台に腰掛けたまま、健三がするめをかじっている。
隣の家から借りてきたしちりんでするめをあぶりながら、竜之介がこちらを振り向いた。
「なにがです?」
「だって、ツネさん、可哀想じゃないか?」
「は? 何言ってるんですか、お前さんは?可哀想なヒトなんてだれもいませんよ」
「えぇ? ツネさんは?」
「おや、お前さんはちっともわかってなかったんですね?」
「何が?」
いい具合に反り返り、香ばしい香りを立て始めたするめ。
その姿に目を細めながら、竜之介は独り言のように話し出した。
「志野とツネはぐるですよ」
「えぇ?」
「はじめは、ヒトが変わってしまった銀二のために始めた商売でした。が、そのうちに、ツネさんの方が商売に入れ込んでしまったんです」
「ああ、そんなようなことを、銀二も言ってたね」
「身を粉にして働き、一生懸命大きくした店。大切に決まってます。ところが銀二は、他の女と遊んだり、家でごろごろするばかりで、一向に商売に身を入れてくれません」
「まあ、元々ばくち打ちだからなぁ」
「ツネさんにとって、銀二はもう、邪魔なだけなんですよ。一緒に店を大きくした、ほら、お茶を持ってきた一番番頭。そのうちあの男と一緒になるでしょうね」
「そうなのか?」
「去り際、あの男はツネさんと目で会話してましたから、多分」
「それじゃ、銀二はだまされたんだ?」
「そうですよ。志野と言う女は、ツネさんにお金をもらって、銀二と寝たんでしょう。おそらくすべて、ツネさんの筋書きですよ」
「志野さんがぐる……それ、いつからわかってたんだ?」
「最初から」
「本当に?」
「あのヒトは、この秘密は墓場まで持ってゆこうと思っていましたと、言いました」
「言ったな」
「あのね、健三。女はね、墓場まで持ってゆくと決心した秘密は、必ず墓場まで持ってゆくんですよ。たとえ自分が死ぬ寸前でも、話さないと思ったことは、決して話さない。それが女です」
「そんなもんかね」
「それで最初は、きっとこの女は銀かまの身代を狙っているんだろうと思ったんです。ところが、そう見当を付けてカマをかけてみると、裸の銀二と共に行くというじゃありませんか」
「だから、本気で惚れてたんだろう?」
「それなら、見も知らない私に知恵を借りにくるなんて、するわけがありません。裸の銀二と行く決心があるなら、彼にそう言えばいいだけですから。あのヒトの行動と言っている事には、一貫性がないんですよ。女としての一貫性、がね」
「ふむ。でもそれじゃ、銀二は捨てられちゃうんじゃ?」
「おそらくは。でも、ちょうど言いクスリでしょう。博打にハマり、ツネさんに苦労をかけて、富くじが当たれば当たったで、臆病になるばかりで何も出来ない。挙句の果てに儲けようと商売を始めるが、それさえも女房任せで、自分は働きもしないで遊んでるばかりか、他の女に手を出す始末」
「確かに、改めて聞くとダメな男だな」
「自分はばくち打ちだから、商売に向いてない。何か大きなことをしたいが、それが何かはわからない。金を持ってヒトが信用できなくなったが、損得ナシで惚れてくれた志野さんがいれば、何かやれそうな気がする…………まるっきり 子供じゃありませんか」
憤るでもなく、おだやかな表情のまま、しかし竜之介、語気だけは強い。
「はっきり言って、ただの甘ったれです。志野さんはおそらく、海千山千のヒトでしょうから、銀二なんかに本気で惚れてることは、間違ってもないでしょう。早晩、捨てられて、いい勉強になるんじゃありませんか?」
「ご隠居も、たいがいキツいなぁ。でも、そんな甘ったれなら、捨てられたら帰ってきちゃうんじゃないか?」
「まあ、そこまでは責任もてませんよ。ツネさんだって、いくら腹が立ったからといって、あんなやり口で、仮にも夫を騙したんですから、そのつけが来たとしても、文句は言えないはずです。モチロン言われたって私は何もしませんけれどね」
「なんだか、幸せなヒトはひとりもいない気がするんだが」
「そんなことはありませんよ。ツネさんは番頭と一緒になるだろうし、志野さんはお金をもらった。銀二だって、捨てられればつらいかもしれないけど、長い目で見れば、大人になるいい機会をもらえたんですからね」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんです」
釈然としない風の健三にそれ以上取り合わず、龍之介はするめをかじりながら、網元にもらった綾瀬小町を呑みだした。
そこへ、どたどたと走ってくる者がいる。
四軒向こう、大工の信二のおかみさんだ。
「やれやれ、また厄介ごとか? いい加減、勘弁して欲しいもんだ」
ぼやきながらも、竜之介は立ち上がる。
もちろん、おかみさんの手に酒瓶が握られているからだ。
おかみさんはその視線に気がつき、酒瓶を振り回しながら叫んだ。
「ご隠居ぉ! ちょっとお願いがあるんだよ!」
「いいから、そう、酒瓶を振り回すんじゃない。割れたら大変でしょう!」
叫んで歩き出した竜之介の背中を見て、健三はにっこりと笑った。
そのほほをなでてゆく秋風に乗って、香ばしい香りが流れてくる。
今晩のかまぼこ長屋、夕飯はどうやらイワシのようである。