表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

かまぼこ長屋の秋(4)

四話目です。

 

 銀かまの奥座敷。


 竜之介、網元、健三、銀二、ツネ、そして例の女が集まっている。


 ツネは青白い顔を一層青くして、銀二はふてくされた様子で、女は下を向いたまま、それぞれ座していた。


 お茶をもってやってきた一番番頭が、なにごとが起こるのかと不安そうにツネの顔を見る。


 ツネが黙ってうなずくと、心配そうな顔のまま、店に戻っていった。


 それを見定めてから、網元が口を開く。



「銀二」



 銀二は「へい」と低く答えた。



「おめぇさん、身に覚えはあるのかい?」


「そりゃ、ないとはいいませんがね」


「あんたっ!」



 ツネの怒りもどこ吹く風と、銀二は平然とした顔で座っている。



「ひでぇですよ、銀二さん」



 憤る健三を網元が制した。



「健三、おめぇは黙ってな。話がややこしくなる。それで、そっちのおめえさん、お志野さんとやら、あんたはいったい、どうしたいんだ?」


「女ひとり、いえ、おなかの子とふたり生きてゆければいいと思ってます」



 すると、黙っていた竜之介が声をかけた。



「お志野さん、それじゃあ、あんたは銀二の女房になりたいってわけじゃないんですね?」


「ご隠居!」



 竜之介は、叫ぶツネを押しとどめ、だまったままの志野をうながす。


 志野はそれでもしばらく黙って下を向いていたが、やがて顔を上げた。



「そりゃあ、なれれば嬉しいですけれど、そういう訳にもいかないでしょうから」


「そりゃ、そうだ。だがもし、銀二が店や女房を捨てて、あんたと一緒になると言ったら?」



 志野は驚いた顔で、竜之介を見、それから、銀二を見、最後にツネを見た。


 ツネは恐ろしい顔で、志野を睨んでいる。


 その顔からゆっくりと視線をはずした志野は、 毅然とした表情でうなずいた。



「銀二さんがそうしてくれるなら、願ってもないことです。私は、銀かまの身代なんて、露ほども欲しくありません」


「な……志野……おめえ」



 銀二は明らかに動揺していた。


 彼は急激に金を持ってからこっち、どうにもヒトが信じられなくなっていて、志野もきっと、自分の背後にある金を目当てに身体を許したのだろう、くらいにしか思っていなかったのである。


 ツネの顔は、いまや般若にも似ていた。



「何言ってるんだ、この泥棒猫!」



 烈火のごときその叫びは、部屋中に響き渡り、健三が思わず首をすくめるほどである。


 肩を震わすツネを、網元がまあまあととりなし、竜之介は銀二を見る。



「銀二さん、あんたぁ、どうしたいんです? このヒトにそれ相応の金をあげて、銀かまを続けますか? それとも、このヒトと一緒に、銀かまを出てゆきますか?」


「ご隠居! あんたっ!」



 ツネが叫ぶ。


 しばらく考えていた銀二は、やがてぽつりと言った。



「志野と、行く」


「あんたぁ!」



 ツネの叫びも、いまや銀二には届かないのか。


 彼は志野の顔をしっかりと見つめると、ついと視線を滑らせて龍之介を見、はっきりとした口調で言った。



「俺は今まで、博打三昧のロクデナシだった。それから富くじに当たり、あれやこれやでいつの間にか大店の主に収まっていた。だが、どうも俺には、性に合ってないらしいや」


「そうですか?」


「ええ、ご隠居。俺はね、生き生きと店を切り盛りしてるツネを見ながら、いつも劣等感を感じてたんですよ。俺がしたのは、博打と富くじを買ったことだけ。ツネは水を得た魚のようにがんばって、銀かまをここまで大きくしてくれました」


「それで?」


「でもね、そこに俺がやったことなんて、これっぽっちもないんです。俺はただ、ツネが大きくした店の主人として、何もしないで転がってるだけなんですよ」


「商売に精を出したらいいじゃないですか」


「そうも思ったんですが、でもね、やっぱり根がばくち打ちなんでしょうね。なにかてめえで、でかいことをして見たくなったんですよ。それが何なのかは判りませんが、丸裸の俺でもいいって言ってくれる志野がいるなら、何かやれそうな気がするんです」


「あんた……」



 消えそうなツネの声にかぶせるように、竜之介が言った。



「わかりました。そこまで言うなら、止めません。ツネさんも、銀二のこころが繋ぎとめられないことは、よく判ったでしょう? ここはひとつ、銀かまの身代を慰謝料代わりに、身を引いてもらえませんかね?」



 長いこと。


 ずいぶんと長いこと考えてから。


 ツネは小さくうなずいた。


 その瞳からこぼれた涙が、畳に小さなしみを作った。


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ