かまぼこ長屋の秋(3)
三話目です。
新興のかまぼこ屋「銀かま」は大当たりした。
地のものにとらわれず、とにかく目先の新しい、変わったかまぼこを次々と送り出し、新し物好きの多い江戸っ子に大うけしてしまったのである。
町からは毎日、江戸に向かって大量にかまぼこが送り出される。
銀二のかまぼこ屋には、長屋の女房達を筆頭に、地元の人間がたくさん勤めるようになり、町は全体に活気付いた。
銀二は町の有力者の仲間入りをし、もう、金を持っていてもビクつくことも、周りの目を気にすることもなく、大きな屋敷を立てて住むようになった。
ツネはすっかり垢抜けて、いまや押しも押されぬ大店のおかみさんだ。
網元と龍之介は株を上げ、長屋の連中どころか、商売人までもが知恵を借りに来るようになる。
もっとも、竜之介はそんな事態を快く思っていないのだが、相談に来る連中が健三らに入れ知恵されて、珍しい酒を持ってくるものだから、ついつい引き受けてしまっている。
「なんでこう、私は酒に弱いかなぁ」
かまぼこ長屋の一番奥、おんぼろの自宅の前に縁台を出し、夕涼みしながら酒を飲んでいた竜之介が、ポツリと漏らした。
そばで一緒に呑っていた健三が、小首をかしげて問いかける。
もっとも、その目は笑っていたのだが。
「ご隠居が酒に弱い? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ?」
まぜっかえす健三にじろりとひと睨みくれると、竜之介は天を仰いだ。
「そうじゃありませんよ。東西の珍しい酒を持ってこられると、ついつい、厄介な頼みごとでも引き受けてしまうってことを言ってるんです」
「そんなもん、呑み助だからに決まってる」
カラカラと笑う健三をよそに、竜之介はため息をついた。
と。
そこへ突然、驚くほど妖艶な、仇っぽい女が現れた。
萌葱の着物を粋に着こなした襟元からは、真っ白い陶磁器のような肌が除いている。
ぽかんと口を開けて、よだれでも流さんばかりの健三に会釈した後、女は竜之介に妖しい視線を向けた。
「神宮寺竜之介先生のお宅は、こちらでよろしいでしょうかね?」
「なんです?」
「あなたが、神宮寺先生でいらっしゃる?」
「先生なんて気の利いたもんじゃありませんが、私が神宮寺竜之介ですよ」
「どうか、お知恵を拝借したく思いまして、こうして伺ったしだいです」
「なんでしょ?」
女は大きく息を吸い込んで吐き出すと、意を決して話し出す。
「銀かまの銀二さん、ご存知ですね?」
竜之介は黙ってうなずいた。
「私のおなかに、銀二さんの子供がいるんです」
えっと叫んで立ち上がりかけた健三を制して、竜之介は平然と答える。
「それで?」
「私は、銀二さんを愛してます。だから、彼の負担になりたくなくて、この秘密は墓場まで持ってゆこうと思っていました。ですが、それでは生まれてくる子が、あまりに不憫じゃないですか?」
「ま……そうかも知れませんね」
「それで、認知だけでもしていただこうと、銀二さんを訪ねたのですが、剣もほろろに追い返されてしまいまして。どうしてよいかわからずにいる内に、知恵者の先生のお噂を聞きつけまして」
「それで私に、どうにかしてほしいと?」
「はい」
「あんたはどうしたいんです?」
「おなかの子とふたり、何とか生きてゆけるだけのことをしてもらえれば」
「まあ、責任は取らなくちゃならないでしょうね、銀二も」
「それでは、お助けくださいますか?」
「ま、やれるだけのコトはやってみましょう」
「ありがとうございます」
女は平身低頭すると、かまぼこ長屋を辞した。
妖艶な後ろ姿に見とれていた健三は、思い出したように振り向くと、竜之介に詰め寄る。
「ご隠居、どうする?」
健三の問いに、竜之介は眉をしかめた。
「まあ、言った以上、やれるだけのことはしてみないと」