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かまぼこ長屋の秋(1)

第一章は全五話になります。

一応、五話目が解決編……と言っていいんでしょうか?

ま、雰囲気だけでも楽しんでっていただければ、と思っています。

 

 日が落ちると同時に、海から、さわやかな秋風が吹き始める。


 ひときわ暑かったこの夏も、どうやらようやく帰り支度を始めたようだ。かまぼこ長屋の家々から、夕餉支度ゆうげじたくの煙が立ちのぼる。


 今日は秋刀魚さんまが大漁だったせいだろう。どの家の女房も、しちりんを表に出し、うちわでパタパタやりながら、脂の乗った秋刀魚を焼いている。


 その香ばしい香りが、長屋中に漂っていた。


 海に近いこの港町では、いちばん貧しいが、いちばん気のいい連中が住んでいる、かまぼこ長屋。その名の通り、ここに住む大半の女たちは、大きなかまぼこの加工場で働いている。


 漁師である夫の稼ぎだけでは、なかなか生活が苦しいのだ。


 秋刀魚の煙が立ち昇る中を、男がひとり、ひょいひょいと軽快な足取りで歩いてゆく。と、しちりんの前でしゃがんでいた女が、大声を上げた。



健三けんぞうさん、今日は寄り合いがあるからね?」


「わかってるさ。今、ご隠居を呼びに行くところだ」



 健三と呼ばれた男は、ひょいと片手を挙げてそう答えると、そのまま長屋の奥に入ってゆく。


 長屋で最も海に近い方、つまり、いちばん傷みやすく、ゆえにいちばん家賃が安いその部屋の前まで来ると、大声で叫んだ。



「ご隠居! ご隠居ってば!」



 中でごそごそとヒトの気配がすると、やがて立て付けの悪い引き戸を開けて、男が現れた。


 「ご隠居」と呼ばれるには、明らかに若すぎる、精悍な顔立ちの男は、今まで寝ていたのだろう、生あくびをかみ殺しながら、ぼりぼりと蓬髪をかき乱し、かすれた声でつぶやいた。



「そんなに大声を出さなくても、聞こえてますよ」


「やあ、いたか。ねえ、ご隠居、寄り合いがあるんだけど、来るだろう? 網元んトコのおたまちゃんが、今日は顔を出すらしいんだ」


「お前さんがご執心のおたまちゃんか。どうせ網元がおまえさんみたいなロクデナシに、可愛い一人娘を呉れるわきゃないんだから、さっさとあきらめて、菊ちゃんをもらってやりゃいいのに」



「へ、あんな気の強いオカチメンコ、ゴメンだね」


「まあ、ヒトの恋路に首を突っ込む気はないですがね」



 言いながら「ご隠居」は、もうひとつ生あくび。



「なんだい? ずいぶんと眠そうだが、昨日の夜はどこかに繰り出したのかい?」


「お前さんじゃないんだからね。珍しい書物が手に入ったんで、思わず朝まで読んじまったんですよ」


「春画か?」



 ご隠居と呼ばれた男は、肩をすくめて大きなため息をつくと、中へ引っ込もうとする。



「んだよ、ご隠居。寄り合い行かないのか?」


「私ゃ、本が読みたい」


「おたまちゃんが来るんだぜ?」


「私にゃ関係ないね」


「そっちになくても、こっちにあるんだ。ご隠居、網元に気に入られてるじゃないか。どうかそのつてで、おたまちゃんと話せる機会を作って欲しいんだよ」


「嫌なこった」


「でも、網元も来て欲しがってるみたいだぜ?」


「知らないよ」


「へえ、じゃあ、いらないんだ? 綾瀬小町あやせこまち


「なに?」



 ご隠居の表情が変わる。



「お、顔色がかわりやがったね? そうこなくっちゃ。稀代の呑み助、神宮寺竜之介じんぐうじりゅうのすけの名がすたるってンだ」



 ご隠居……神宮寺竜之介じんぐうじりゅうのすけはごくりとつばを飲み込んだ。



「綾瀬小町があるんですか?」



 健三はニヤニヤしながらうなずいた。どうせごねると思って切り札を用意してきたのが図に当たったのだから、ニヤつくのも無理はない。


 しばらく考えたあと、 無言のまま、すい、と奥に引っ込んだ竜之介は、派手な着流しに着替えて出てきた。猪鹿蝶(いのしかちょう)の花札模様を散らした真っ白な着流しは、今や竜之介のトレードマークである。



「しっかし、いつ見てもド派手だねぇ。そんなキチ○イみたいな着物が似合うのは、日本広しと言えども、ご隠居だけだね」



 と、からかう健三にじろりと一瞥をくれると、竜之介は両手を袖に突っ込んで背中を丸め、すたすたと歩き出した。


 健三はその姿を見てにっこりと微笑むと、彼といくらも歳の違わない「ご隠居」の後を追う。



「待った待った、ご隠居。そう急がなくても酒は逃げないよ」


 


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