第2話/異世界転移2
「本当にすごい地震だったね!」
「家族が心配だからそろそろ帰るね!」
あんな大地震があったにも関わらず、あまりにも脳天気な会話をしながら結と恭花が玄関へと向かってきたのに気づきはっと我に返る。
「そうだねー、恭ちゃんのお母さんとお父さんも心配してるだろうしね」
よくもまぁ、あんな恐ろしい大災害が起こった後ににそんな呑気な会話をすることが出来るなと、思いながら、現在の状況も知らずに楽観的な会話をする2人に、俺はそっと玄関の外を指さす。
「ん? なに? お兄ちゃ、え」
「!?」
二人共、一瞬の沈黙をした後で膝から崩れ落ちた。
だろうね。帰ろうと思って家の外出ようとしたらこんな洞窟になってんだもんね。どんなに脳天気なやつでも流石に驚いて固まるよね。わかるわかる。
「恭ちゃん、どうやって帰るつもり? ま、まぁ、気をつけてね」
「え!? 結ちゃん!? こ、ここどこ!? 知らない場所に私一人にしないでぇぇぇ! むりむり! 結ちゃん、ついてきてよぉぉぉぉぉ!」
まるで、これは夢なんだ。悪い夢なんだ。寝て起きれば覚め、いつも通りの朝がやってくるさ。さぁベッドへいこう。眠りの森へLet's go。っていう感じの単純な思考回路が体を動かさせているのか、機械的な動きで結が自室へと帰っていく。俺の脳内で完結できるほどに単純だったため、改めてうちの妹がアホの娘だということを再確認する。
馬鹿かな。うちの妹ちゃんは馬鹿なのかな。うん馬鹿だ。馬鹿だった。いやアホか? どうでもいいか。
それにしてもこいつ、アホの娘がやりそうな行動を真っ先にとってるよ……もはやアホの娘のプロの領域。どうやっても普通の人間には達し得ない境地にまできてるわ。更正不可能。
「結ちゃん、いがないでぇぇぇ!」
うん、そばにいる恭花も恭花でパニックになっておかしくなってるな。
……さて、どうするか。この洞窟は明らかに危険だろう。さっきから鳥肌が気持ち悪いぐらいに立ちっぱなしだ。
しかし、いつまでもこの場所でじっとしていては、今後の生活に支障をきたすのではあるまいか。
現時点で夜の11時。夜型の俺は朝早く起きてこの場所探検しよーぜ!なんてかっこいいことは無理である。アニメは好きでも主人公属性はない。
さっきから謎の鳴き声も聞こえるから、この家に女子だけを置いていくわけにも行かないし。あ、ねーちゃん、あの人は大丈夫か。強いし。
園児の頃から自分のこと襲ってきたカラスを素手で掴んで電柱に思いっきり何度も頭部をうちつけて殺るという奇行を難なく出来た人だから、むしろ相手が危険を察知して逃げていくだろう。
こんな時に物事を冷静に考えられる自分に少し驚きながらも、後の2人をなんとか俺の監視下に置くためにおびき寄せる種を撒くことにした。
「結、恭花、とりあえずこの家から出てみるぞ。恭花は家に帰るためには結局ここからでなくちゃだし、俺らだっていきなりご近所すべて洞窟に変わったのか、確認しなくちゃだからな」
「しな、くちゃ!?」
最も風の意見でふたりを釣ってみる。掛かる見込みは50パーセント。掛からない可能性のことも考えたらリスクは高いだろう。俺はビビりだからな! だが、このふたりは確実にかかるだろう。
何故ならば、馬鹿で幼稚な性格が故にヒーローモノの主人公に憧れ育った妹は、何かをしなくてはいけないという義務的なセリフに惹かれやすい。要するにやらなくては行けないという言葉の義務感にアホの子センサーが反応するのだ。まことながら扱いやすい妹たちである。
さらに恭花は、結についてまわることが基本行動なため、それ以外のことを振られると積極的に動きたがる癖が出る。例えば、普段全く目立たなくてクラスの偉いやつにくっついてるだけの金魚の糞のようなやつが、役目を与えられた途端めちゃくちゃ動けるようになる、みたいな感じだ。
この重度の成績不良者たちは、成績不良者であるが故にある一定の特異な性格を得た。いや、得たというよりは維持したという方が近いだろう。人間、知識の量が多くなるのと反比例して、個性が少なくなると聞いたことがあるが、あながち間違いでもないのかもしれない。
こいつらは多分、「しなくちゃ」というワードしか聞いていない。それまではずっと二人で泣きあっていた。「〇〇しなくちゃ」という、結の厨二病的な無駄な使命感(簡潔に言うと正義感)をくすぐりそうなワードを使ってやれば、確定で恭花も一緒に乗っかってくるというのがいつものがこいつらだ。ちょろいね。ちょろすぎて悪い男に捕まらないかお兄ちゃんは心配です。
結は人のためになることを積極的に行おうとするが故に、特定のキーワードに敏感に反応する耳を得た。もう特殊能力と言っても過言ではないね。変態的だけど。
そして恭花はそんな結について回る金魚の糞だが、やらなくてはいけないという、役割を与えられた時の使命感に駆られて、積極的に動き出すようになるだろう。
つまり、こいつらの普段のどうしようもない習性を利用して、このまま外に出させようという作戦だ。我ながらなんと頭の悪そうな作戦であることか……
「よし!結ちゃん、行くよ! おいてくよー!」
「待てー! 先には行かせないぞー!」
「単細胞生物かよ。馬鹿の一つ覚えかよ。まぁいいや。これで俺の監視下に置くことが出来たし」
一つ目の目的を果たすことが出来たので、次はこの場所に出口があるかを確認しなくては。俺が知っている知識だと、おそらくこの場所は洞窟であるはず。というかそんな大層な知識なくてもそうだろうよ、岩の大空洞なんて洞窟以外に知らないわ。
そう思いながら、いちばんの安全地帯である家の中から外へとでる。が、そこで目に写った光景は、特異とも奇怪とも形容し難い、胸の奥で何かがモヤつく気持ち悪い感覚を俺に与えた。
……緑?
最初は人の影が見えたから、俺たち以外にも人がいるのかと思ったが……あの姿はまるで……
いやいや、緑色の肌の人間なんて、流石に、なぁ? そんな人間がいるとは思いたくない。異色肌ギャルという、俺のような人間には到底理解のしがたいジャンルの人種は緑色の肌だったり、紫色の肌だったりと奇っ怪な色の肌をしているらしいが、あれはあくまでも着色だ。
そんな生ぬるい着色というようなものではなくこれは肌そのものの色。肌からむき出した血管や傷跡がそれを証明していた。
そんな目の前に映るシルエットのボコボコしている頭には頭髪が一切なく、先程いったように肌はすべて緑色。おそらく毛皮の衣を服のようにまとって、青く光る自身の足の長さの1.5倍ほどの大きさの棍棒を持っていた。
「……確定でゴブリンだろ、これ、異世界来たんとちゃうん? これ、異世界系とちゃうん?」
「え、ご近所の御部田さんじゃない?」
「知らねぇよ、御部田さんなんて」
「ほらほら、いつもいるじゃん、青い鉄バットに画鋲を針を表にしてくっつけてはいつも雀を食べてた人」
「ちょっとしたホラーだわ。そんなご近所さんいねぇよ、流石に通報レベルだわ」
うちの妹ちゃんが記憶を改竄し始めました! 誰か止めてあげてください! ……あ、もう手遅れだったわ、忘れてた。
それにしても、誰も俺のエセ関西弁には突っ込んでくれないのか、悲しいな。無論この低能女子ふたりに高度な技術が必要なツッコミなどはじめから求めいるわけがないのだけど。
そんなことを考えていると、目の前のゴブリンらしきものは、羽と嘴がある魚を美味しそうに食べていた。
んっ!?
ゴブリンらしきものの首が一瞬にして掻き消えた。
中から大量の魚モドキが……
うげぇ、気持ち悪、吐きそう……
「ぎゃぁぁぁぁ!?」
「えぇぇ!? な、なにこれ!?うぷっ……」
え、ちょっと待とうよ、パワーバランスおかしくない?
怖すぎ怖すぎ、魚ってあんなに恐ろしい生き物なの!? え、え、嘘だよね、あれ絶対魚じゃないよね。危ない生物だよ。魚に擬態した化け物だよ、あれは魚じゃない。
うんそううんそう、絶対違うって。魚なんかじゃない。魚って言うのはあんな気持ち悪い習性と生命力を持ってる生物ではないよ、少なくとも俺が知っているのは!
……ん?おい、今度は魚が魚を食べて、その腹を魚が食い破ってるじゃねぇか。グロすぎだよ、おい。
俺の後ろでは半狂乱の女子が2人、洞窟の壁にもたれかかって地面にキラキラを吐き出している。クトゥルフの時は2人の精神は異常だと思ったけれど、こういうものを見てちゃんと気持ち悪いと感じられるということは、精神異常者ではないということだと思うので良しとしよう。
俺も吐いてこようかな……うわ、また魚が大量に出てきた。どういうシステムだよ、おい。一体の魚の腹から何体同じサイズの魚が飛び出してんだよ、物理法則完全無視かよ、ドラ○もんかよ。
グロ要素強すぎだ……ここが多分日本でないことは分かったな、いや、まだ分からないか。もしかしたら、日本の地下に存在する、未発見の土地なのかもしれない。地盤沈下で家がそこに落ちてきたとか。
……さすがに無理か。家だけが落ちてるなんてことはありえないか。
そんなことを考えながら自宅がある方向へと向かう。
「ねえねぇ、お兄ちゃん、この水ぷるぷるしてる! なにこれ気持ちいいっ!」
ちょいと待ちなされや、妹さんや。その君が先程からつついてるその水ね、さりげなくだけど周囲の地面を溶かしているんだよ。よく見ようね、危ない生き物でしょ? よく触るね、地面を溶かしてる化け物に。
なぜ結が溶けないのかは謎だが、液体だけどぷるぷるしてて周囲のものを溶かす、ゴブリンらしきものがこの場所にいる、という二つの条件から考えると...
「……こいつはスライムか」
「へー、あの百均で売ってるやつですか」
「え! このぷるぷる百均で買えるの!?」
すると、スライムの表面に二つの黄色い丸が現れた。
うん、こいつ生き物だな。
ほっとくか。恨まれて襲われても困るし。
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SAN値が底をつきそうな状態で家に着くと、ファンタジーチックな服装をした4人組みが玄関で倒れていた。
え、何なの、ほんとに何この状況。俺たちのSAN値をこれ以上削る何かですか?