75話
「タクト、このままでいいの……?」
宿のベッドに座っていたカグヤが心配そうな目を向けてくる……。
「うん。僕らが積極的に関わる内容じゃないでしょ?」
帰り支度をしていた手を止めカグヤの隣に腰を下ろす。
「でも、ミノタウロスを止めないと大勢の人が死ぬんだよ。」
「争いが起きたら多かれ少なかれ死人が出るのは仕方ない。仕方がない事なんだ。それに戦場に行ったって何かが出来る訳じゃない。ただ黙って人が死んでいくのを見てるしかないんだから……。」
「うん。分かってる。でも、怖いよ……怖い。人が死ぬのは……。……ねぇタクト。私達が戦えば死なずに済む人も絶対いると思う。私達も戦いに行こ?タクトには多くの人を助けれる力があるでしょ?」
カグヤが期待の眼差しを向けてくる。その潤んだ瞳を、その可愛い姿を見ていると期待に応えて願いを叶えてあげたくなる……。でも、参加するなんて選んではいけないのだ。
「カグヤさん……?僕らに特別な力なんてありませんよ?」
「いいえ!タクトは持ってる!!アナタのための……アナタだけの力を……。」
カグヤはタクトの手を取り優しく包み込んで微笑んだ。カグヤが何を望んでいるか分からない。どんな言葉を欲しているか分からない。ずっと一緒にいてそんな力が無いことは知ってる筈なのに……。
「メーニャが言っていた特別な力って恐らく『D・A』のパートナーの事だ。だから、パートナーの方。『忌み子』という力を持つパートナーの方。オークと組んでいる人にとってのミノタウロスであり、僕にとっての君だ、カグヤ。」
カグヤの顔がどんどんと綻んでいく。見惚れてしまうほど愛らしい笑顔。とても幸せそうな笑顔。
「うん。ちゃんと分かってるじゃない。私はタクトのもの。私の力はタクトの力。だからタクト。アナタは特別な力を持っているの……。そして、今同じ力を持つタクトしかミノタウロスは止められないんだょ…?」
「ダメだよ…カグヤ。同じ『忌み子』同士なら人間のカグヤの方が不利なんだ。カグヤを戦わせる訳にはいかないよ。」
何か悪いこと言っただろうか?カグヤの膨らんだ頬が不満を詰め込んでる。
「私がミノタウロスに負けると思っているの?」
「いや、だってカグヤ人間だし………」
「私が!ミノタウロスに!!負けると!!思っているの!!?」
「お、思って……いません………」
にじりよってくるカグヤの迫力に負け思わず口にしてしまったが筋力も体格も負けているのだ。勝算が高いとは思えなかった。
「それにねタクト。私は『忌み子』の中でも数人しか持っていない黒薔薇の刻印を持ってるから同じ『忌み子』でも他の『忌み子』よりも強い力を出せるんだよ?」
黒い靴下を脱ぎ対称的な透き通るほど白い脚に刻まれた薔薇の刻印を指して言う。『忌み子』である証。中でも最上位である黒薔薇がカグヤの脚に咲いている。
「それでもやっぱダメだ!相手の色が分からない。この状況じゃ危険すぎる!」
「もぉ~タクト、悪いこと考えすぎっ!」
「だって最悪を回避するには最悪を想定しないとダメだろ?」
「そうだけど……。どうせ考えるなら最悪でなく最高を考えなよぉ?」
「最悪でなく最幸……?」
「そっ!最悪を回避するには方法じゃなく最幸を手にする方法を……。タクトにとっての幸せは何?」
「僕にとっての幸せ……」
それはカグヤの笑顔を隣でずっと見続けていること。下らない話で笑いあって同じ料理を食べて同じ景色を見て同じ時間を過ごしている今この時間がタクトにとっての幸せ。なら、これ以上の幸せは?少しでも長くこの時間を過ごしそして、カグヤと…………。
「ちょっとタクト、何いやらしい顔をしてるのよ!?タクトがスケベなのは知ってるけど少しは自重したら?」
「スケベでもいやらしい顔もしてないから!……けど、分かった。ミノタウロスを止めに行こう!」
「ありがとう。タクトならきっとそう言ってくれるって思ってた。」
このまま関係ないふりして過ごすのが一番安全だと思う。けどそれじゃあカグヤは今のような笑顔を見せてくれることはなくなるだろう………。だから戦わなくちゃ!!




