表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

かまぼこ長屋の秋(3)

三話目です。

 

 新興のかまぼこ屋「銀かま」は大当たりした。


 地のものにとらわれず、とにかく目先の新しい、変わったかまぼこを次々と送り出し、新し物好きの多い江戸っ子に大うけしてしまったのである。


 町からは毎日、江戸に向かって大量にかまぼこが送り出される。


 銀二のかまぼこ屋には、長屋の女房達を筆頭に、地元の人間がたくさん勤めるようになり、町は全体に活気付いた。


 銀二は町の有力者の仲間入りをし、もう、金を持っていてもビクつくことも、周りの目を気にすることもなく、大きな屋敷を立てて住むようになった。


 ツネはすっかり垢抜けて、いまや押しも押されぬ大店のおかみさんだ。


 網元と龍之介は株を上げ、長屋の連中どころか、商売人までもが知恵を借りに来るようになる。


 もっとも、竜之介はそんな事態を快く思っていないのだが、相談に来る連中が健三らに入れ知恵されて、珍しい酒を持ってくるものだから、ついつい引き受けてしまっている。



「なんでこう、私は酒に弱いかなぁ」



 かまぼこ長屋の一番奥、おんぼろの自宅の前に縁台を出し、夕涼みしながら酒を飲んでいた竜之介が、ポツリと漏らした。


 そばで一緒にっていた健三が、小首をかしげて問いかける。


 もっとも、その目は笑っていたのだが。



「ご隠居が酒に弱い? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ?」



 まぜっかえす健三にじろりとひと睨みくれると、竜之介は天を仰いだ。



「そうじゃありませんよ。東西の珍しい酒を持ってこられると、ついつい、厄介な頼みごとでも引き受けてしまうってことを言ってるんです」


「そんなもん、呑み助だからに決まってる」



 カラカラと笑う健三をよそに、竜之介はため息をついた。


 と。


 そこへ突然、驚くほど妖艶な、仇っぽい女が現れた。


 萌葱もえぎの着物を粋に着こなした襟元からは、真っ白い陶磁器のような肌が除いている。


 ぽかんと口を開けて、よだれでも流さんばかりの健三に会釈した後、女は竜之介に妖しい視線を向けた。



「神宮寺竜之介先生のお宅は、こちらでよろしいでしょうかね?」


「なんです?」


「あなたが、神宮寺先生でいらっしゃる?」


「先生なんて気の利いたもんじゃありませんが、私が神宮寺竜之介ですよ」


「どうか、お知恵を拝借したく思いまして、こうして伺ったしだいです」


「なんでしょ?」



 女は大きく息を吸い込んで吐き出すと、意を決して話し出す。



「銀かまの銀二さん、ご存知ですね?」



 竜之介は黙ってうなずいた。



「私のおなかに、銀二さんの子供がいるんです」



 えっと叫んで立ち上がりかけた健三を制して、竜之介は平然と答える。



「それで?」


「私は、銀二さんを愛してます。だから、彼の負担になりたくなくて、この秘密は墓場まで持ってゆこうと思っていました。ですが、それでは生まれてくる子が、あまりに不憫じゃないですか?」


「ま……そうかも知れませんね」


「それで、認知だけでもしていただこうと、銀二さんを訪ねたのですが、剣もほろろに追い返されてしまいまして。どうしてよいかわからずにいる内に、知恵者の先生のお噂を聞きつけまして」


「それで私に、どうにかしてほしいと?」


「はい」


「あんたはどうしたいんです?」


「おなかの子とふたり、何とか生きてゆけるだけのことをしてもらえれば」


「まあ、責任は取らなくちゃならないでしょうね、銀二も」


「それでは、お助けくださいますか?」


「ま、やれるだけのコトはやってみましょう」


「ありがとうございます」



 女は平身低頭すると、かまぼこ長屋を辞した。


 妖艶な後ろ姿に見とれていた健三は、思い出したように振り向くと、竜之介に詰め寄る。



「ご隠居、どうする?」



 健三の問いに、竜之介は眉をしかめた。



「まあ、言った以上、やれるだけのことはしてみないと」


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ